あっさり解ける!転倒角の計算方法【機械設計者向け】
転倒角を計算しよう
最初に言います。転倒角には総重量は関係ありません。
転倒角は地面や床に置いたときに何度傾ければ倒れるかを計算したものです。
床と固定していれば転倒角の計算は必要なく、固定している素材(ネジや接着剤)の強度に依存していきます。
ただ、床ではない少し面積の広い物体に対象を固定した場合は転倒角が関係あります。
そんな転倒角(転倒角度、傾斜角)についてまとめていきます。
[目次]
- 転倒角を計算しよう
- 転倒角の計算式
- 重心を求めよう…?
- 今日明日レベルの直方体の転倒角の目安値簡易計算方法
- 転倒角の規格は?
- トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会での構内ルール
- 道路運送車両法の保安基準第5条安定性:最大安定傾斜角度
- トラックの転倒
- トラクター・コンバインの転倒
- 移動式クレーンによる転倒
- 電気用品安全法及び関連規格の転倒角(傾斜角)
転倒角の計算式
転倒角に関係ある物理要素は、ただ2つです。
- 重心
- (地面や床と接している)端部の距離
そして重要なのは端部の距離です。形状の外形ではなく、端部の距離なのです。
机や棚の場合はわかりやすいのですが、車輪の付いたものは地面に接している部分となります。
タイヤといった時間経過により変化するものは重心が高いものなので、空気圧が高めであったりします。
さて、計算要素はいくつかありますが、難しい要素を抜きにすると、逆三角関数のarctanx(アークタンジェント)で計算できます。
重心と端部の距離が分かっていることから、次のように定義します。
- 重心から平行方向端部までの距離をx
- 重心までの高さをy
- 転倒角をθ
以上の情報から三角関数により「y/x = tanθ」で考えられます。
これは逆三角関数により「θ = tan^-1 ( y/x )」で転倒角を求められます。
簡単に考えると、転倒角は物体を斜めにして重心が吊り合う角度θを求めればよいだけなのです。
角度θを超えると吊り合いが崩れ、一方方向に傾いてしまうことから、θが転倒角となります。
この計算式から分かるのは、重心までの高さ(y)の値が高く、重心から平行方向端部までの距離(x)が短ければ、転倒角が小さくなります。
転倒角を大きくする(安全にする)には、重心を低く端部までの距離を長くすることというのが分かるのではないでしょうか。
エクセルで計算するには次の計算の数式で計算できます。
「=ATAN(y/x)*180/PI()」で、yとxを入力すると転倒角を算出できます。
重心を求めよう…?
転倒角は重量ではなく重心が必要になります。
結局重量を使用することには変わらないと言うことなかれ、手計算で算出するのは試験勉強ぐらいでしょう。
複雑な形状の場合は、手計算で重心を算出することが難しいですが、そんなタイミングがあるでしょうか?
