振動低減に利用するワイヤーロープアイソレーターの特性:解析モデルでの減衰と剛性の使用 | Lessons Learned
ワイヤーロープアイソレーターの特性:解析モデルでの減衰と剛性の使用
Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。
今回はワイヤーロープアイソレータについてです。
ワイヤーロープアイソレーターとは
防振製品の一つです。
ゴムやばねと同様の性質を利用して振動や衝撃のエネルギーを吸収する製品となります。ゴムやばねはサイズ感の違いがあれど、構造的には同じものです。
伸縮性のある分子構造を持つゴム、金属の伸展性とらせん構造を持つばねは、それぞれ伸縮することで振動や衝撃のエネルギーを熱や運動エネルギーに換えています。
ワイヤーロープは、金属ワイヤーをより合わせて作られた金属の縄のことで、柔軟性、強度、摩耗性、耐食性が高く、熱に強い性質を持っています。
ワイヤーロープで作られた防振器であるワイヤーロープアイソレーターは、通常のゴムやばねよりも丈夫な特性を持っています。
宇宙業界では振動や衝撃吸収のために輸送時に使用されるエアサスペンションと同じくらい使われています。
例えば、宇宙機本体の輸送振動を低減したり、振動が発生する宇宙機自体に搭載される機器に搭載されることがあります。
ちなみに低減されている様子はこの動画でイメージできます。
概要
ワイヤーロープアイソレーター(Wire Rope Isolator, WRI)は、剛性が非線形であることで有名です。
その特性と応答は、振動による入力負荷レベルによって変化することが分かっています。
各メーカーデータから引用する剛性値は、意図した負荷レベルに対して正確でない場合があります。
ワイヤーロープアイソレーターの使用者は、製品に対して負荷される入力レベルを理解する必要があります。
解析モデルのこの荷重範囲には、(ベンダー提供の値ではなく)テスト相関のワイヤーロープアイソレーターの剛性と減衰特性を適用する必要があります。
発生状況
国際宇宙ステーションの成層圏エアロゾルおよび気体観測に使用される組付け後のモジュール(Instrument Adapter Module (IAM) 、Contamination Module Package (CMP)、Engineering Development Units (EDUs))でのランダム振動試験の中でCMPの中で温度制御を行う水晶振動子(Temperature-controlled Quartz Microbalance 、TQM)に高い応答を示し、障害が発生しました。
CMP単体では発生しなかったのですが、CMPは他のモジュール(IAM)に固定されており、モジュールを通して増幅され高い応答を発生させました。
応答を減らすために、ワイヤーロープアイソレーター(WRI)をCMPのインターフェースとなる位置に設置することを考えました。
事前に解析モデルを作成しシミュレーションを実施したのですが、CMPの質量モデルを利用して正弦波振動試験(サインバースト試験)を実施した結果、試験結果と一致しませんでした。
これにより、CMPとIAMの間のワイヤーロープアイソレータを含めた解析モデルを作成するとともに、解析に重要な条件を組み込むために、剛性と減衰の相関関係を確認する試験を進めることになりました。
結果、メーカーが公開しているデータとは異なる剛性値、目標とする周波数帯で不均一な減衰を示しました。
ワイヤーロープアイソレーターの剛性と減衰の変動を解析モデルに組み込むことにより、解析モデルの結果がより厳密に現物と一致しました。
学んだ教訓
ワイヤーロープアイソレーターは剛性が非線形であることで有名であり、その特性と応答は入力負荷レベルで変化します。
プロジェクトによって実施されたワイヤーロープアイソレーターの振動試験では、メーカーのデータから引用された剛性値では、CMPで使用される負荷レベルではズレてしまうことが分かりました。
通常の動的振動解析で使用される2%の臨界減衰と比較して、ワイヤーロープアイソレーターによる減衰ははるかに高く、大幅に変動することがわかりました。
低周波数帯(0〜250 Hz)では15%、高周波数帯(250-2000Hz)では約8%の減衰があります。
ちなみに、高周波数帯が広いのは宇宙業界特有ですので、通常の試験ではそこまで広い領域を高い分解能で試験することは少ないです。
実験値により周波数帯で可変する減衰率と修正された剛性が解析モデルに組み込むことで、解析モデルの結果を高い精度にすることができます。
推奨事項
ワイヤーロープアイソレーターに対して負荷される入力レベルを理解する必要があります。
構造解析モデルでより精度の高い解析結果を取得するために、ワイヤーロープアイソレーターの試験と特性評価を実施します。
解析モデルに対して、試験結果により算出される剛性特性の相関関係を組み込みます。
減衰率の変動をテーブル化して、解析モデルに実機で見られる不均一な減衰特性を入力します。
終わりに
ワイヤーロープアイソレータを使用することは、宇宙業界でも比較的新しい技術です。
と言っても、30年弱にはなっています。
宇宙業界で気にしていた振動領域はロケット振動が主でした。
現在では、ミッション機器である観測機器が駆動したり、冷却器の振動を観測機自体に伝わり、観測データがブレないようにすることを目的として使用されます。
すべては高性能の観測機器を高い分解能でデータを取得する方向に動いてきているからです。
特にワイヤーロープアイソレータは、電源を使用することのない機器であり、重量と空間が必要であること以外は、比較的容易に使用することができます。
ただし、本文にあるように剛性と減衰を調整する知見が少なく、日本ではそれほど使用されているとは言いにくい製品です。
また、現在計画されている衛星コンステレーションに対してまだ使用される予定が少なそうではあります。
通信衛星の衛星コンステレーションの場合、目的となる通信性能に対して振動の影響が少ないことが多いからです。
もちろん、通信アンテナが駆動する場合、駆動時の振動がノイズとなる可能性は否定できません。
光学あるいはSAR衛星の衛星コンステレーションの場合、まだまだ小型の衛星が多いため、重量物に対して減衰効果が高いワイヤーロープアイソレータでは十分な減衰が見込めないからです。
まだまだ小型用のワイヤーロープアイソレータの調整が難しいことから、もう少し先に利用される技術と考えています。
まあ宇宙機のスパンが長いため、次の世代の衛星コンステレーションでは高い分解能などが求められ、活用されている可能性は高いでしょうね。
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参考サイト
NASA Lessons Learned
https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html
NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)
Wire Rope Isolator Characteristics: Use of Damping and Stiffness in Analysis Models
https://llis.nasa.gov/lesson/19101
Sine Burst Testing with Wire Rope Isolators