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サーマルストラップに使用される純アルミニウム(A1100)の結合部の低温時に発生するクリープ現象でのボルト緩み | Lessons Learned

サーマルストラップに使用される純アルミニウム(A1100)の結合部の低温時に発生するクリープ現象でのボルト緩み

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サーマルストラップと称していますが、金属の帯状の物です。

 

電気回路を取り扱っている方であれば、電気の流れるバスバー(ブスバー)の熱版といったところです。

 

大型衛星は比較的熱くなりやすいため、熱を放出する方向へ熱設計が進みますが、小型衛星の場合は比較的冷えやすいため、熱を保持する方向に熱設計をします。

 

したがい、小型衛星ではあまり使わない技術かもしれませんね。

もし使っていれば、高性能を出すために検出器を冷やすために使用している場合でしょう。

 

そのサーマルストラップに使用されているアルミニウム(A1100)ですが、軟らかい金属として知られています。

 

ロケットの振動に持つか心配する方もいるかもしれませんが、何か重量物(といっても数100gレベルでも危険ですが)を抑えていない、主構造体(あるいは二次構造体)にならない様に、力の伝搬経路を考えて組み付けるようにしましょう。

 

しかし、今回はまた別の視点での教訓になります。

概要

室温(23℃程度)時に荷重をかけた状態でのサーマルストラップの結合部で観察される材料のクリープ現象と結合部の緩みが発生します。

 

これにより、極低温動作時でのサーマルストラップの熱性能の低下が確認されました

 

熱性能条件を満たすためには、サーマルストラップの結合部に使用される材料のクリープ現象を追跡しつつ、時間経過に伴う圧力の損失を考慮した上で、トルク値の値を決める必要があることが分かりました。  

発生背景

発生したのは、ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で使用されている熱制御システムでした。

 

熱性能条件を満たすために、温度管理がシビアな機器の熱経路を制御する純アルミニウム(A1100) によるサーマルストラップが搭載されています。

 

上から、ステンレス製のボルトと座金、アルミ製の座金を純アルミニウム(A1100)に当てながら、純アルミニウムにあけたボルト穴を通し、軟らかい金属であるインジウムのスペーサの間も通り、高純度アルミニウムを利用したサーマルストラップに詰められたアルミニウム(A1100) のインサートで固定していました。

 

これは、アルミニウムによる熱流路を作り出し、機器の熱伝導を改善するために、多くのサーマルストラップでも使用されてきた組み合わせでもありました。 

発生の対応・処置

不具合が確認できたのは、2回目の熱制御システムの真空温度試験の低温後の検査でした。

 

検査中に、熱制御システムに取り付けられたサーマルストラップの締結部のボルトに緩みが確認されました。

 

処置としては、熱性能が維持できるような、ねじインサートサイズの修正と、ボルト締結箇所のトルク値とトルクの時間管理を含むサーマルストラップの再設計でした。 

Lessons Learned
  1. 多く使用されてきたサーマルストラップの結合部は、時間の経過とともにボルトが緩んでしまいました。
  2. 圧縮荷重により、サーマルストラップの締結に使用されていたインジウムスペーサーやアルミニウム(A1100)、高純度アルミニウムのすべてが変形してしまいます。
  3. また、引張荷重下でアルミニウム(A1100)のインサートは、室温で材料のクリープを示します。 
  4. インサートの周囲の母材に高い応力がかかり、材料のクリープ現象が発生し、結合部の緩みの最大の要因であることが確認されました。 
  5. 再トルクはインジウムの流出を軽減することができましたが、再トルクで過剰なトルクを掛けると、材料のクリープ現象と歪みが大きくなることが分かりました。
  6. この挙動は、時間の経過とともに予圧が失われるため、結合部の機械的安定性を低下されるためでした。 
  7. 室温での材料のクリープとインジウムスペーサーの流出に注目し、ボルト締結部の予圧の時間的な低下も考慮し、極低温で許容可能な結合部の予圧を維持するための最小トルクと最大トルク、および再トルクの時間管理を規定することになりました。 
  8. これらは地上試験および軌道上での衛星寿命内で、構造的で熱的な性能を確保する上で重要です。 

Lessons Learnedを受けての推奨事項としては次の通りです。

  1. サーマルストラップの設計では、熱伝導に優れているが、必ずしも構造的完全性を維持できるとは限らない純粋な材料を使用する傾向があります。これらの材料と設計の制限を考慮する必要があります。 
  2. サーマルジョイントの人気のある材料である1100シリーズのアルミニウムは、室温で引張と圧縮の両方で時間の経過とともに機械的にクリープします。
  3. 1100シリーズのアルミニウムなどのねじ穴のある柔らかい材料は、標準のフライトファスナーを使用する場合、ヘリコイルなどのねじの強化があっても、適切な機械的ジョイント(親のねじ材料の前にボルトが破損する必要がある)の設計には十分な強度がありません
  4. アルミニウム1100のねじ穴/インサートは、可能な限り避ける必要があります(ボルトとナットまたはナットプレートのある貫通穴の方が適しています)。
  5. 軟質材料を使用する場合は、ボルト継手の圧力領域をできるだけ広い領域に分散するようにあらゆる努力を払う必要があります。
  6. 設計では、室温での発射前の滞留時間や一般的な動作環境など、ジョイントの寿命全体にわたる予圧の変化を考慮に入れる必要があります。
最後に

そもそも、なぜアルミニウムのインサートとステンレスボルトの組み合わせで締結したのでしょうか。

アルミニウムは軟らかいため、ステンレスで押しつぶすことで接触を良くしようとしたのかもしれません。

 

それが失敗した訳ですけどね。

 

サーマルストラップは熱制御に使用される具材です。

今回の事例は、本来の目的に適合させるあまり、材料の機械的特性を考慮に入れていなかったために発生した事象ではないでしょうか。

 

クリープ現象は、温度差によりトルクが弱まるといった事象で、地上の室温下でも昼夜や季節、経年によってトルクが低下するという事象は発生するでしょう。

 

サーマルストラップの機能を見るのであれば、トルク低下によって接触が悪くなるため、熱的な効率も悪くなります。

 

宇宙に限らず、同様の設計をする場合には注意が必要です。

 


 

Lessons Learned

Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。

 

得られた教訓というと、失敗や不具合だけを想像しがちではありますが、成功したことについても教訓としてあげられます。

Lessons Learnedは同じ失敗を繰り返さないようにすることと、計画が順調に進んだ成功要因を共有することの2つがあります。

  

NASAで公開されているNASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)から、宇宙業界に限らず、工業製品でも適用できそうなLessons Learnedを集めています。 

参考サイト

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)

https://llis.nasa.gov/

Thermal Strap Joint Relaxation and Material Creep

https://llis.nasa.gov/lesson/22003