軌道での温度変化を考慮しなかったためにSバンドアンテナが故障した | Lessons Learned、失敗学、事故事例
気象衛星NOAA-15(NOAA-K)のSバンドアンテナの故障
https://images.nasa.gov/details-KSC-99pp0489
極軌道気象衛星は、南北の極付近を通り赤道を大きな角度で横切る軌道を持っています。
これは、低高度(NOAA の場合は約850km)を短い周期(NOAAの場合は約100 分)で地球を南北方向に周回する軌道です。この軌道を持つ衛星は、地球上のある地点からみると、1日2回程度その地点の近傍上空を通ります。
静止気象衛星に比べ低高度を飛行するため、高解像度の画像が得られますが、観測範囲は狭くなります(NOAA の場合、幅約3,000km)。
また極軌道気象衛星は、静止気象衛星による観測が難しい高緯度地方(緯度60度以上の極地方)を高頻度で観測することが可能です。
今回は、最近注目を集めている小型衛星を打上げている軌道とは別の、軌道を通る宇宙船のアンテナに関するLessons Learnedです。
概要
温度変化の大きい軌道を採用する場合、人工衛星に使用されるアンテナの評価をより厳密にする必要があります。
設計で熱の影響を十分に考慮しつつ、熱モデルを作成したり、熱サイクル試験により設計を確認する必要があります。
発生タイミング
気象衛星NOAA-15(NOAA-K)は、1998年5月13日に打ち上げられました。
この衛星は、1978年に打ち上げられたTIROS-Nの設計の流れを汲む、新しい極軌道気象観測衛星(POES)の1号機に当たる人工衛星でした。
この衛星には、今までにない1700MHzの周波数範囲で動作する3つのSバンドアンテナを搭載していました。
ロケットから放出から約18日後、Sバンドアンテナ#2でデータ品質の低下が見られました。
1998年10月、英国が分析した観測機器Advanced Microwave Sounding Unit-B(AMSU-B)の観測データは、スキャン視野の半分に品質の劣化を観測しました。
発生原因
データの劣化は、人工衛星の軌道位置に応じて、相関性がある場合とない場合がありました。
調査の結果、毎年の季節の変化により、太陽が北から南に移動するにつれて、劣化も移動していることが明らかとなりました。
さらなる調査により、Sバンドアンテナで大きな温度勾配を受け、受信リンクの品質と観測データの劣化と、熱的な相関性があることが明らかとなりました。
アンテナに対して詳細な熱応力分析を行い、アンテナの歪みや破損を引き起こすのに十分な応力がは発生していることが確認されました。
また、一度アンテナが壊れると、アンテナゲイン、軸比、および定在波比 (Standing Wave Ratio:SWR) の変化により、受信リンクの品質とアンテナパターンが大幅に低下します。
解析で確認できた故障モードは、アンテナの熱サイクル試験で同様の結果を確認することができました。
Lessons Learned
軌道上で大きな温度勾配にさらされる人工衛星の設計者は、設計内のすべての材料の熱膨張係数(CTE)を慎重に検討する必要があります。
材料が受ける軌道温度のワースト値とその温度勾配を確認する詳細な熱モデルを作成し確認する必要があります。
熱モデルは、主に材料の機械的応力と熱的応力の両方を詳細にモデル化していく必要があります。
頻繁に、そして大規模な熱環境にさらされる場合は、熱サイクル試験の項目として、詳細に確認しておく必要があります。
Lessons Learnedを受けての推奨事項としては次の通りです。
新規の宇宙用ハードウェアを採用する場合、ピアレビューや設計レビューで重点項目の対象となるようにします。
今回のLessons Learnedを受けて、アンテナは、CTE特性が良い材料で再設計され、広範な熱サイクル試験に供されるように設計されるようになりました。
最後に
小型衛星を見るとパッチアンテナが多いです。
見た目でアンテナと分かるのは皿(ディッシュ)が半球に近い形状を持ちパラボなアンテナではないでしょうか。
これらのアンテナは熱の影響を受けやすく、形状によっては集光して熱を集めることにもなります。
熱により変形してしまうと、本文のように送信データが劣化してしまいます。
しがたい、運用上でもなるべく太陽光を受けないような部分にアンテナが付けられています。
基本は地球に向けるため、わざわざ太陽を向けることはあまりありませんので、たまに設計の検討項目から抜けてしまうのかもしれません。
検討項目から抜けてしまう理由として、アンテナ系は構造系と別のメンバーが設計しており、設置場所や通信以外での運用時の人工衛星の指向方向など、気づいたらアンテナに悪影響を及ぼす運用だったなんてことは、たまにあります。
複合要因であるからこそ、設計や試験項目での追加項目としてあらかじめあるいは第三者視点でないと、抜けてしまうので要注意です。
参考サイト
NASA Lessons Learned
https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html
NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)
https://llis.nasa.gov/lesson/908