そんなことはほとんどありません。
もし必要だとしても、最近は、3DCADにより、モデルさえできていれば、材料の設定を行えば算出することが可能です。
このことから、転倒角や重心、慣性能率(物体の回転のしやすさ)が必要な製品の3DCADモデルには最初から材料特性を細かく入力していることが多いのです。
注意としては、3DCADの中間ファイル「IGES(iges、igs)、STEP(step、stp)、Parasolid(x_t、x_b)、SAT(sat)」には材料特性が含まれないことから、メーカのHPにあるモデルの情報に重量情報を取り込んでいく必要はあります。
今日明日レベルの直方体の転倒角の目安値簡易計算方法
試験機材やモックアップ、急な構造物、試験治具、これらが突然実験室に運び込まれる場合、地震対策や転倒防止を考えることでしょう。
もしかすると企業によっては転倒角の規定があるかもしれません。
しかも突然です。今日明日レベルでの話です。
ただ、試験機材といった対象は直方体であることが多いので、簡易的な計算方法ができます。
直方体といえば、幅(W:Width)と奥行(D:Depth)と高さ(H:Height)情報しかないか、ぎりぎり実測できる範囲なのではないでしょうか。※幅と奥行は、縦・横どちらの表現でもよい。
この情報から単純にそれぞれの距離を半分にして計算すれば、簡易的に転倒角が算出できます。
θ1 = tan^-1 ( (H/2) / (W/2))、θ2 = tan^-1 ( (H/2) / (D/2))
θの低い方が転倒角になります。
直方体の内部の機器配置により、重いものが上にあれば、H/2をH/(2/3)などに変更してマージン(設計余裕)を考えるのもありです。
その結果、問題なければ、後で詳細に計算を詰めていけばいいのです。
まずは全く問題ないレベルか、調整しないと厳しいレベルか識別をしていきましょう。
エクセルシートを作成しておくのもありかと思います。
先に述べているように、転倒角に重量は関係ありません。
対象を転倒させるためにはどれだけの力が加わるのかを算出する時には重量が必要となります。
その場合は、重量以外にも摩擦係数やモーメントも計算する必要が出てきます。
移動する物体が、バランスを崩すなり、別の力が加わったときに転倒する際には重量が必要にはなります。
では実際に考えていきます。
一例として、19インチ42Uのラックで考えてみましょう。
サイズはW600 × D1000 × H2088 mm、重量が500kg。転倒角の基準として、サーバーラックであることから電安法の基準に則って10度以上とします。
θ1 = tan^-1 ( (2088/2) / (600/2)) =
θ2 = tan^-1 ( (2088/2) / (600/2)) =
転倒角の規格は?
転倒角は企業内ルールのほかに、規格で決められているものもあります。
自動車の最大安定傾斜角度や電安法の転倒角、この二つが最も使用される転倒角度になります。
自動車はトラックやトラクターを含み、電安法では電気機器、精密機器すべてに適用されます。
トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会での構内ルール
トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会では、構内ルールとして、重量物の転倒防止に関するルールがあります。
- 転倒角度が18度に満たない場合は、ビラを貼り付け、危険を視覚化する。対象:重量300kg以上で、高さ1m以上のもの
- 転倒角度が18度に満たない重量を持ち上げ、移動、またはジャッキアップ等するときは、転倒防止を講じる。
- 制御盤等を台車、フォークリフトで移動する時は、制御盤などの転倒防止を実施する。
- 制御盤などを台車で移動する時は、台車+制御盤などの転倒防止を実施する。
トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会 ルール
http://www.tmej-kyouryokukai.com/index.php/upfiles/view/152/0/1/0
道路運送車両法の保安基準第5条安定性:最大安定傾斜角度
最大安定傾斜角度は、空車状態のクルマを右側または左側に傾けていった場合に転覆しない最大の角度で、転覆角度ともいいます。
法的にルールがあるものは、改正が発生しますので随時確認しておきましょう。
- 車両の重量によって、35度以上あるいは30度以上
- 側車付二輪自動車の場合は25度以上
- 最高速度20km/h未満の自動車は30度以上
- けん引自動車の場合、連結状態で35度以上
道路運送車両法の保安基準
https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr1_000075.html
トラックの転倒
トラックの転倒は、自動車に分類されるため、上記保安基準に適用されるため、35度以上必要になります。
トラクター・コンバインの転倒
トラクターは、エンジン付きの車両で対象を引っ張ることからけん引車とも呼ばれます。農業機械の場合もあり、トレーラーを引くこともあります。
コンバインは、農作物、時に稲などを収穫する農業機械です。
トラックと同様に上記保安基準から、トラクターは35度以上、コンバインは(最高速度20km/h未満の自動車)に適用されるため、30度以上必要になります。
これらは静止状態であることから、作業中の場合はどうでしょうか。
農業機械メーカである(ヤンマー/Yanmar)のサイトには次のように書かれています。
- 登坂角度は15°
- 転倒角は10°以下
登坂角度は進行方向に対しての角度になります。
性能としてはこれ以上でも作業可能ですが、安全性や運転者の恐怖心を考慮しています。
トラクター、田植機、コンバインの登坂角度・転倒角を知りたい
https://faq.yanmar.com/jp/detail?site=FIWWZ5OB&category=1&id=106
農作業事故にご用心!
