往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋の彼是

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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

静電気と人工衛星の関わり【宇宙機と放電学】

人工衛星製造時に内在する最も恐れるもの

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Credits: NASA

 

https://images.nasa.gov/details-GSFC_20171208_Archive_e001786

 

今回、この写真で注目するべきは、右側の彼です。

彼は何をしているのでしょうか?

 

答えは接地用のケーブルを操作しているのです。

接地、そうアース線です。

 

コンポーネントの移動中に蓄積される可能性のある静電気で、コンポーネントに内在している電子部品が壊れない様にしているのです。

 


 人工衛星で帯電、放電というと、太陽光やらプラズマによる帯電・放電現象を示す場合が多いです。

 

実際に、電離圏を観測する人工衛星が打ち上がり、観測を続けるほどで、人工衛星においてなかなか逃れられない現象です。

 

低軌道の人工衛星では、いつ起きてもおかしくなく、内部が壊れたり、材料が劣化したりと致命的なものが多いのです。

 

 人工衛星のシリコン太陽電池には熱放射による劣化を避けるため、メタルパックした薄いプラスチック・シートを保護層としてかぶせてある。宇宙空間で荷電粒子のシャワーを浴びて、このプラスチック・シート表面が帯電する。この帯電表面のうち、太陽光があたった部分には光電子放射が起きるので、電荷を失う。そうすると、プラスチック・シート表面の日向部分と日陰部分との間に数十kVもの電位差が表れ、放電が起きる。(中略)この放電により帯電した表面電荷全部が一瞬にして中和されるから、放電のエネルギーも速度も非常に大きい。人工衛星の通信・制御用電子回路がこの放電によるノイズで壊れるのは、ふしぎなことではない。

 1970年代に人工衛星の事故が相次いで、事故原因がわからなかったが、のちにこの放電が問題にされるようになった。メタルバックのある薄い絶縁シート状に電荷が蓄積すると長大な沿面放電が起きることは、放電学の常識である。もし放電の専門家が人工衛星の事故の事実を知らされたら事故の原因はすぐに推定できたはずだが、人工衛星の開発チームには放電や静電気の専門家はいなかったらしい。宇宙開発は米国の軍事機密である、巨額の費用をかけた人工衛星がこの種の事故で多数ダメになったということが学会誌に報じられたのは、何年も経ってからであった。

静電気を科学する - 高橋雄造 - Google ブックス

 

軌道上での放電現象は、現在も研究されている分野です。

今回は、人工衛星の地上での静電気に関わる話を書いていきます。

 

人工衛星の製造時の静電対策

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一般的な接地対策とは、人的被害の緩和あるいは防御に当たります。

いわゆる感電現象ですね。

 

人間は0.02A(アンペア)で行動不能になります。

0.1A(アンペア)で即死となります。

 

故に、物より人、事故の発生を防ぐために人は感電対策を行ってきました。

JAXAのシステム安全でもハザードの一つに感電は記載されています。

 

人工衛星の場合はどうでしょうか。

といっても製造時の対策は、他の電子機器とおそらくはほとんど変わらないでしょう。

 

静電気対策の基礎 | 技術情報 | MISUMI-VONA【ミスミ】

静電気対策環境 - クリーン環境・制電環境整備のポイント!と導入事例 | ASPURE(アズピュアクリーン環境・静電気対策)特集 | 【AXEL】アズワン

 

放電対策を確認すると、アース(接地)を取る。電位差を作らない。中和する。

 

これが静電対策で最も使われ、最も有効な手段となります。

 

実際に人工衛星ではどうなっているかというと、今回の絵に繋がってくるのです。

アース線をつなぎ、かつ人間とも電気的に接続することで同電位になり、電荷の移動がなくなるのです。

 

さらには、イオナイザーと呼ばれる装置で除電したり、リストストラップテスターにより電気的に接続されているかを確認して、製造を行っています。

 

JAXAの帯電・放電設計標準の最新版を確認することも忘れてはなりません。

sma.jaxa.jp

 

B版では、以下のように具体的な数値が記載されています。

宇宙機表面は、宇宙機の接点を基準にして、下記の最高絶対善意VMAXを越える帯電を起こさないよう設計しなくてはならない。この値は、ミッション要求に従いより厳しく設定してもよい

a)導電体表面の場合 500V

b)高抵抗体表面の場合 1kV

高抵抗体:電子架橋ETFE被覆電線やポリイミドなど

 

全構造部品・機構部品は、1MΩ以下で接地されなければならない。この条件を満たせない場合、(中略)

原則として金属製コンポーネントは、すべて接地路を備えた設計製造をしなければならない。

 

もちろん、設計標準であるため、製造する人工衛星で必ずしも守る必要はありませんが、一読しておいた方が、故障分析や材料選定には役立つのではないでしょうか。

 

軌道上での静電対策

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では、軌道上の人工衛星の場合はどうでしょうか。

 

宇宙船でもない限り、人工衛星はほぼ無人です。

そして宙に浮いているのです。

 

そして、静電気の放電の原因は、電位差にあります。

 

物体同士の電位差により放電現象が生まれるのです。

 

ならば簡単、電位差をなくせばよいのです。

 

そう、静電気(電荷)が蓄積する場所のすべてを電気的に接続することで解決します。 

How are electronics in satellites grounded? And why? - Quora

 

 

フレーム、コネクタ、ケーブル、各コンポーネントなど、金属部分をすべて電気的につなげることで、放電現象を防ぐことができます。

 

それでも、非金属部分の素材は注意が必要です。

プラスチックに限らず、電気的に不通なものは、帯電する可能性があるのです。

 

現在では、帯電しにくい/帯電しない高分子材料が存在し、使用されることも増えてきているのではないでしょうか。帯電しにくい高分子材料は導電物が練りこまれていることが、大半かもしれませんが。

 

まあ、高分子材料=有機物の場合はガスの問題があるので、まだまだハードルが高いかもしれませんね。

 

参考資料

sma.jaxa.jp

JERG-2-211 帯電・放電設計標準

https://sma.jaxa.jp/TechDoc/Docs/JAXA-JERG-2-211B.pdf

静電気を科学する - 高橋雄造 - Google ブックス

JAXA Repository / AIREX: 極低温下において帯電したポリイミドフィルムの表面電位特性

宇宙機の帯電放電:影響と対策

https://www.soumu.go.jp/main_content/000794767.pdf

人工衛星の帯電放電現象に関する研究

https://www.nara-k.ac.jp/nnct-library/publication/pdf/h16kiyo5.pdf

宇宙機と宇宙プラズマ相互作用による放電現象の地上実験と軌道上実験

http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/9109koza2_all.pdf

衛星帯電現象のモデル

https://www.jstage.jst.go.jp/article/nictkenkyuhoukoku/25/134/25_421/_pdf/-char/en

宇宙空間での絶縁技術

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1994/118/4/118_4_218/_pdf

衛星帯電について

https://sw-forum.nict.go.jp/past_forum/2009/material/SW07-koga.pdf