往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋の彼是

往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋はのたもうた

人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

なぜNASAは“完璧な設計”より“進化するシステム”を選んだのか?

1. はじめに:NASAが直面する“複雑系”とは?

あなたが設計したシステムが、別のシステムと予期せぬ形で連携し始めたら? しかもその相手は、あなたの管理下にない。NASAはそんな状況を、日常的に乗り越えている。

宇宙開発の現場では、1つのロケットや探査機だけで完結する時代は終わった。今や、複数の衛星、地上管制、国際的なパートナー、さらには市民科学者までが関与するSystem of Systems(SoS)の時代だ。

SoSとは、複数の独立したシステムが連携し、全体として新たな価値を生み出す構造のこと。NASAはこの複雑系に、長年のSystems Engineering(SE)の知見を応用しながら対応してきた。

 

2. 物語:ISSと火星探査に見るSoSの現場

国際宇宙ステーションISS):多国間連携の象徴

ISSは、米国、ロシア、日本、欧州などがそれぞれ独立して設計したモジュールを、共通の運用ルールとインターフェースで連携させている。各国の設計思想や技術基準は異なるが、ISS全体としては1つの「宇宙居住システム」として機能している。

この構造は、まさにSoSの典型である。NASAはこのような多国間協力において、分散型ガバナンスモデルを採用している。これは、中央集権的な指令系統ではなく、各構成システム(各国のモジュール)が自律的に運用されながら、共通の目標に向かって協調する仕組みである。意思決定は各国の責任範囲に基づいて行われ、全体の安全性や運用効率は、調整会議や国際的な合意形成によって維持されている。

 

火星探査ミッション群:独立した探査機の協調

NASAの火星探査では、複数の探査機が異なる目的で運用されながら、データや通信を共有している。たとえば、Perseverance(地質調査)とIngenuity(飛行実験)は、それぞれ独立したシステムだが、連携することで科学的成果を最大化している。

このような構造では、要求が時間とともに変化することが前提となる。NASAは、設計段階から「進化的要求定義」を取り入れ、柔軟な対応を可能にしている。探査機の運用中に新たな科学的ニーズが生じた場合でも、既存の設計に大きな変更を加えることなく、追加的なミッション目標を組み込むことができるようになっている。

 

3. SoSの特徴と課題

System of Systems(SoS)は、従来の単一システムとは異なる複雑性を持つ。まず、構成システムがそれぞれ独立して運用されているため、中央集権的な管理が困難である。次に、複数のシステムが連携することで、個別には存在しなかった新たな機能や挙動(創発性)が現れる可能性がある。

さらに、各システムのライフサイクルが異なるため、設計・更新・廃棄のタイミングが揃わない。これにより、全体の整合性を保つためには、継続的な調整と柔軟な設計が求められる。また、技術的な要素だけでなく、人・制度・文化などの社会技術的要素も設計対象に含まれるため、エンジニアは技術者としてだけでなく、調整者・交渉者としての役割も担うことになる。

 

4. NASAの対応手法

NASAは、SoSの複雑性に対応するために、従来のSE手法を進化させてきた。まず、要求の不確実性に対しては、反復型の要求定義プロセスを採用している。これは、設計の初期段階で全ての要求を固定するのではなく、運用中のフィードバックや環境変化に応じて、要求を段階的に更新できるようにする手法である。

また、ステークホルダー間の合意形成を重視し、関係者の関心や影響を可視化する「ステークホルダーマッピング」などの手法を活用している。さらに、MBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)を導入し、要求と設計の関係をモデルで管理することで、変更の影響を迅速に把握できるようにしている。

 

5. 相互依存性の管理

SoSでは、構成システムが互いに影響し合うため、相互依存性の管理が重要となる。NASAは、まずインターフェース仕様の標準化を進めており、異なるシステム間の接続ルールや通信プロトコルを明確に定義している。これにより、設計者は他のシステムの詳細を知らなくても、安全かつ確実に連携できる。

さらに、エージェントベースモデリング(ABM)などのシミュレーション手法を用いて、構成要素間の相互作用を事前に予測・評価している。これにより、創発的な挙動や予期せぬ影響を設計段階で把握し、リスクを低減することが可能となる。

NASAはまた、フェデレーション型設計を採用しており、各構成システムが自律的に動作しながら、全体として協調する構造を実現している。これは、災害対応や国際協力など、複数の運用主体が関与する場面で特に有効である。

 

