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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

熱試験で白金温度センサーに異常値・トラブルが発生した理由(2003) | Lessons Learned、失敗学、事故事例

宇宙環境試験の温度センサー

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Credits: NASA

https://images.nasa.gov/details-MSFC-202100027

 

画像は熱真空試験を実施するために、人工衛星を熱試験治具で囲んで、チャンバーに入れるところです。

 

あの黒い物体が熱試験治具になります。これはヒーター方式ですね。

黒色にしているのは熱放射を一定にするためで、安定して熱放射することができます。

 

今回は熱真空試験に使用される温度センサーのLessons Learnedです。

 

温度センサーは白金温度センサと呼ばれる種類のセンサが使われます。

 

金属が温度変化により電気の抵抗が変化する特性を利用して温度センサの抵抗値を測定することで温度を測定することができます。

 

熱真空試験は、宇宙空間上の熱を含んだ環境条件で問題なく機器が動作するかを確認するとともに、熱シミュレーションのコリレーション値、キャリブレーションに必要になります。

 

温度センサーでどの程度の精度が必要になるかは、機器の動作精度やコリレーション値の精度に関わってきます。

 

量産機でない場合、一度取得すると二度と取得できないデータにもなります。

 

概要

熱衝撃あるいは熱応力による温度センサーの故障は昔から発生していました。

 

温度センサーの取付方法によって、検知する温度が敏感に応答する。

 

発生タイミング

マーズエクスプロレーションローバー(Mars Exploration Rover, MER Mission)のシステムレベルの熱真空試験中に、ミニ熱放射分光計(Miniature Thermal Emission Spectrometer, Mini-TES)の温度校正(キャリブレーション)のための2つの白金温度センサーのうち、1つが故障しました。

 

故障した白金温度センサーは、比較的脆いセラミック体で、貼り付けには硬質接着剤を十分に塗った状態で貼り付けられ、機械的な応力が掛かり故障しました。

 

白金温度センサーの貼り付けは、認定された方法がなく、以降のクーポン試験でも同様の故障が発生しました。

 

影響

Mini-TESの温度センサーが失われると、Mars Exploration Roverの科学データの大部分が使用できない可能性があります。

 

対処

故障した白金温度センサーの一部は作成し直し交換されました。

 

他の白金温度センサーは、キャリブレーションのデータが無効となるために交換することなく打上げられました。

 

ミッション結果

MER Missionのために、火星に着陸してから3か月後、交換しなかった白金温度センサーの一部が壊れ、キャリブレーションが失敗しました。

 

一方で、交換した温度センサーは壊れることなく使用することができました。

 

発生原因

システムレベルの熱試験での故障は、Mars Exploration Roverを周囲温度に戻すためにヒータを使用していたのですが、ヒータの電源がオフになった直後に発生しました。

 

白金温度センサーを貼り付けるための過剰な硬質接着剤(エポキシ接着剤)がセンサーからリード線の方まで移動し、白金線との熱膨張係数の違いにより破損した可能性があります。

 

 

温度センサーは、宇宙機のと機器の状態に関する重要な情報を提供し、サブシステムの機能に不可欠な場合があります。

 

過去の事例では温度センサー取り付け方法が故障の大部分の原因となっていました。

 

貼り付け後に、温度センサーに対して適切なストレスリリーフ(応力が分散あるいはかからないような方法)がない場合、熱試験により、温度センサーの筐体(セラミックなど)、検出部、リード線、接着剤といった異なる膨張および収縮率で熱応力が掛かる可能性があります。

Lessons Learned

NASA内の過去の事例を確認すると、温度センサーの形状及び表面実装材料により、機械的応力が掛かりやすいかが識別できます。

 

認定品やある程度の実績品を使用することで、同様の白金温度センサーが故障しにくい可能性があります。

 

これは通常の宇宙用適合製品を選定するにあたる選定及び設計ガイドラン(たとえば、200サイクルで155℃の範囲)に適合した製品よりも、適した製品を選択することができます。

 

新たに標準の選定部品を選ぶ際に、変更点と認識して、影響の有無を分析する必要があります。

推奨事項

熱真空試験を実施、あるいは十分に検討、分析、検証を行った製品のパッケージを選定してください。

白金温度センサーの選定基準、実績品、取付け手法の確立、取付け手順の明確化を行ってください。

 

温度センサーなどのデバイスを取り付けるための接着剤によるボンディングおよびポッティングコンパウンドの使用に関して、手法や手順を確認し、使用する接着剤の特性や、貼り付け時の機械的応力緩和の必要性を注意喚起してください。

 


 

最後に

白金温度センサーは、試験にのみ使用する場合と、機器の基本データであったり、今回のような温度のキャリブレーションに使用されます。

 

試験のみに使用予定の白金温度センサーも、アクセス性の問題から試験後にはがせずに軌道上に運ばれた事例は複数あります。

 

試験に使用する温度センサーだからといって、不用意なものを使用すると内部で破損したり、貼り付けた筐体側に影響したりするので、可能な範囲で宇宙品質のセンサーを使用した方が良いでしょう。

 

また試験に使用する場合は、筐体保護のためにポリイミドテープ(カプトンテープ)を貼り付けた上で、温度センサーを接着剤で固定する場合があります。

 

ポリイミドテープは断熱性が高いので、アルミテープを使用した方がより現実に近いデータが取得できるかもしれません。

 

Lessons Learned

Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。

 

得られた教訓というと、失敗や不具合だけを想像しがちではありますが、成功したことについても教訓としてあげられます。

Lessons Learnedは同じ失敗を繰り返さないようにすることと、計画が順調に進んだ成功要因を共有することの2つがあります。

  

NASAで公開されているNASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)から、宇宙業界に限らず、工業製品でも適用できそうなLessons Learnedを集めてみました。 

 

参考サイト

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)

https://llis.nasa.gov/

Thermal Sensor Installation Failures Remain a Problem (2003) 

https://llis.nasa.gov/lesson/1739