設計におけるトレードオフの考え方はいくつか存在しています。
今回は比較的に宇宙業界で使用されているトレードオフと称している手法は、いくつか書籍やネットの情報と差異があったので紹介します。
[目次]
トレードオフとは
トレードオフ(trade-off)は、製品開発では複数の設計アイディアや搭載機器を選択する際に、要求事項に合致することは前提として、選択に関わる要素を洗い出し、要素の優先事項を明確にして適切なリスクを選択する手法です。
新規の製品開発設計で使用されるが、設計変更における影響評価にも使用されることが多いです。
製品設計におけるトレードオフは、ほぼ個人作業であるため、あまり表に出ることははありません。
リスク分析のためにFMEAやFTA、過去のトラブル一覧による設計要素の変更を記録や資料化して、客観的に確認したり、第三者に確認してもらうことはありますが、あまりトレードオフ表という形で資料化する文化が少ないようです。
宇宙開発において、複数の案が出た場合、よくトレードオフして検討結果を出してくれと言われることがあります。
最初に言われると「トレードオフ?」と思われるでしょう。ネットの情報や設計関係の書籍を調べても、正直、技術者が求めるトレードオフには残念ながらたどり着きません。
経済用語としてのトレードオフの意味が先行しており、技術的なトレードオフに代用するには乱暴すぎて使えません。
宇宙開発だけではなく技術系で使用されることが多いトレードオフでは、優先すべき項目(要素)のみに注目するのではなく、設計アイディアや搭載機器を主軸として要素に対して優先順位を決め、リスクを考慮した上で、総合的に判断します。
決して、A案はコスト1/2とB案はスケジュール1/2、C案は性能3倍では判断せず、コスト、スケジュール、性能を具体的な数値や表現に代えて比較します。
トレードオフの検討項目例
一例として、現行案に不具合が発生したことで対策を検討し、4案が考え付いたとして、どれを選択すればいいのかトレードオフした場合、次のようなイメージになります。
宇宙業界でなくとも、技術系では、初期検討や案件受注時はコストが優先されます。
これは案件を受注の競争に勝つためにはわかりやすい対応です。
ただし開発が始まると、業界によって違うとは思いますが宇宙業界の場合はコストよりもスケジュールが優先されることが多いです。
スケジュールが重要視される理由は宇宙業界は打ち上げの時期を決めなければいけないことが多く、太陽系における地球の相対的な位置から、ロケットの能力や射場環境により打ち上げ時期を限定せざる得ないためです。
そういった限定的な環境の中で行われる技術的なトレードオフではリスクを洗い出し、評価することが重要視されます。
機械や電気的な面だけではなく、ソフトウェアの改修といった多面的に評価することになります。
上記例を代表に、コストや機械的な面で考えるのであれば、案①が採用されますが、電力やソフトウェアの改修を考えると案③を採用する方向になる。過去の実績を重要視し、運用制限を許容するのであれば案④を採用することになります。
これらの優先度は製造スケジュールにより、他に並行している開発製品と歩調を合わせながら進めるため、単一ではなく柔軟に変えていくことになります。
宇宙開発のトレードオフは、リスク要素を明確にして、各フェーズにおいて適切な案を選択できるような手段として用いられるのです。
そして、一覧表を会議の場で提示することで、各視点からのリスクの抜けにも気づきやすくなります。
トレードオフの一覧表(トレードオフ表)は製造側や設計側が作成することが多いのですが、会議で提示することで製造側と管理(やシステム設計)側での方針の違いをすり合わせることにも役に立ちます。以降の設計や製造においてよりよい設計の提案もすることができます。
ただ、通常の設計のトレードオフ自体は一部の設計担当者で完結することもあるので、見れる機会は少ないかもしれません。
よく使用される項目としては、信頼性、拡張性、保守性、寿命、互換性、適応性、可用性、ロバスト性、プログラマビリティ、開発計画、費用(コスト)があげられます。
設計者の立場だけではなく、プロジェクトを進める一員として、技術的な側面以外からもトレードオフによる分析が求められます。
最近の宇宙のニュースとトレードオフ:イプシロン6号機
宇宙業界では先端技術というより枯れた技術を使用することが多いです。
枯れた技術とは、技術として確立されており安定的で信頼性のある技術のことを指します。内情では、過去に多くの不具合を発生させ、致命的なことにもなったうえで現在でも改修も続けて確立させた技術を指しています。
従い、軌道上実績を優先することが多いです。
最近の話ではありますが、2022年11月11日に打ち上げられ、地上からの破壊指令信号により飛行を中断したイプシロン6号機ではロケットの推進系のガスジェット装置について、「弁の動作不良」「推進薬の配管詰まり」の可能性があり、現在も調査を進めています。
今回の不具合を受けて、JAXAの開発している新しいロケットであるH3ロケットではその影響を受けて、製品としては別物ではありますが同じ組織という理由で、他社製の製品を交換することを検討し始めているといいます。
同じ組織を避ける理由としては、まだ原因が解決していない段階で、類似の設計をしている製品を使用していると、実際は分かりませんが同じ設計者や同じ開発グループにより開発されていることから、不具合が発生した部分に対しての検証の抜けがあると考えられてしまいます。
原因が究明できていれば、H3ロケットに使用する製品に対して検証の実施有無の確認をし、検証できていなければ事前に実証して同じ不具合を防ぎます。
しかし、今回は原因究明に時間が掛かりそうな見込みであり、H3ロケットの開発スケジュールに間に合わない見込みであるという二つのリスクから、実績のある他社製品を利用する流れになったとみられます。
これらの選定基準も、トレードオフ表の検討項目(要素)に含めて検討されたことだと思います。
項目として追加するには、現時点で想定される原因(特定の部品とそれにかかわるインターフェイス)の検証有無、改修が発生した場合の改修スケジュール、ロケット全体の開発スケジュールが3点があげられ、その上で他社製品の実績品が使われたのではないでしょうか。
技術面におけるトレードオフのまとめ
参考サイト
Sample records for design tradeoff studies
https://www.science.gov/topicpages/d/design+tradeoff+studies#
NASA Office of Logic Design
http://klabs.org/history/history_docs/sp-8070/ch4/4p1_design_tradeoffs.htm
イプシロンロケット6号機打上げ失敗原因調査状況について
https://www.jaxa.jp/press/2022/10/20221018-1_j.html
Design trade-offs for product development
https://www.embedded.com/design-trade-offs-for-product-development/
D06.『百害あって一利なし』のFMEA - ついてきなぁ!機械設計の職人ワザ(ブログ版)
D07.匠のワザ(1):トラブル三兄弟でトラブル半減 - ついてきなぁ!機械設計の職人ワザ(ブログ版)