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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

ハイスループット衛星(HTS)とは何か

high throughput satellite (HTS)?

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Credits: NASA

https://images.nasa.gov/details-KSC-00pp0712


 

直訳すると高い情報処理能力を持つ人工衛星である。

 

2022年に打上げられる技術試験衛星9号機(ETS-9)はハイスループット衛星(High Throughput Satellites:HTS)と呼ばれている。

 

ETS-9は、2006年に打上げられた技術試験衛星8号機(ETS-8)と同じシリーズ衛星ではあるが、搭載ミッションが同じというわけではなく、実証機器を搭載した大型人工衛星である。

実に15年以上も間が空いている人工衛星のシリーズである。

 

技術試験衛星は、とても簡単に言うと小型衛星を対象として実証機器を搭載して将来的なミッションへの活用を行う革新的衛星技術実証プログラムのJAXAの革新衛星の大型衛星版である。

 

横暴であるが、厳密に言うと目的が違うが、大枠としては似たようなものである。

 

 ETS-8も、HTSの機能を持っていたが、ETS-9の方がHTSを押しているような紹介である。

 

今回はそんなHTSの話です。技術試験衛星についてお話しする予定はございません。

 

HTSの特徴

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そもそも、HTSは一般名称のようなもので、小型衛星や中型衛星のように、人工衛星の区分けの一つのようなものである。

 

HTSであるハイスループット衛星の特徴は次のとおりである。

 

  1. Kaバンドなどの高周波数帯による広帯域の通信。
  2. マルチビームと呼ばれる複数のビームに異なる周波数帯域を割り当てた通信。すなわち、Kaバンド以外の周波数帯も使用される。
  3. 地上ネットワークと接続するための人工衛星の地上局(ゲートウェイ局)と人工衛星自体との通信。

 

単純には、衛星通信量の大容量化である。そして明確な定義はない。

 

HTSが増えると多くの情報量のやり取りができる。

 

現在、人工衛星の打上げ数が増大しているため、使用できる電波の周波数帯がどんどん少なくなってきている。

 

使用できる周波数帯が少なくなるが、多くの情報をやり取りしたい場合、限られた帯域で多くの情報を通信できる高周波数帯域を使用していくことになる。

 

高周波数帯域は、大気・天候による減衰が発生するため、他の低周波数帯よりも通信が困難になるというデメリットが存在しているが、それでも魅力的な帯域である。

 

このデメリットをカバーするために、衛星側の通信の電波強度を上げたり、地上側のアンテナ利得を上げたり、対象(スポット)に向けてのアンテナ指向性向上させるなどの手段が取られる。

 

このブログでは、最近はやりの低軌道衛星の話ばかりであったが、HTSの多くは静止軌道衛星が多い。

 

静止軌道である理由の一つに、デメリットに上げた指向性がある。

 

姿勢制御とアンテナ利得が充分でなければ通信ができないことから、常に地表の特定のスポットを向いている静止衛星を選択されることが多い。

 

近年、低軌道、中軌道衛星でのHTSも計画されているようだが、衛星コンステレーションが構成できるレベルでは無ければ安定した通信は困難である。

 

低軌道、中軌道でも、ある特定のスポットを視認できるような軌道を推進系で取ればいいと考えるかもしれないが、推進系の燃料の問題で採用が難しく、推進薬を使用した軌道制御より比較的長期間使用できる姿勢制御機器を使用した姿勢制御を取っている。

 

また、静止軌道に小型衛星コンステレーションを構築すればよいという話が上がるかもしれないが、静止軌道での小型衛星はコストメリットが少ない。

 

静止軌道に打上げるロケット費用に対して、衛星寿命が長くて5年程度というのは短い。

静止軌道上の通信衛星は、だいたい15年の衛星寿命である。気象観測系の光学衛星も8年程度と言われている。

 

短納期で限界品質を目指しつつある小型衛星が参入して突き進めるには、やや分が悪いのが静止軌道の衛星の世界ではある。

 

 

さらなるサービス

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Credits: NASA

https://images.nasa.gov/details-KSC-2013-1500

 

HTSは、古くから軍事通信のソリューションを提供されてきました。

しかし現在の2000年代頃から、民間で所有するHTSも増え、民間の衛星通信サービスが比較的手軽に広がってきました。

 

HTSが広がることで、以下の3つの利点があります。

 

  • 国際通信サービスの向上
  • 海事通信サービスの向上
  • 民間航空会社の機内接続サービスの向上

 

HTSとなることで今まで使用されてきた電波通信より多くの情報量を提供することができます。

 

どのくらいのレベルかというと、ガラケーフィーチャーフォン)からスマホに変わったときと同じぐらいと言えばイメージが湧くでしょうかね。

  