6. 社会技術的要素の統合

SoSでは、技術的な設計だけでなく、制度・文化・組織といった社会的要素も統合的に扱う必要がある。NASAはこの課題に対して、STIR(Socio-Technical Integration Research)などの手法を活用している。これは、技術開発と社会的価値の関係を探る研究手法であり、関係者の視点を交差させながら、設計の方向性を定める。

また、制度設計や文化的要素の分析を並行して行うことで、技術導入に伴う社会的影響を事前に評価している。たとえば、宇宙探査における国際協力では、各国の法制度や運用文化の違いが設計に影響を与えるため、技術者はそれらを理解した上で調整を行う必要がある。

NASAはさらに、マルチステークホルダー・ガバナンスモデルを導入し、複数の関係者が協力して意思決定できるような仕組みを設計している。これにより、技術的な整合性だけでなく、社会的な合意形成も同時に達成することが可能となる。

 

7. 実践へのヒント:現場でできるSoS的アプローチ

SoSは宇宙だけの話ではない。都市交通、災害対応、スマート農業など、複数のシステムが連携する場面は身近にある。

こうした場面では、まず小さな一歩から始めることが重要だ。SoS的な視点は、複雑な理論ではなく、日常の設計や運用に活かせる実践的な考え方でもある。

たとえば、プロジェクトに関わる関係者を整理する「ステークホルダーマッピング」は、誰が何に関心を持ち、どんな影響を受けるかを可視化する手法だ。これにより、要求の変化や合意形成の難しさを事前に把握できる。

また、構成要素同士の依存関係を整理する「依存関係マトリクス」も有効だ。どの機能が他の機能に依存しているかを表にすることで、変更の影響範囲を明確にできる。

さらに、SysMLなどのMBSEツールを使って設計をモデル化すれば、要求と機能の関係を視覚的に管理できる。初心者向けのツールも多く、大学生や若手技術者でも十分に扱える。

最後に、技術だけでなく制度や感情も含めた全体像を描く「リッチピクチャー」は、社会技術的な視点を育てるのに最適だ。複雑な問題を絵で整理することで、関係者の立場や価値観を理解しやすくなる。

 

8. まとめ:System of Systemsが注目される理由

System of Systemsは、単なる技術的な構造ではなく、現代社会の複雑性に対応するための設計思想として注目されている。その背景には、以下のような変化がある。

まず、複数の技術が同時に進化し、相互に影響を与える時代になったこと。AI、IoT、宇宙通信、再生可能エネルギーなど、独立していた技術が連携することで、新たな価値が創出されるようになった。

次に、社会的な課題が複雑化していること。気候変動、災害対応、都市交通、医療連携など、単一のシステムでは解決できない問題が増えている。これらの課題には、複数のシステムが協調して動くSoS的なアプローチが不可欠だ。

最近の事例としては、以下のようなプロジェクトが挙げられる:

  • スマートシティ構想:交通、エネルギー、行政、通信などのシステムが連携し、都市全体の効率と持続可能性を高める

  • 災害対応プラットフォーム自治体、消防、医療機関、通信事業者が連携し、リアルタイムで情報共有と支援を行う

  • 宇宙探査ネットワークNASAESAが複数の探査機を連携させ、惑星間通信やデータ統合を実現する

これらの事例に共通するのは、「技術だけではなく、人・制度・文化が設計対象になっている」という点だ。SoSは、技術者が社会とつながるための設計哲学でもある。

これからのエンジニアリングは、単なる技術の追求ではなく、複雑な現実に向き合い、柔軟に対応できる力が求められる。System of Systemsという視点は、その第一歩になるはずだ。

 

出典一覧(参考資料)

NASA Systems Engineering Handbook

https://www.nasa.gov/reference/systems-engineering-handbook/

Engineering Elegant Systems: The Practice of Systems Engineering – NASA Technical Publication

http:// https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20205003646/downloads/NASA_TP_20205003646_interactive.pdf

Engineering Elegant Systems: Theory of Systems Engineering – NASA Technical Publication

https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20205003644/downloads/NASA_TP_20205003644_interactive.pdf

INCOSE Systems of Systems Working Group

https://www.incose.org/communities/working-groups-initiatives/system-of-systems

NASA MBSE Infusion and Modernization Initiative(MIAMI)報告書

https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20200002823/downloads/20200002823.pdf

ISS Systems Engineering Case Study – NASA

https://www.nasa.gov/wp-content/uploads/2015/05/design_iss_systems_engineering_case_study.pdf

StoryLab: Analysis of the Best TED Talks (4-Step Structure)

https://storylab.co/analysis-of-the-best-ted-talks-4-step-structure/