
1. 代表式
構造部材に微小なき裂が存在する場合、その進展挙動を評価するために使われるのが、応力拡大係数(SIF)です。 SIFは、き裂先端に集中する応力場の強さを定量化する指標であり、き裂の進展速度や破壊靭性との関係を通じて、構造の寿命や安全性を評価します。
ここで、
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:応力拡大係数(Stress Intensity Factor)
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:形状係数(Geometry Factor)
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:名目応力
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:き裂長(半長)
この式は、NASA RP-1203やASM Handbook Volume 19、BS7910、API579などで標準的に使用されており、 き裂がある前提で設計する「欠陥許容設計」の中核を担います。
直感的に言えば、Kは「き裂先端にどれだけ力が集中しているか」を示す数値です。 設計者はこの“集中度”を把握することで、き裂が進展するか否か、どの程度まで許容できるかを判断できます。
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2. Excelでの計算式と入力方法
| 計算内容 | Excel関数例 | 補足 |
|---|---|---|
| 応力拡大係数 K | =B1*C1*SQRT(PI()*D1) |
B1:名目応力 σ、C1:形状係数 Y、D1:き裂長 a |
| Paris則による亀裂進展速度 | =E1*POWER(F1,G1) |
E1:係数 C、F1:ΔK、G1:指数 n(da/dN = C·ΔKⁿ) |
| 許容き裂長 a_allow | =POWER(H1/(B1*C1),2)/PI() |
H1:破壊靭性 KIC |
補足: 形状係数 Y は、き裂位置・板厚・荷重方向により変化し、BS7910やAPI579に代表値が記載されています。 ΔK は荷重変動による応力拡大係数の振幅で、AFGROWやNASGROでの解析結果と連携可能です。 C, n は材料ごとに異なり、ASM HandbookやNASA TMから取得できます。
3. 用語解説
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応力拡大係数(K):き裂先端に集中する応力場の強さを示す指標 取得方法:Excel計算、BS7910、NASA TM、API579
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形状係数(Y):き裂の位置・形状・荷重条件に応じた補正係数 取得方法:Roark’s公式、BS7910、API579、SpringerLink
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き裂長(a):き裂の半長。設計では最大許容長との比較に使用 取得方法:非破壊検査(NDT)、設計初期値、CAEモデル
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破壊靭性(KIC):材料がき裂を含んだ状態で耐えられる最大K値 取得方法:MMPDS (旧MIL-HDBK-5J)、ASM Handbook、ASTM E399試験
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Paris則(da/dN = C·ΔKⁿ):き裂進展速度と応力拡大係数の関係式 取得方法:NASA TM、AFGROW DTD Handbook、Wiley Fracture Mechanics
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ΔK:荷重変動による応力拡大係数の振幅。疲労亀裂進展に影響 取得方法:CAE荷重解析、AFGROW、NASGRO、Excel計算
4. 視覚的理解のためのヒント集
4.1. 「K値」はき裂先端の“力の集中度”を示す
Kが大きいほど、き裂先端に力が集中し、進展しやすくなる。 K < KIC を満たすことで、き裂が安定状態にあると判断できる。
4.2. 「Paris則」は疲労亀裂の進展速度を予測する
da/dN = C·ΔKⁿ の式により、荷重変動によるき裂進展量を評価可能。 C, n は材料特性に依存し、NASA TMやASM Handbookに代表値が記載されている。
4.3. 「ΔK」は荷重変動の影響を数値化する
ΔK = Kmax − Kmin により、繰返し荷重によるき裂進展のリスクを評価。 設計者は荷重履歴と応力場からΔKを算出し、寿命予測に活用する。
4.4. 設計判断の流れを頭の中で整理する
Step 1:CAE結果から名目応力 σ を抽出
Step 2:き裂長 a を設定(設計初期値またはNDT結果)
Step 3:形状係数 Y を選定(BS7910またはAPI579)
Step 4:K = Y·σ·√(πa) をExcelで算出
Step 5:KIC と比較し、破壊リスクを評価
Step 6:ΔK を算出し、Paris則で da/dN を評価
Step 7:寿命予測と許容き裂長 a_allowを逆算 この流れを設計レビューで共有することで、亀裂進展に関する意思決定が明確になります。
5. 設計判断への応用
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CAEで得られた名目応力 σ とき裂長 a をもとに、SIF(K)を算出し、KICとの比較で破壊リスクを定量評価できる
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設計初期段階では、a_initを仮定し、K < KIC を満たすかを確認することで、欠陥許容設計が可能
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材料選定時に KIC の値を明記し、MMPDS (旧MIL-HDBK-5J) や ASTM E399 の試験条件と整合性を確認する
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Paris則(da/dN = C·ΔKⁿ)を併用し、疲労亀裂進展の寿命予測に活用する場合は、C, n の根拠を設計資料に明記する
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ΔK の算出には荷重履歴と応力場の解析が必要であり、CAEとExcelの連携が不可欠
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許容き裂長 a_allow を逆算し、NDT限界と整合させることで、検査と設計の接続を明確化