で、2020年代に盛り上がっているスターリンク衛星は、いわば3G回線というレベルですね。

これが、今後、スターリンク衛星並みに世界中に回線が広げられるHTSが登場すれば、安定して4G回線レベルまで進められる未来が想像できます。

 

スターリンク衛星の衛星寿命がどの程度か分かりませんが、5年程度だとして、代わりに打上げていく次世代衛星にHTSの機能を搭載していくという方針もなんとなく読めます。(静止軌道上のHTSの衛星寿命はだいたい15年)

将来的にそれを担っている企業がスペースXとは限りませんが。今のうちにユーザーを増やしていけば、対抗できる企業が現われない状況で、そのまま移行していけば、、、

 

それでも、現在のスターリンク衛星のコンステレーションが安定的となった数年先の話にはなるとは思います。

 

HTSにもう少しスポットが当たるようになれば、まだまだあやふやなHTSの定義も定まることでしょう。

 

日本でも、それを見越してのETS-9のHTS機能なのだとは思います。

 

日本では、革新的技術衛星プログラムがあるので、このプログラムが終わる前に、HTSの小型衛星まで打上げてくれればいいのですけどと思いますね。

 

やはりHTS機能を持った衛星通信機器の小型化や低軌道、中軌道の制御は難しいのでしょうかね。

 

マルチビームを小型衛星でどう実行するのか、とか。マルチビーム用のアンテナを別の衛星に搭載するにしても、複数衛星によるコンステレーション前提で計画していかなければいけません。

 

技術的には、Ka帯の導波管の開発も難しいですからね。

 

さらには電波発信のための電力の確保も難しく、静止衛星も10数kWも必要となります。電力の高出力を実現しても今度は熱的要因が邪魔をしてきます。

 

衛星だけではなく地上局側にも十分に受信可能な設備が必要で、雲や雨などの大気環境を受けやすい帯域である中で、どのように安定的に通信できるか開発する必要があります。

 

どのような技術でこれらの課題を解決させるのか楽しみです。 

 

 

参考資料

技術試験衛星9号機による次世代ハイスループット衛星の通信技術確立に向けた取組み

https://app.journal.ieice.org/trial/102_12/k102_12_1080/index.html

IPSTAR: THE WORLD’S FIRST HIGH THROUGHPUT SATELLITE CELEBRATES 15 YEARS OF EXCELLENCE

https://www.thaicom.net/ipstar-the-worlds-first-high-throughput-satellite-celebrates-15-years-of-excellence/

次期技術試験衛星に関する検討会報告書

https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-minsei/minsei-dai4/siryou4.pdf

電子情報通信学会「知識ベース」衛星通信

https://www.ieice-hbkb.org/files/05/05gun_07hen_03.pdf

What is a high throughput satellite (HTS)?

https://ses-gs.com/solutions/fixed-sat-solutions/high-throughput-satellites/

Understanding the New HTS Realities

https://spacenews.com/sponsored/hts/

Four Reasons High Throughput Satellite will be a Game Changer

https://www.ses.com/four-reasons-high-throughput-satellite-will-be-game-changer

High Throughput Satellites Delivering future capacity needs

https://www.adlittle.com/sites/default/files/viewpoints/ADL_High_Throughput_Satellites-Viewpoint.pdf

High-throughput satellite

https://en.wikipedia.org/wiki/High-throughput_satellite

 

 

ETS-9*衛星通信プロジェクト

https://www2.nict.go.jp/spacelab/pj_ets9.html

 ニーズに合わせて通信容量や利用地域を柔軟に
変更可能なハイスループット衛星通信システム技術の研究開発

https://www2.nict.go.jp/spacelab/hts/researchH.html#RDall

 ニーズに合わせて通信容量や利用地域を柔軟に変更可能なハイスループット衛星通信システム技術の研究開発

https://www2.nict.go.jp/spacelab/hts/

 宇宙システムのデータ構成-データの流れ

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sangyo_cyber/wg_seido/wg_uchu_sangyo/pdf/002_03_00.pdf

 大型宇宙システムを支える最新のシステム開発マネジメント技術 高信頼性システムを目指して

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kjsass/51/588/51_7/_article/-char/ja/

 Monte-Carlo value analysis of High-Throughput Satellites: Value levers, tradeoffs, and implications for operators and investors

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0222133

 Defining High Throughput Satellites (HTS)

http://satcompost.com/defining-high-throughput-satellites-hts/

いまさら聞けない『衛星ブロードバンド』とは?

https://www.planet-net.jp/blog/column0001/

洋上での衛星通信について

https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001340485.pdf

Ka帯を用いた移動衛星通信システムの動向

https://www.soumu.go.jp/main_content/000473510.pdf

How Will High Throughput Satellites Impact the Satellite Industry?

https://www.vizocom.com/internet/blog/will-high-throughput-satellites-impact-satellite-industry/