人工衛星は打上げたら手を出せない問題
人間が物理的に手が及ぶ範囲は決まっています。
近年の日本ではスマートフォンが手に収まっており、常に操作できる。常にコントロールできるということは、人に安心感を与えているような気がします。
不安になることをすぐに調べられる現代はとても便利で安心なものなのでしょう。
そんな中、人工衛星は、常に操作できるような場所にあるわけではありません。
宇宙空間、それも高速といってはばからない速度で動いています。
もし人工衛星が故障してしまったら、宇宙空間の高速で動いている物体にアクセスしなければならないのです。
スマートフォンの場合はどうでしょうか、画面が固まったまま動かない場合はどうしますでしょうか。おそらく多くの人が再起動をするでしょう。
人工衛星も内部の制御回路によっては再起動はできます。
しかし、再起動するとあらかじめ制御されているプログラム以外はすべて消去されてしまうこともあるのです。せっかく取得した画像データをはじめとした観測データや内部ログが消えてしまうのです。
再起動できるからといって、何回も再起動していれば、起動に使用する電力も大きく消費し、必要な電力一向にたまらず、観測データも取れずに人工衛星そのものが終わってしまいます。
電源が入らなかった場合はどうでしょうか。
スマートフォンならケーブルに接続し、充電を開始させるでしょう。
人工衛星も太陽電池セルを持っているため、電力を供給することができ、バッテリーを持っているため充電することができます。
しかし、電力が起動に足りるだけ回復したとしてどうなるのでしょうか。電源を入れるスイッチも押せなければ、人工衛星を動かせることはできないのです。そもそも制御用コンポーネントに故障が発生していれば動かないのです。
その後はどうするか、事前対策を考えていなければ、何かが発生した時点で人工衛星を諦めるしかありません。
対案としては、ある程度電力が充電されたら制御用コンポーネントを再起動するアナログ回路を仕込んでおく必要があります。そもそも日が当たるときしか動かない人工衛星というのも考えようによっては有りです。
熱くなった場合はどうでしょうか。
スマートフォンなら電源を消したり、不要なアプリを止めたりします。
人工衛星の場合は熱くても触れないのでわかりません。
熱いか熱くないかは送られてくる人工衛星の内部機器データを確認するしかありません。確認といってもデータを判断するのはプロフェッショナルかもしれませんが、必ずしも設計者やエキスパートというわけではありません。異常なデータかどうかをあらかじめ判断する閾値を算出し判断するしかないのです。
もちろん、200℃や300℃の場合は異常な温度であり、基板の一部が焼き焦げている可能性がありますが、その温度の場合、すでに基盤が焼き焦げているため、基板の正常な温度ではなく宇宙線などでプログラムにバグを生じさせた結果などと判断することも必要となります。もちろん、本当に温度センサ部分だけ無事という可能性は否定できません。
通信ができなくなった場合はどうでしょうか。
スマートフォンならやはり再起動したり、機内モードになっていないか確認したり、通信制限モードになっていないか確認したりします。
人工衛星の場合は、再起動をしたいのですが通信できません。
もしかすると人工衛星からデータを送信できないだけかもしれないので、地上局のアンテナから再起動などの指令を送信します。
人工衛星のアンテナや通信機の設定は、データが受信できていないので分からないため、地上局のアンテナや通信機の設定を確認します。
通信で来ていた時のログを確認することにもなります。
人工衛星の軌道や姿勢が変わった可能性もあるため、人工衛星の軌道上の位置を再計算することも考えなければいけません。
スマーフォンの場合は、制御回路がおかしくなったり、充電機能がおかしくなったり、発熱が止まらなくなったとしても、ケータイショップや販売店、製造元に確認することができます。
スマートフォンを送付することで部品を交換し、使用できるようになっているかもしれません。
もしくは、交換のタイミングと考えて新しいスマートフォンを選択することになるでしょう。
人工衛星の場合は、販売元に確認することはできます。
もしかすると、(デバック専用コマンドみたいな)隠しコマンドにより復活したり、特定の動作をすることで以上の原因を排除できるかもしれません。
しかし、実際のところは問題が起こったとすれば、運用制限を掛けたりすることが多いでしょう。
部品を交換することも、コンポーネントを交換することもほぼできないのです。
もちろん国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士に手伝っていただいて、数億か数十億円の規模で交換することはできます。
もちろん、ISSに近い軌道であることは必須となるでしょう。
コスト対効果は適切でしょうか。
実証実験という名目で、今後の人工衛星への取り扱いマニュアルを充実させるという理由で進めるというのもありです。そうでない場合は、効果が低すぎるためにほとんど計画できないでしょう。
と、いうことで打ち上げられてしまえば、故障を確認するといった地上で確認できたことができなくなるのです。
故に、低故障率と信頼性という考え方が必要になってくるのです。
人が事故にあわないことを第一とする製品とは別のベクトルでも事故を発生させないことに注力しているのが宇宙開発とも言えます。
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最近の人工衛星喪失事情
人工衛星が使用不可になることを失ったと表現しますが、業界の中では喪失と表現することがあります。
ニュース記事などでは失ったと表現しますが、文語・文章においては、何十年と開発し続けている組織では喪失と表現することが多いようです。
国関係の人工衛星も喪失という言葉を使うのですが、スタートアップが盛り上がっている今、使うところもあまりなくなってしまうでしょう。
最近の人工衛星喪失というと、2019年7月に打ち上げられた人工衛星ブロードバンド「スターリンク」の60基のうち3基の通信が不能になったというのがありました。
金額で大きな規模となったのは、2017年11月に通信不能となったロシアの人工衛星「Meteor-M」です。50億相当となります。
日本も2016年3月に通信不能となったX線天文衛星「ひとみ」が有名です。
このひとみの故障により、後続の科学衛星の設計開発運用に影響を与えましたことでしょう。だいたい310億円近くかかっているといわれています。
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人工衛星の故障は運用における人為的なもの以外に、設計ミスで発生することも少なくありません。それは試験できなかったり、試験を実施していたとしても、軌道上の環境を十分に再現できなかったために発生したという事象もあります。
これら故障の分析の積み重ねにおいて、多くの検証を人工衛星では実施することが多いのです。
長く開発しており、多くの蓄積があるからこそ、逆に検証のための開発期間が長くなってしまうこともあります。
これらの不具合は知らないでも開発を進められるでしょう。
ただ、知っていることで気を付けるポイントがあるのです。
知った上で、何に注目し、どの検証に時間を費やすべきなのかも、人工衛星の初期検討において、重要な要素でもあります。
人工衛星の軌道上故障に関する二次分析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass/59/690/59_690_190/_pdf/-char/ja
https://ssl.jspacesystems.or.jp/library/archives/jaros/space%20utilization%20view/h13_chapter5.pdf