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静電放電(ESD)による人工衛星破壊を最小限にするための設計手法 | Lessons Learned【電気・機械設計者向け】

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静電気でパソコンが壊れるという話を聞くことはありますが、あまり人工衛星で壊れるという話は聞いたことがないかもしれません。

 

人工衛星も電子機器であることから静電気で壊れます。

 

人工衛星は軌道上に上がると故障の原因を調査することがかなり難しいです。

人工衛星からの信号で故障を分析するのですが、静電気による影響で故障された場合は、想定がかなり難しくなります。

 

比較的低軌道の場合は大気による空間電荷により静電気による故障を発生する可能性もあるのですが、軌道上の場合ですと放射線による影響で故障する事象が先に上がります。

 

低軌道の場合は、放射線による電子部品の完全破壊の可能性が「比較的」少ないのですがゼロではなく、正直、静電放電による破壊か判別がつきません。

 

静電放電の可能性として、打上げから放出までの間に帯電して破壊されるというケースもあるのですが、打上げ後に信号を受信することができないために判断不能になります。

 

数ある人工衛星をほぼ一撃で破壊する可能性のある静電放電。

今回はそんな静電放電に対する設計対策を紹介します。

 

[目次]

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概要

静電放電(ESD:Electrostatic Discharg)は、電気回路に対して、電圧スパイク(過渡電圧)を引き起こし、内部のデータを壊し、壊れたコマンドを生成したするため、システム障害を引き起こす可能性があります。

 

ESDに対して注意していないと、表面の劣化によりアーク放電や電荷が蓄積される可能性があります。

 

この静電放電に対する悪影響を次の対処法を取り込むことで最小限にすることができます。

 

  1. 宇宙機の外表面を導電性として、主要構造に接地します(グランドをとります)。
  2. 内部の金属体および、導電性のある材料に、主要構造へ電気的な(ESD導電性のある)パスを接続することです。
  3. すべての電気回路に対して導電性の筐体(ファラデーケージ:Faraday cage)で囲むことです。

 

静電放電は2つの異なる物体が高い電位差を保持した状態で近接した際に発生します。

 

最初の2つの対処法では、電位差がESDを引き起こすのに十分な高さになる前に、電荷を放散させておく必要があります。

 

3つ目の対処法では、例え放電が発生した場合でも、電気回路への電気的な接続が低下しており、干渉の可能性あるいはリスクが低下していきます。

 

アンテナのレドーム、レンズ、ソーラーパネルなどの外部に接地されている誘電表面には、光学/赤外/RF放射の透明性を損なうことなくわずかに導電性になるようにコーティングされています。

 

各電子機器に適した材料を選択するには、予算と対策の効果をトレードオフする必要があります。

 

導電性は、1m^2の中で10^9 Ω未満で、主要構造に接続している必要があります。

 

ケーブル、コネクタ、回路基板、シールド、およびその他の導電性があり未接続のワイヤ、面積3cm^2または長さ25cmを超える内部に搭載されている金属には、100Ω未満の抵抗を有するグランドに導電性のパスを接続しておきます。

 

接地が十分でない場合、小さな金属物体(<3cm^2)は接地されていない可能性があります。

 

サーマルブランケット(MLI)の各金属層は、主要構造に接地しています。

 

すべての外部金属コンポーネントは、主要構造の共通アースに電気的に接続されています。

 

各電子機器は、導電性の筐体でシールドされた箱体で納められています。

 

導電性の筐体の外側に接続されているケーブルは、導電性の筐体の挿入口には全方位囲まれたバックシェルを備えたコネクタシールドによって保護されていることがあります。

 

電子回路基板は、各リード線とそのリターン部分が一緒にねじれた(クロスした)配線を使用する必要があります。

 

また導電性の筐体に入るすべての電子回路に対してフィルタリングします。

ローパスフィルターとトランジェント電圧抑制回路が一般的ですが、デジタルロジックディスクリミネータ(波高弁別器)も使用されています。

 

すべての導電性材料を共通のグランドに接続することにより、電子機器間の高い差動電圧の発生を防ぎます。

 

宇宙ステーションなどの大型構造物の場合、外部の電離プラズマ源を使用して表面帯電を制御できます。

 

ESD試験として、宇宙プラズマ環境を模擬することは現実的ではないため、抵抗測定と、人工放電に対する電子回路内の耐性に依存しています。

 

対策に対する数値的な制限は、宇宙機が軌道に対して想定される帯電条件によって異なります。

 

すべての宇宙船設計者は、宇宙船の設計において空間電荷を考慮しておく必要があります。

空間電荷は、材料が高エネルギーの宇宙プラズマを受けたときに発生します。

表面抵抗が異なる材料は、電圧降伏の限界を超えるほどの電荷を蓄積する可能性のあります。

これが発生すると、放電が発生し、電気回路の過渡現象や材料の劣化または再堆積を引き起こします。

 

Lessons Learned

Lessons Learnedを受けての推奨事項としては次の通りです。

 

この静電放電に対する悪影響を次の対処法を取り込むことで最小限にすることができます。

 

1.宇宙機の外表面を導電性として、主要構造に接地します(グランドをとります)。

2.内部の金属体および、導電性のある材料に、主要構造へ電気的な(ESD導電性のある)パスを接続することです。

3.すべての電気回路に対して導電性の筐体(ファラデーケージ:Faraday cage)で囲むことです

 

この手法は、Voyager, Magellan, Galileo, and Ocean Topographic Experiment (TOPEX)で使用されています。

 

最後に

静電気は電子機器が壊れます。

 

人工衛星に限らず開発品では静電気防止のためにリストストラップを付けたり、帯電の可能性があれば電子回路基板に接触する前に導電性のある金属体に接触することで製品を壊すことを避けます。

 

実際に静電気と思われる事象で壊れた人工衛星用の電子機器を何台か見ています。

試験によりけりですが、BBM (ブレッド・ボード・モデル) の試験で壊れたり、不具合対応で電子回路基板をチェックしているときに一部の電子部品が壊れたりしていました。

 

まだ、宇宙用の電子機器では手はんだが大部分を占めています。

機械実装では対応していない電子部品を使用していることもあり、部分的な手はんだ実装が残っていることが多いです。

 

現在の宇宙機は量産といっても数千台という台数を生産するほどではないため、すべてを機械実装に対応できる電子部品を選定するよりも汎用性のある電子部品を採用していることがコストや電子部品の入手性、実績からも優位であるからです。

 

電子機器レベルでいうと、いわゆるオールドスペースといわれる古くから宇宙用電子機器を製造している組織では、全て機械実装であったりフレキシブル基盤を利用している組織も存在しています。

 

静電放電を考慮すると機械実装の方が手はんだよりもリスクが少ないことが多いので、製造という面での静電気による製品故障は、減る方向になっているのではないでしょうか。

 

機械実装は、部品選定や製造設備に依存することが多いのでニュースペース系の組織ではまだ難しい気はしているのですが、それもこの5年以内で変わりそうな気もしますね。

 

参考サイト

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

Design Practice to Control Interference from Electrostatic Discharge (ESD)

https://llis.nasa.gov/lesson/773