放射線遮蔽対策せずに国際宇宙ステーションで使用された市販のコンピュータについて
放射線遮蔽対策を真っ向から否定した宇宙用コンピュータ
電子機器が宇宙空間に曝されたときに問題となるのが放射線です。
放射線は電子部品のデジタル信号を狂わせ、運悪く半導体部品に衝突すると使えなくなります。
放射線の種類によっては長時間されされると性能も悪くなります。
多くの宇宙機は放射線対策に多くのリソースを費やしてきました。
リソースの中には、人的コスト、時間的コスト、品質コストが含まれています。
2017年に打上げられたヒューレット・パッカード・エンタープライズ製のSpaceborneComputerは、国際宇宙ステーションで207日間も正常に機能しました。
SpaceborneComputerの注目するべき特徴は、放射線遮蔽がないことと市販のコンピュータシステムを利用したことです。
放射線は分厚い金属であったり、宇宙では難しいですが水の壁などにより内部に放射線を通さない防護壁を作ることが可能です。
市販品、いわゆるCOTS品を使用したということは、RADHARD品と言われる耐放射線電子部品を使用していないということです。(多分!)
RADHARD品は市販品より10倍から100倍ぐらいの価格差があります。
高い理由はいくつかの放射線対策とトレーサビリティがしっかりと管理されいるのが理由です。
このSpaceborneComputerの宇宙放射線対策は冗長設計です。
電源、ファン、チェック回路などを全て冗長設計としたものです。
さらにソフトウェアによるシステムの監視を強化することで実現しました。
SpaceborneComputerの国際宇宙ステーションでの実験は、多くの有識者から実現が難しいと言われたそうです。
実際に、コンピュータの異常発熱が発生しエラーの発生率が増大したり、宇宙飛行士の膝に緊急停止スイッチが接触してハードクラッシュを引き起こすなどの異常に遭遇したそうです。
ただ、これらの異常事態は待ち望んでいたものだったそうで、エラー率が高くても、内部処理で管理され、主要作業の方が継続できれば問題ないという思想のもと、駆動し続けました。
あえてハードウェアによる対策を行わず、ソフトウェアの強化と冗長設計により対処したそうです。
ソフトウェアの強化も、すべてのパラメータを監視し、規格外になると該当パラメータが規格内に収まるように処理を行い、警告をだし、最終的には機能をシャットダウンさせるように動作させました。
稼働時間は207日ですが、ISSには1年8か月近く滞在し、問題なく稼働し続けました。
地球に戻ってきた後も、宇宙に行った2つの製品と地球に保管していた2つのコピーの比較検証を行っています。
他の宇宙機に適用できるのか?
さて、最近話題の小型衛星に搭載できるかですが、現状の技術ではやや難というレベルでしょうか。
小型衛星は打上げ及び生産サイクルを上げるため、搭載ペイロードが小さく備品が密集しています。
搭載コンピュータ、オンボードコンピュータとも呼ばれる制御部に冗長するだけのスペースが少ないことが多いのです。
地球観測だけを考えるのであれば、小型衛星はミッションデータを生成し、地上システムと通信していた方が、より多くの情報を提供できるシステムを構築することが可能となります。
ただ、さらに小型化ができれば大量の画像を保存したり、通信速度の問題で地上に送るのに時間が掛かる大容量の高解像度画像も、画像処理を軌道上で行い、圧縮され短時間で地上に送ることができます。
現状では、搭載ペイロード的には中型から大型衛星であればより有効に採用できるのではないでしょうか。
それとは別に、国際宇宙ステーションのような有人宇宙飛行や惑星探査機であればよりメリットがあります。
国際宇宙ステーションは、放射線対策のために時代遅れのコンピュータ性能です。
地上で使用されているコンピュータと同じであれば、今までの宇宙実験のデータ蓄積や処理を数百倍を超える速度を行うことができ、より効率が上がる可能性が高いです。
惑星探査機に搭載するメリットは、コマンド時間です。
惑星探査機は単純に地球から距離が離れているため、コマンド通信に何時間から何日もかかります。
コマンドが間違ったとして、送信後すぐに気が付けば間に合うかもしれませんが、コマンドを実行した後の反応は、12時間後や数日後になってしまいます。
この往復だけで燃料が何日分も消費され、電力も無駄に消費され、元の状態に戻るのに数十日や何か月もかかる可能性があります。
その間に惑星探査機が壊れる可能性が増大していきます。
そんなものに対して、高性能のコンピュータを搭載することができれば、ヒューマンエラーの防止対策を追加することもできますし、自動処理も素早く行うことができます。
FDIR(Fault Detection Isolation and Recovery)と呼ばれる、宇宙機喪失を防ぐ自動処理回路も十全に搭載することができます。
故障に対することばかりでもありません。
コンピュータ処理は単純なルーチン処理の繰り返しとなります。
コンピュータの性能が上がれば、ルーチン処理の速度も格段に上がります。
まあ、地上と同じく、大電力と発熱には悩まされるかもしれませんが、メリットはとても大きいです。
このような実例から浮かび上がるのは、SpaceX製の有人宇宙補給船ドラゴンです。
ドラゴンがどのような技術で機械的なスイッチの無いタッチパネル方式の操縦を行っているのかを考えると、高品質の耐放射線半導体部品を使用している部分もあるかもしれませんが、高度な処理を行うために、同様の冗長設計を組み合わせているかもしれませんね。
Spaceborne Computer-2が打ち上がっている
https://images.nasa.gov/details-iss065e009492
このSpaceborne Computer-1の成功を受けて、すでにSpaceborne Computer-2が打ち上がっています。
- 計算性機能やミッション用処理機能をそれぞれ2倍に引き上げること。
- ハードウェアが2~3年間駆動し続けること。
といった性能向上を要望され開発されました。
最終的には、x86プロセッサとGPUを搭載するHPEのコンバージドエッジシステム「HPE Edgeline EL4000」と「HPE ProLiant DL 360 Gen10」が搭載されているそうです。
機能としては、マイクロソフトの「Azure Space」の連携やISSが太陽電池で発電するDC 28V電源で稼働が考えられているようです。
参照文献
Spaceborne Computer
https://www.nasa.gov/johnson/HWHAP/spaceborne-computer
The Spaceborne Computer Returns to Earth, and HPE Eyes an AI-Protected Spaceborne 2
HPEとNASA、ふたたび宇宙でエッジコンピューティング実証実験
https://ascii.jp/elem/000/004/044/4044488/
ISS・国際宇宙探査を巡る最近の動向
HPE、エッジコンピューティングで宇宙探査加速目指す--「Spaceborne Computer-2」打ち上げへ