往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋の彼是

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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

【宇宙機の熱バランス】人工衛星の熱の放射・吸収

人工衛星の熱の放射率について

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熱を考える上で必要な検討要素は、伝導と対流と放射です。

突然、熱設計を任されると忘れちゃうんですよね。

 

宇宙では空気がないので対流は無視します。
もちろん詳細に熱設計をしていくと、微量な対流やロケット搭載時の対流を考えてしまったりするときもありますが無視します。

 

今回話すのは放射です。

伝導はとりあえず置いておきましょう。

 

放射とは、光のエネルギーが物体から放出することです。
物体の持っているエネルギーにして熱源がどのくらい表面から出るのかを割合で示したのを放射率といい、輻射率ともいい、ε(イプシロン)で表わされます。

 

黒体の放射率は、1~0.9に近い値を取ります。
黒色塗装と白色塗装の放射率は0.95~0.8に近い値を取り、放出するエネルギーが大きくなります。

 

一方で、アルミニウムや金(金属)の放射率は0.05~0.02に近い値を取るために、放出するエネルギーが小さくなり、熱が逃げにくいことが分かります。
放射率あるいは赤外放射率は、金属物性ではなく表面特性あるいは(熱)光学特性と呼ばれます。


さて、先ほど放射率あるいは赤外放射率と称しましたが、赤外放射率は全半球放射率と呼ばれますが、これらは分光半球放射率と垂直分光放射率が関係してきます。
これは実際に赤外放射率を測定する人にしか関係ないので、とりあえず忘れるようにしましょう。
また取得した値が垂直分光放射率である場合は、半球放射率と値が小さくなるため、設計マージンやサイジングを十分考慮する必要があります。

 

参考

JERG-2-310 NOTICE-1 宇宙機設計標準 熱制御系設計標準

http://sma.jaxa.jp/TechDoc/Docs/JAXA-JERG-2-310_N2.pdf

www.horiba.com

太陽光吸収率・全半球放射率測定器の原理および測定法

http://www.koueiinc.com/wp/wp-content/uploads/ja-PM-A2.pdf

 

人工衛星の熱の吸収率について

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放射率とは別に、表面特性あるいは(熱)光学特定には吸収率もあります。

 

こちらは太陽光吸収率と呼ばれています。

 

太陽光の光は、可視光、赤外光、紫外光など様々な光が混ざっています。
光はその波長域/周波数域によって、人間の視覚に映る色彩が変わります。
太陽光吸収率と呼ばれるのは、太陽光の波長域の中で物体に吸収されるエネルギーの割合です。

 

ちなみに、地球に届く太陽の光を全天日射といい、大気により散乱・反射される光も地上に届きます。
散乱・反射した光は、太陽から直接地球に届く光とは、光の波長/周波数が違うため、別々に測定することも可能です。

 

人工衛星の光学特性は劣化する

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赤外放射率と太陽光吸収率は、表面特性であるため、長期間、熱や宇宙線放射線)の環境に晒されることで劣化していきます。


割合が劣化するというより、表面の塗装なり、物性が劣化します。


地上の物体と同じく、無機物の劣化は微量なのですが、有機物の劣化は早いです。
芳香族化合物であるポリイミドや、接着剤がそれに当たります。


接着剤の中にもシリコーン系は、シリコンの特性なのか宇宙環境に強い場合が多いです。

逆にエポキシ系は劣化する可能性があります。エポキシは、宇宙環境で劣化というより、オフガス、アウトガスの発生もあるため、利用には十分に特性を把握する必要があります。

もちろん、表面に塗装する材料の中に有機物が混ざっていれば、劣化する可能性もあります。

 

劣化の原因の一つである宇宙の環境は一定ではありません。

人工衛星は地球の周りを回っているため、熱的に一定ではないのですが、宇宙線も一定ではありません。

 

太陽の活動にも地球の自然環境と同じく乱れが生じます。

地球でいう、温度が高い年や低い年、雨が降りやすい年や降らない年のように、太陽の光が強いとき、弱い時があります。

 

太陽の光が強いと、宇宙線の量も多くなります。

宇宙線が当たると、有機物はその構造を変化させます。世の中には紫外線や赤外線を当てて、通常起きにくい化学反応を起こすことがあります。光化学反応と呼ばれ、光合成もその一種で、太陽電池のエネルギー生成も光化学反応で発生します。


さて光学特性の劣化ですが、初期値をBegin Of Life(BOL)と呼び、劣化値をEnd Of Lif(EOL)と呼びます。

 

太陽光吸収率でいうとエネルギーが吸収されないために、BOLが低温に厳しく、EOLが高温に厳しくなります。
赤外放射率でいうとエネルギーが放出されにくなるために、BOLが高温に厳しく、EOLが低温に厳しくなります。

 

物体の表面に依存して劣化の特性が変わるため、長期間運用していると、初期に取得したデータより熱的に適温から外れる方向に動くため、注意が必要です。

温度依存により、観測機器の性能が変わったり、内部機器のエラーが発生したり、通信機への影響もあるので、監視しておきましょう。

横道にそれますが、運用中の温度データは、機器のON/OFFのデータにも依存するため、内部機器のデータの取得ができなくなったときの二次的な確認のためのデータにもなります。

 
例えば、黒色の布をしていると、黒い布にエネルギーが吸収されて、熱が通らないと思うかもしれません。
しかし実際に熱くなるのは、布そのものにエネルギーが蓄積し熱がこもるためです。

今回の話に絡めると、黒色は放射率が高いため、エネルギーが内側に放出されるのです。
黒い服の場合ですと、肌は日に焼けないですけど熱くなるのはそのためですね。

また、今回話として出ませんでしたが、日が強い日に自動車の窓に掛けるカバーの太陽面が銀色の理由は、反射率が高いからです。
吸収するエネルギーを減らすために銀色にしているんですね。

 

参考 

宇宙機の熱設計と熱物性

https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl/54/5/54_315/_pdf

global.canon

nasa technical reports server

https://ntrs.nasa.gov/search.jsp

放射率表-OMEGA-

https://www.jp.omega.com/techref/pdf/table-total-IR-emissivity.pdf

Solar Absorptance and Thermal Emittance of - NTRS - NASA

https://ntrs.nasa.gov/archive/nasa/casi.ntrs.nasa.gov/19840015630.pdf

Spacecraft Thermal Control Coatings References - NTRS

https://ntrs.nasa.gov/archive/nasa/casi.ntrs.nasa.gov/20070014757.pdf

EMISSIVITY COATINGS SPACE RADIATORS FOR LOW-TEMPERATUR

https://ntrs.nasa.gov/archive/nasa/casi.ntrs.nasa.gov/19670010542.pdf