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NASA TMやBS7910の設計フローを導入し、レビュー資料に明記することで、設計判断の透明性と信頼性を確保する
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SIF(K)を明示することで、き裂先端の応力集中度を定量化し、破壊開始点を予測できる
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CAEで得られた応力分布と、SIFによる手計算評価を照合することで、設計妥当性を数値で説明できる
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材料の破壊靱性 KICと比較することで、設計限界を明確に定義できる
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BS7910やNASA TMのSIF係数表を添付し、設計レビューでの根拠提示に活用する
6. 実用例(国別・設計分野別)
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🇺🇸 NASA – 展開構造のき裂進展評価 NASA-STD-5019A(Fracture Control Requirements for Spaceflight Hardware)に基づき、破壊管理の要求事項に従って、KとKICの比較による欠陥許容設計を実施。
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🇩🇪 DIN EN 13445 – 圧力容器のSIF評価 BS7910に準拠し、き裂長と応力場からKを算出。API579のY係数を併用。
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🇫🇷 CNES / ESA – 宇宙機構造の破壊管理。ECSS-E-ST-32-01Cに基づき、Paris則を用いた疲労亀裂進展解析を実施し、ミッション期間中の構造健全性を保証。
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🇺🇸 MIT – 教材用SIF演習 Excelで K = Y·σ·√(πa) を実装し、KICとの比較で破壊判定を行う演習を実施。
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🇩🇪 Fraunhofer – 精密機構のき裂進展評価 API579の形状係数を用いてKを算出。CAEとExcelの整合性をレビューで確認。
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🇫🇷 Thales – 防衛・通信機器の構造設計。MMPDS(旧MIL-HDBK-5J)の破壊靭性値(KIC)を参照し、設計限界を定義。
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🇺🇸 Lockheed Martin – 航空機構造の疲労亀裂評価 NASA TMに基づき、ΔKとParis則を併用し、寿命予測と検査間隔を設定。
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🇩🇪 DIN EN 13445-3 – 圧力容器の設計において、附属書Gに基づき破壊力学的な評価(SIF)を実施。
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🇫🇷 Airbus – 航空機胴体のき裂進展評価 Paris則とK値を併用し、寿命予測と非破壊検査間隔を設定。
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🇺🇸 AISC – 鋼構造の破壊力学設計 Roark’s公式とK式を併用し、KICとの比較で破壊リスクを評価。
7. 設計ミス・トラブル事例(国別)
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🇺🇸 KICを未参照で、K <KICの確認が行われず、き裂進展による破壊が発生
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🇩🇪 Y係数を誤適用し、Kが過小評価され、設計限界を逸脱
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🇫🇷 き裂長 a をNDT限界以下と仮定したが、実際の初期欠陥が大きく、KがKICを超過
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🇺🇸 CAE結果のσをそのままK算出に使用し、応力集中の影響を過小評価
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🇩🇪 材料のKICをASTM E399以外の条件で取得し、設計条件と整合せず
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🇫🇷 ExcelとCAEのK値が一致せず、レビューで再解析が必要に
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🇺🇸 Paris則のC, n値を誤設定し、寿命予測が過大評価され、早期破壊が発生
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🇩🇪 API579のY係数を板厚条件に合わず適用し、Kが過小評価
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🇫🇷 SPIE Handbookの光学系設計指針を未参照で、き裂による寸法変化が光学性能に影響
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🇺🇸 NASA TMの設計フローを未適用で、き裂進展評価がレビューで否認
8. 工学的な歴史的背景
応力拡大係数(Stress Intensity Factor, SIF)は、1957年にGeorge R. Irwinが提唱した線形破壊力学(LEFM)の中核概念として登場しました。 それまでの設計では、材料の降伏応力や疲労限界を基準にしていましたが、微小き裂の存在が構造破壊を引き起こす事例が多発し、 「き裂がある前提で設計する」必要性が高まりました。
Irwinは、き裂先端の応力場を数式で表現し、K(SIF)を導入。 このKが材料の破壊靭性 KICを超えると、急激な破壊が起こるという理論は、航空機事故や圧力容器破裂の解析で実証されました。
1970年代以降、NASAでは宇宙機構造の信頼性設計にLEFMとSIFを導入。 NASA TM 104738やNASA-HDBK-5010Aでは、き裂許容設計のフローが明記され、非破壊検査(NDT)と連携した設計判断が標準化されました。
BS7910(英国)、API579(米国)、DIN EN 13445(ドイツ)などの国際規格でも、KとKICの比較による破壊判定が設計基準に組み込まれ、 MMPDS (旧MIL-HDBK-5J)では、材料ごとのKIC値が体系的に整理されています。