https://www.ja-machidashi.or.jp/agri/einou/21.php
移動式クレーンによる転倒
移動式クレーン(クローラクレーン、トラッククレーン、ホイールクレーン)の作業中に発生する災害による死傷者は、年間数百人に達します。災害のうち一つに転倒があります。
- 移動式クレーンに対する転倒角の規定はない
移動式クレーンに対する転倒角の規定はありません、吊りの重量や形状、地面状況や固定方法により状況が変わるため、常に注意が必要になります。
- 弱地盤ではないか、補強や養生がされているか
- 定格総荷重を超えていないか
- 張出しや旋回方向を考慮したアウトリガの設置になっているか
- 操作者が集中して作業できる環境にあるか
- 強風に注意しているか
特に最初に挙げている弱地盤に対する対策が重要で、転倒事故の4割が弱地盤によるアウトリガとともに沈下することで発生しています。
作業現場における移動式クレーンの地盤対策について
http://www.cranenet.or.jp/susume/susume00_09.html
電気用品安全法及び関連規格の転倒角(傾斜角)
電気用品安全法とは、電気用品による危険及び障害の発生を防止する目的の法律で、数百の品目の電気用品を対象に規制している。
電安法とも略され、定められた技術基準や検査に適合した製品でPSEマークを表示することができます。
「電気用品安全法 別表第8 1共通事項(2)構造 ハ」において次のように定められています。
通常の状態において転倒する恐れのあるものであって、転倒した場合に危険が生ずる恐れのあるものにあっては、この表に特別に規定するものを除き、次の表の左欄に掲げる種類ごとに同表の右欄に掲げる角度で傾斜させたときに転倒しないこと。
- 電熱器具及び電熱装置を有する電動力応用機械器具:15度
- その他のもの:10度
「転倒するおそれのあるもの」とは、据付工事または配管工事を伴うもの、天井又は壁に取り付けるもの及び高さに対して十分な床面積を有し容易に傾斜しない重量物以外のものをいう。この場合において、容易に傾斜しない重量物とは、器体の質量が40kgを来れるものであって、床面から器体底面までの高さが5cm以下のもの及び器体のあらゆる位置(底面を除く。)から100Nの力を加えたときに転倒しないものをいう。
電気用品安全法令・解釈・規定等
電安法をもとに転倒の恐れがないか確認する場合、安定性試験を行うのですが、その際に転倒角ではなく傾斜角と呼ぶことがあります。
また、電安法では、別表第12「整合規格」において、各種電気用品を対象に技術基準を定めた規格を示しています。
規格にはJISをはじめIECなどの国際規格が示され、一部の製品では傾斜角(転倒角)5度ですが、多くの場合は10度が適用されます。
その中でも発熱(温度上昇)及び発熱の恐れのある対象の場合、15度が適用されています。
これは製品によって、必要な安全性が変わるため、これ以上に厳しくなる(傾斜角が大きくなる)場合があります。
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参考文献
最大安定傾斜角度の計算
傾斜地における四輪トラクタの横転倒角
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsam1937/32/2/32_2_111/_pdf
移動式クレーンを倒さない
http://www.jcatokai.jp/4news/image/leaflet-3.pdf
クレーンを倒すな
https://jsite.mhlw.go.jp/miyagi-roudoukyoku/content/contents/000921621.pdf
ラフテレーンクレーンの転倒事故が発生
技術基準の解釈について
https://www.jet.or.jp/common/data/new/semi_20131213.pdf
電気用品安全法技術基準の解釈別表第十二の規格の選び方などについて