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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

宇宙エンジニアの「失敗する機会」を許容する文化 | Lessons Learned

エンジニアに「失敗する機会」を提供する

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宇宙業界は失敗してはいけない文化だと聞いたことはありませんか?

 

失敗しないように試行錯誤を繰り返すのは事実ですが、それでも失敗はおきます。

 

Lessons Learnedシリーズでは宇宙業界という技術力の高いエンジニアである人たちでも盲点となり起きてしまった事例を紹介し、宇宙業界関係なく他の製品開発や運用にも応用できそうなものを紹介していきます。

 

さて、今回記事では実際に開発視点ではなく、現場から離れて管理者視点となったときにどのように宇宙開発のチームをまとめ上げていけば良いかのヒントを示したいと思います。

 

組織の文化として、失敗したとしても素早く共有でき、解決できるような組織であることのほうが、より挑戦的でミスが起きたとしてもすぐにフォローでき、致命的な失敗を起こさない組織を作ることができます。

 

宇宙開発の組織とは失敗をしないのではなく、成功するために試行錯誤し続ける組織と言えます。

 

確実に成功するような試験や開発からは経験値が少ない

宇宙のエンジニアがリスクを冒すことに臆病になってしまうような風土は、挑戦し続ける宇宙飛行ミッション※の壁になってしまいます。

※宇宙開発の場合は最終的に得られる成果や目的に対してミッションと呼ぶことがあります。

 

NASAでの取り組みは積極的な研究発明と挑戦的な宇宙探査のために突き進んでいます。

 

宇宙開発では、膨大なコストと犠牲の上にあり、大きな成果を生み出してきました。

 

NASA /カリフォルニア工科大学のジェット推進研究所(JPL)が管理する宇宙飛行プロジェクトは、日々複雑さを増していき、まだ確立されていない技術も活用していることから、多くのリスクが潜んでいます。

 

それでも宇宙機の設計プロセスでは、リスクが顕在化し失敗したとしても、失敗を評価し、止まることなく経験値を蓄積していっています。

 

JPLNASAにある組織の中でも、誰も挑戦したことがない高リスクのミッションに着手することが求められています。

 

NASAのエンジニアが考える失敗しても許容する組織文化(風土)の重要性

JPL Engineering&Science Directorate(ESD)のチーフエンジニアは、従業員に「失敗する機会」を提供するエンジニアリング文化の重要性について次の項目を挙げています。

 

  • 十分にプロジェクトを支援できる体制のある組織文化が根付いていること。
  • 「失敗する機会」はプロジェクトの管理者や組織の上長が組織としても失敗することを受け入れるような制度であること。
  • 従業員も「失敗する機会」があるという考えが根付いていることも重要であること。

 

JPLでは、いくつかの盲目に実施していた標準的な分析、評価、および試験を再評価することで削減していくことで、低コストかつ高リスクの宇宙飛行ミッションの成功を進めています。

 

そんな環境で宇宙開発を進めているため、一人一人の心理的ストレスが高く、リスクを避け、挑戦的な技術を避けてしまう可能性があります。

 

学術的な科学の世界では、既存の理論に対して否定する実験結果が出たとしても、しっかりと証明されれば、受け入れる風土があります。

しかし、エンジニアは否定する結果が出たとしても、簡単に受け入れられるような風土があまりありません。

 

あなたの組織には「失敗する機会」が与えられていますか?

「失敗する機会」が与えられるというJPLでは、次の質問に全て「YES(はい)」と答ええられます。

 

  • 会議の中で(まるであなたに全責任があるかのように)「間違った」考えをあなたに言わせるようなことは無いと言えますか?
  • 失敗が(組織外の)他の誰かに見つかることを恐れずに、組織外の人間と仕事や製品の情報を共有することができていますか?
  • 失敗したとき、再度チャレンジできる機会が与えられていますか?
  • 懲戒処分を受けたり、組織から追い出されることもなく、失敗から学ぶことが奨励されていますか?
  • 組織外で自分のアイデアを積極的に挑戦することが推奨されていますか?
  • イデアを考えたり、行動するために、十分な時間が与えられていますか?
  • 心理的なストレスがなく、失敗を教訓として学び、組織全体で共有できる風土がありますか?
  • 「失敗はあなたが課題を解決するために必要な兵器庫の弾薬であり、悪いストレスを与えるものではない」と考えることができる文化ですか?

 

「失敗する機会」が提供されていた火星探査ミッション

ESDチーフエンジニア(および元MSLチーフエンジニア)は次のように言っています。

 

エンジニアも人間であり、人間は間違いを犯すにもかかわらず、24億ドルのローバー(MSL)が火星に着陸することに成功したのはなぜか。

 

ローバーは、非常に複雑な設計の上で開発されており、たった1回のミスでミッションが失敗するようなポイントが何千か所もありました。

 

ではチームのメンバーは間違いを犯さない人間なのか?

