人工衛星のコンタミ
https://images.nasa.gov/details-VAFB-20171031-PH_MAM01_0178
宇宙業界においてマスクというと、電気自動車で有名なテスラモーターズや PayPalの創業者としても知られるスペースXの代表のイーロン・マスクの方を思い浮かべることも多くなったと思います。
今回はイーロン・マスクのことではなく衛生・医療用品であるマスクの話です。
人工衛星の製造時にはマスクを使用します。
長時間であったり、身体を動かし発汗してしまうなどの作業があるたびに、マスクを交換します。(個人差はあります)
なぜかというと、人工衛星ではコンタミと呼んでいるものを気にします。
コンタミとは微小な物質のことで、空気中に限らず物質内部から放出されるものがあります。
また、コンタミネーションは「汚染された状態」のことを指し、コンタミナントを「汚染物質」といいます。
業界ではコンタミナントという言葉は、ほとんど話し言葉で聞いた覚えがなく、コンタミと呼ぶと「汚染物質」のことを指すことが多いです。
広義的な意味で「汚染物質」のことをコンタミネーションと呼ぶこともあります。
そして、コンタミは人工衛星に悪影響を及ぼすことが分かっています。
熱制御材料であったり、表面処理、有機物の劣化に繋がります。
さらには、光学機器のレンズに付着することで、光学データの劣化にも繋がります。
一般に物質の劣化は、微生物や空気の存在が関係しています。
ただ、宇宙では空気(大気)が存在していません。微生物は惑星にしがみついて存在しているようですが、人工衛星の浮かぶ領域にはほとんど存在していないようです。
したがって、人工衛星を劣化させる主な原因一つは、地球から持ち出されたコンタミであるといわれています。
もちろん、人工衛星を劣化あるいは破壊してしまうものとしては宇宙線であったり、スペースデブリも存在していますが、本記事では棚に上にあげておきます。
さて、コンタミである汚染物や微小物と呼ばれて何を思い浮かぶでしょうか。
先ほどあげた、微生物、菌、ウィルスを想像する人もいるかもしれません。
しかし世の中にはもっと大きな汚染物が存在しているのです、人工衛星の製造者であり、生物である人間です。
人間は皮膚から多くの物質を放出しているのです。一部では皮膚ガスとも呼ばれているようですね。
さらには皮膚から放出される油や汗、髪の毛もコンタミに入ります。
コンタミを減らさなければいけないのに、コンタミが多い存在がいるという厳しい存在の中で人工衛星は製造されているのです。
クリーンルーム内で製造に関係する部分を機械化すればよいのかもしれませんが、利益が少なく生産量も10も満たない製造物のために、同等以上のコストのかかる施設に投資するのは割に合いません。
一部の人工衛星”機器”は近年の需要増加に伴い、製造工程の機械化がかなり進んでいるところも多いのですが、すべての人工衛星の製造工程を機械化するところまで来てはいません。
自動車のように大量の製品を出荷する場合は、完成検査の抜き取り検査をしているようですが、人工衛星の基本は全件数検査をしているところが多いです。
もちろん、信頼度や不具合件数、実績数を顧みて抜き取り検査をしている可能性も否定はできません。
そこは、人工衛星の成功率を高めるために、どこまでするのか。人命は直接かからないが、大金が動くため、どこまで気にするか、開発者や使用者の考え方次第になります。
コンタミを防ぐ手段はシンプルである
https://images.nasa.gov/details-GSFC_20171208_Archive_e001333
人工衛星にコンタミが影響するのであれは、コンタミを付着させない様に努力するしかないのです。
そこで現れるのが、防塵服やマスク、手袋です。
皮膚だけでなく、口からの水分が人工衛星に付着する量を減らすために使用されます。
マスク嫌いと言われているらしいアメリカでさえ、人工衛星の製造にはマスクを使用します。
口の中の汚染物質の付着する量を減らし、コンタミを減らすことは人工衛星の寿命を延ばすことに繋がってくるのです。
もちろん、人体以外に空気の汚染を防ぐために、清浄度の管理されたクリーンルームで人工衛星が製造されます。
人工衛星製造でよく言われるのがISO Class8:Fed.Std.209E クラス10万相当 0.5μmの粒径が1m3以内に3,520,000個のレベルと言われています。
いやいや、実績はどうなのかといわれると、JAXA共通資料である標準の中に明記されています。
JAXA-JERG-2-142_N2 一般環境標準(宇宙機)
http://sma.jaxa.jp/TechDoc/Docs/JAXA-JERG-2-142_N2.pdf
標準によれば試験時や保管時はクラス30万相当までを基準としているようです。
もちろん、標準なので一つの指標であり、開発者や使用者側でリスクを担保するのであれば、普通の部屋で製造しても問題はありません。
ただし、ロケットによっては管理された清浄度を満たさないと乗せてもらえなかったり、国際宇宙ステーションから放出できなかったりします。
ロケットからは、他の人工衛星に影響を及ぼしてしまうからです。
国際宇宙ステーションは、操作するのが人間であるため、有害な汚染物質やウィルスが付着していると、人命にかかわるため厳しいことがあります。
可能性の一つですが、現在続々と打ち上がっているスペースX社の打上げているスターリンク衛星は、クラス30万以上で製造しているかもしれません。
理由は、光学衛星ではなく通信衛星であること、多量に製造し打上げコンステレーションとすることで、1基1基に対する重要度を下げ、1つのシステムとしてのリスクを下げていることがあげられます。
清浄度のクラスを厳しくすることは、製造工場の維持費や設備費を上げることになるため、清浄度を下げることでもコスト効果は上がります。
付着してしまったコンタミを除去するシンプルで時間のかかる方法
https://images.nasa.gov/details-VAFB-20161012-PH_BEV01_0204
付着してしまったコンタミは取り去る方法は、いくつかあります。
アルコールで拭き取るのが一般です。使用されるアルコールは2-プロパノール。別名で、イソプロパノールであったり、IPA(IsoPropyl Alcohol)です。
この業界ではIPA(アイピーエー)以外に呼ばれることはほとんどありません。
ちなみに、飲めなくて、やや毒性と刺激性もあり、第4類危険物です。
使用されている歴史は分かりませんが、エタノールよりも安く、脱脂性が強いということが、よく愛用されているのかもしれません。
脱脂性とは表面の付着物を弾く効果のことを指し、水分を含んだコンタミ対策としては効果が高いのです。
次に、エアにより付着物を吹き飛ばすというのがあげられます。
ただ、エアで吹き飛ばすと、他のところに付着するため、電子基板などに直接吹き掛けるには十分注意が必要です。
ケースの表面の付着物を吹き飛ばしたり、人間に対しては防塵服を着てエアシャワーとして利用しています。
最後に、ベーキングです。
恒温槽や真空チャンバーで、熱を掛けて表面の付着物や内部のガスを放出させ、コンタミを減らします。
ただ、ベーキングには注意が必要で、ベーキングに使用する恒温槽や真空チャンバーが汚染されていると逆に汚れたりします。さらに汚染物質に限らず物質は高温より低温の方に付着しやすいため、人工衛星側が低温になれば人工衛星に付着する可能性もあります。
真空の場合は、外気との気圧差があるため空気中の水分が凝固される可能性があり、慣らしの時間を取る必要もあります。
これらがよく使用され、シンプルで、時間がかかる方法です。
このベーキング、意外と装置に入れたり、セッティング、真空引き、加熱、常温待ち、真空開放等と時間がかかるのです。
参考文献
http://www.kenkai.jaxa.jp/research/kiban/contamination.html
ベーキング
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0