往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋の彼是

往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋の彼是 宇宙blog

人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

過電流回路保護は低軌道人工衛星にも必要である(2016) | Lessons Learned、失敗学、事故事例

低軌道の人工衛星には適切な過電流回路保護が必要である

f:id:MSDSSph:20200929001136j:plain

放射線が多いといわれるヴァン・アレン帯は、高度2,000 - 20,000kmに観測され、場所に高度によって陽子や電子の分布が変わります。

 

人工衛星、特に地球観測に使用される低軌道 (low Earth orbit、LEO) での周回衛星は、400km程度(高度の定義によって様々で、国際的に明確な範囲は決められていません)と言われていますが、放射線の影響で機器が故障することはあります。

 

特に極(北極や南極)では放射線が多いとされているため、低軌道だからといって保護回路をなくすことはリスクと伴います。

 

今回は、低軌道ではあるのですが放射線によって故障してしまったとされる事象です。

概要

NASA /カリフォルニア工科大学のジェット推進研究所(JPL)が運用している地球を周回する科学衛星の観測機器は、回路の故障により機能を停止しました。

 

故障の原因は、DC-DCコンバータの短絡または過電流によるものと考えられます。

 

低軌道(LEO)では、放射線の影響によって過電流/過電圧が発生することがあるため、重要な電子回路にはクローバー回路/過電流保護回路(カレントリミッター、サーキットブレーカ)を搭載することが賢明です。

発生の経緯 

大気赤外サウンダ(AIRS)は、地球の気候研究と、天気予報を改善するために、Aqua衛星に搭載されて、2002年に打ち上げられた観測機器です。

 

2016年9月24日、ダウンリンクテレメトリによる警告もなく、Aqua衛星本体より電力供給が停止されました。

 

Aquaの他の機器は、正常に動作し続けていることも確認できました。

 

バス機器に電力を供給、制御するリレーは、地上コマンドに応答することはありませんでした。

 

 

発生の対応・処置

機器の製造元は、機器の電源回路でヒューズが飛んだこと、および最も可能性のある原因として、短絡または過電流状態であると結論付けました。

 

機器の動作を回復するには、冗長回路を利用して、電源バスに切り替える必要がありました。

 

しかし、発生した異常によって引き起こされる二次的な損傷の可能性と、電源投入時に大きなサージ電流により冗長回路で共有されている他の機器にも影響を及ぼす可能性があるため、大きなリスクがあると考えられました。

 

したがって、機器を非稼働のままにすることが決定されました。

 

観測器はすでにメインミッションを完了しており、エキストラミッションにより他の機器が故障する可能性を考慮して、非稼働でもあっても、衛星全体として、軽微な影響であると考えられました。

 

観測器の運用チームは、部品メーカーの分析から短絡または過電流状態を発生させた可能性が最も高い部品をDC-DCコンバーターである判断しました。

 

故障の根本的な原因は不明ですが、放射線による高エネルギーの電離粒子がシングルイベントアップセット(SEU)を引き起こした可能性があります。

また、電力制御アセンブリとDC-DCコンバータには、機能を回復する回路保護が不足していることも指摘されています。

 

Lessons Learned
  1. クローバー回路は、電源の出力端子間に配置される電子回路のフェイルセーフ保護機構であり、過電圧や過電流などの故障状態では電源の出力を短絡させます。
  2. 電源スイッチおよびDC-DCコンバータの脆弱な電子部品を保護するために、クローバー回路が設置されていれば、観測機器の寿命が延びる可能性があります。
  3. 地球の低軌道で稼働する宇宙機を設計する場合は、放射線によって引き起こされる過電流/過電圧に対して脆弱な電子回路に対して過電圧保護回路(クローバー方式)を実装します。
最後に

過電流に対する保護回路については、JAXAの制定しているJERG-2-200-TP001 科学衛星等電気設計基準テンプレートにもあるため参考にしてみてください。 

 

ですが、Lessons Learnedにあるクローバー回路については、JAXA標準でも、記述がすぐに見つからなかったため、気になる方は個別に確認してみてください。 

Lessons Learned

Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。

 

得られた教訓というと、失敗や不具合だけを想像しがちではありますが、成功したことについても教訓としてあげられます。

Lessons Learnedは同じ失敗を繰り返さないようにすることと、計画が順調に進んだ成功要因を共有することの2つがあります。

  

NASAで公開されているNASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)から、宇宙業界に限らず、工業製品でも適用できそうなLessons Learnedを集めています。 

参考サイト

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)

https://llis.nasa.gov/

Provide Adequate Overcurrent Circuit Protection for LEO

https://llis.nasa.gov/lesson/19501

10km/sレールガンは可能か 矢守 章 (JAXA宇宙科学研究所) 

http://www.isas.jaxa.jp/j/researchers/symp/2011/image/0303_plasma_proc/18.pdf

Railegun Experiments

https://jaxa.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=31201&item_no=1&page_id=13&block_id=21

Inductance Effects in the High-Powe Transmitter Ceowbar System

https://ipnpr.jpl.nasa.gov/progress_report/42-91/91H.PDF