 

そんなことは決してない。

 

それでは、設計から開発、さらには打上げ後に至るまで、何千か所もの致命的なヒューマンエラーを犯す可能性があります。

 

それでは、MSLは運が良かったのか?

 

いいえ、決して運が良かったわけでもありません。

 

メンバーが自由に自分の失敗を共有することができる機会や風土が提供されている必要があります。

 

多くの失敗が起きても、心理的に悪いストレスがなく、間違いをすぐに共有し修正することは、ミッションの成功を確実に進めるためによい兆候といえます。」

 

最初の火星探査機ミッションは、必要なコストを可能な限り、劇的に減らしたい考えがあり、そのうえで失敗のリスクを許容する方針でもありました。

 

火星バイキングミッションでは、1976年に従来のロケットを使用して表面に着陸し、1997年にマーズパスファインダーを使用しました。

 

30メートル以上上空から落下しても、エアバックを搭載することで、火星表面を跳ねることで着陸するという新しいシステムの実証を行った。

 

このシステムは、考え方としては存在していましたが実証されておらず、今回の実験で有益な知見を蓄積することができました。

 

結果、マーズパスファインダーは火星に関する23億bit以上の情報を地球に送ることができました。

 

"The boldness of my colleagues is inspirational -- the scape of the questions they want to answer, and the courage by which they go about tacking these big questions"

(意訳)「この実証に取り組んだメンバーは、刺激的で勇気がある。

 欲しい結果に対して、大きなカベに怯まず挑戦する勇気があった」

ー Ian Fenty、JPL海洋学

 

"We shouldn't do something because it is safe and easy. we shouldn't do the thing that everyone knows how to do. We might fail, we might succeed too."

「安全で、簡単な課題に取り組むべきではない。

 誰もが知っていることに挑戦するべきではない。

 その結果、成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。」

ーJennifer Rocca、JPLプロジェクトシステムエンジニア

 

"It's a very liberating kind of environment to be in because you don't have don't have to be so afraid of mistakes."

「間違いを恐れる必要がない、とても自由な環境だ」

ーTracy Drain, JPLシステムエンジニア

 

JPLは、かつて到達できなかった場所にいける道具を開発した。

 

JPLは、設計の課題を解決するためには、詳細な技術分析と試験を実施する場合、慎重なリスク回避をしていきます。

 

宇宙のエンジニアがリスクを冒すことに臆病になってしまうような風土は、挑戦し続ける宇宙飛行ミッションのカベになってしまいます。

 

推奨事項

宇宙開発にはリスクが伴う。失敗の回避は、リスクの回避につながる。

Audentes fortuna juvat. (幸運は大胆な者に味方する)

 

自分自身を含めて「失敗する機会」を許容する組織文化を作ることです。

JPLで実施している2つの制度を紹介します。

  • Openness of our people and processes. We use candid communication to ensure better results.

【意訳】個人のプロセスを許容します。コミュニケーションを重視して結果を保証することです。

  • Innovation in our processes and products. We value employee creativity in accomplishing tasks.

【意訳】プロセスや製品開発に常に革新をもたらすように挑戦すること。ミッションを完遂するため創造性を大事にする。

 

まとめ

宇宙開発は息の長い活動です。

 

プロジェクトの雰囲気、組織の文化によって、個人の体感として難易度が大きく変わります。

 

宇宙用の製品を製造する組織の課題の一つとして失敗にどのように対応していくのかという風土や制度作りです。

 

失敗を最終的に致命的なものにさせないための風土作りが、最終的に宇宙開発の成功のカギになります。

 

風土を作るには各メンバーの取り組みとともの管理者の理解や組織の制度がかかわってきます。

 

どれか一つを欠いてしまうと、メンバー個人への悪いストレスになり、結果挑戦的な開発が「継続して」できなくなってしまいます。

 

紹介した質問から、一度組織を見直して取り組むことで、失敗を公開し、教訓を蓄積し、大きな成功を得られるカギになっていきます。

 

参考サイト

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)

https://llis.nasa.gov/

Give Engineers ‘Space to Fail’

https://llis.nasa.gov/lesson/21601

Ian Fenty @ianfenty

https://mobile.twitter.com/ianfenty

NASA - Project Manager

https://www.nasa.gov/mission_pages/deepimpact/team/rocca-bio.html

Tracy Drain

https://en.wikipedia.org/wiki/Tracy_Drain