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応力腐食割れは構造解析で計算できない。アルミニウム合金A7075と調質の関係【宇宙機と材料】

応力腐食割れとアルミニウム合金

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宇宙ではアルミニウム合金がよく使用されています。

コスト的には鉄の方が良い場合もありますが、軽量であることと高い強度を持つことが挙げられます。

高い強度を持つということは単純に強いと理解していただければ問題ありません。

 

さて、金属物性の中では強度という指標がありますが、アルミニウム合金(アルミ合金)には避けては通れない特性があります。

 

応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking,SCC)です。

 

[目次]

 

腐食というと、錆(さび)を思い出すかと思います。

海水や多湿な場所において、金属の表面あるいは内部から化学変化により、色が変色するなどの見た目も変わり、強度も落ちた状態になる。多くは腐敗や浸食といった表現がされます。

まあ、腐敗と聞くとどうしても、新鮮な野菜(植物)が食べられなくなる、微生物により発酵してしまうということも想像されるかもしれませんが、金属の腐敗とは錆びる現象を指しているのです。

 

では応力腐食割れとはどういった現象かというと、合金に対してある一定の応力あるいは化学的変化が起こる環境にさらされ続けた結果、合金の特性にほころびが生じて、劣化・欠損を起こしてしまう現象です。

 

経年劣化の一つですね。

 

合金、合金と繰り返しているのは、純金属では応力腐食割れは発生せず、合金であるアルミニウムやステンレスなどで発生します。

 

金属の特性において応力腐食割れと記載されていれば、他の合金に比べて応力腐食割れが起きやすい特性をもつという理解をしておいた方が良いでしょう。

おそらくはほとんどの合金は応力腐食割れが発生してしまうのです。もちろん、応力腐食割れの発生しにくい、防食性の高い合金も開発・研究されています。

 

応力腐食割れとシミュレーション技術

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現在、確認できている範囲では応力腐食割れのシミュレーション技術が可能な市販ソフトは見当たりません。

 

おそらくは金属分析業界では、応力腐食割れが発生した事象からシミュレーションによる解析を行っていると思いますが、事前に、発生する前にシミュレーションするというのは困難を極めます。

 

いわゆる経年劣化なので、有限要素法で解析することは困難を極めます。

 

理想的な物体の変化をモデルにて模擬する有限要素法なので、微細な劣化、それこそ実用ではなく研究レベルでしか確認できない劣化を捕捉して、解析を行うのは現実的ではありません。

 

捕捉・分析を行うだけで、人工衛星が何台も製造できてしまうレベルなのです。

 

一方で、陰に隠れがちな合金の特性には十分な注意を行う必要があります。

 

参考資料

http://www.lc.shizuoka.ac.jp/pdf/mo1tougou.pdf

http://www.inss.co.jp/wp-content/uploads/2017/03/2003_10J175_185.pdf

5.応力腐食割れ・遅れ破壊|材料強度学

 

超々ジュラルミンA7075と宇宙の関係

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宇宙業界で有名な話は、A7075と呼ばれるアルミニウム合金です。

超々ジュラルミンと呼ばれ、アルミニウム合金の中で現時点で最高の強度を誇る物質です。

しかし、アルミニウム合金の中で最も腐食しやすい物質としてあまりにも有名です。

 

そのため、本当に強度を持たせるところに使用しつつ、経年劣化を考慮すると、ずっと荷重が掛かってしまうと腐食してしまうため、瞬間的な応力がかかるところで使用されたり、常時大きな荷重・負荷が掛からない様なところにしか使用できなかったりするのです。

 

もちろん、耐腐食性を持つA7050に変更したり、A7072とのクラッド(合金同士を板上に挟み込む状態)による対策も考えらえています。

 

そして、A7075は宇宙で使用される圧延性のアルミニウム合金であるA5052やA6062よりも高いです。

高い、この場合はとてもコストがかかるという意味で高いのです。

 

日本に限定されるか分かりませんが、宇宙開発はコスト削減を常に強いられてきました。

日本の宇宙開発で数億、数十億、数百億円と声高にニュース記事に並べられるのですが、同じ性能をもつ人工衛星を製造する場合、海外では数倍以上ものコストがかかっている(いた)のです。

そもそも日本の宇宙開発は、官需産業であったため、国の予算に影響するのです。1990年代に入り、様々な政策をもとに一部の研究や計画の予算が削減された結果、常にコスト削減がうたわれるようになったのです。

 

話は逸れましたが、このコスト対策に対して、保持点を追加することによる荷重や負荷の分散や部材の強度ではなく構造により強度を保つといった工夫がされてきたのです。

 

さて、いくつかの文献を確認すると、A7075の中でも腐食性に強い(防食性が高い、耐食性が高いとも表現されます)A7075が存在します。

一見矛盾した表現ですが、合金には調質(ちょうしつ)という存在があるのです。

 

参考文献

http://www.jlwa.or.jp/faq/pdf/36.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jilm1951/31/11/31_11_748/_pdf

アルミA7075の腐食について - 金属 解決済み| 【OKWAVE】

第725回:7000番台アルミ合金とは - ケータイ Watch Watch

https://www.alumi-world.jp/files/pdf/pdf01poketbook.pdf

 

調質材とはいかなるものか

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調質とは、簡単にいうとJISにより定められた硬さの指標なのですが、説明としては不十分です。

 

さて、先ほどの文章にでてきたアルミニウム合金は圧延性板という表現をしていたかと思います。

そもそも圧延というのは、今回でいうアルミニウム合金はいくつかアルミニウム以外の金属を混ぜて作られます。

その混ぜられた塊をローラーなどで圧力を掛けつつ引き延ばした状態を圧延(あつえん)と呼んでいます。

 

つまり素の状態なんですね。

 

この状態から、焼き入れ処理(加熱など)、溶体化処理、時効処理(冷却硬化)といった作業を行いつつ残留応力の除去処理を行います。

これらの処理の組み合わせにより、アルミニウム合金(に限らず他の合金も含む)は具材の硬さが変化します。

 

もちろん具材の変化だけではなく、大本である素の状態(調質の質別として"O"と表現される)の特性を残しつつ、溶剤性や加工性、耐食性も変化させることができます。

 

調質あるいは調質材とは、これら素の状態から処理を行い、特性が微妙に違うことを示しているんですね。

 

A7075を使用している人工衛星の組織がありましたら注意して確認した方がいいですね。

調質が違えば、強度が変わるということも覚えていた方がいいでしょう。

図面で指定する際は、調質を記載しておかなければいけないですし、設計資料や審査資料の中にも忘れずに記載しておくことをお勧めします。

 

さて、いくつかの文献にもあるのですが、応力腐食割れの対策がされたA7075は存在します。

調質としてT73。

応力腐食割れ対策を最大限にした素材となります。

 

さて、このあとは単純なトレードオフになります。

コストの高いA7075-T73を使用するか、応力腐食割れの少ない、密度の高いステンレスといった別の素材を使用するか。

 

人工衛星はリソースが決められています。

その一つが重さです。

ロケットに搭載できる重さが決まっているのです。

 

多くの組織は動かすのが難しい重さに手を掛けるより、コストを選択します。

宇宙開発はコスト削減なのですから。

 

 

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参考資料

Q-01-04-24 溶接残留応力の低減方法はありますか。また,その原理についても教えて下さい。

http://www.namekawa.co.jp/products/pdf/alumi.pdf

www.hakudo.co.jp

第10話 腐食しにくいはずのステンレスを襲う「応力腐食割れ」 | NBK【鍋屋バイテック会社】