一方、日本語資料では、SIFの導入は限定的であり、Kの定義や形状係数Yの適用範囲が曖昧なままCAE結果に依存する傾向があります。 特に、き裂長の設定根拠やKICの取得条件が設計資料に明記されていないケースが多く、レビューでの説明性に課題が残ります。
本稿では、SIFを「亀裂進展の判断軸」として再構成し、CAE・Excel・レビュー資料の整合性を確保するための補正戦略と実装例を体系化しています。
9. 背景と課題
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CAE解析ではSIF(K)を直接扱えないため、Excelによる手計算が必要
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き裂長 a の設定根拠が設計資料に明記されておらず、レビューで根拠不十分とされる
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材料のKICがMMPDS (旧MIL-HDBK-5J)未参照で、設計限界が不明確なまま判断されるケースがある
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形状係数 Y の適用範囲が誤認され、Kが過小評価される事例が散見される
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Paris則のC, n値が未設定で、き裂進展寿命の予測が未実施
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ΔKの算出に必要な荷重履歴がCAEモデルに反映されていない
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NDT限界とa_allowの整合性が取れておらず、検査と設計が分離している
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ExcelとCAEのK値が一致せず、設計判断の透明性が確保されていない
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SPIE HandbookやNASA TMの設計指針が国内レビュー資料に反映されていない
10. 設計レビューでの活用ポイント
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SIF(K)の定義、導出式、適用条件を設計資料に明記する
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K = Y·σ·√(πa) をExcelで再現し、CAE結果との整合性をレビューで確認する
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材料のKICをMMPDS (旧MIL-HDBK-5J)やASM Handbookから取得し、設計限界として明示する
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Paris則(da/dN = C·ΔKⁿ)を併用する場合は、C, n の根拠を明記し、寿命予測の信頼性を確保する
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ΔKの算出根拠(荷重履歴、応力場)をCAEと連携して設計資料に記載する
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許容き裂長 a_allowを逆算し、NDT限界と整合させることで、検査と設計の接続を明確化する
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NASA TM、BS7910、API579などの設計指針を根拠として提示し、設計判断の信頼性を確保する
出典一覧(技術資料・設計指針)
◉ 技術手法・計算式・設計支援ツール
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NASA TM 104738 – Fracture Control Requirements for Spaceflight Hardware
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AFGROW DTD Handbook – Crack Growth Analysis Tool
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MMPDS (旧MIL-HDBK-5J) – Metallic Materials Properties Development and Standardization https://www.mmpds.org/
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ASM Handbook – Volume 19: Fatigue and Fracture
https://www.asminternational.org/documents/10192/1849770/05100G_Chapter_01.pdf
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BS7910 – Guide to Methods for Assessing the Acceptability of Flaws in Metallic Structures https://www.bsigroup.com/en-GB/bs-7910-flaw-assessment/
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API579-1/ASME FFS-1 – Fitness-for-Service Standard
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NAFEMS – Fracture Mechanics and Crack Growth Analysis
https://www.nafems.org/publications/browse_buy/browse_by_topic/fracture_mechanics/
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SpringerLink – Crack Propagation in Aerospace Structures
◉ 実用例・設計事例
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MIT OCW – Fracture Mechanics Lecture Notes
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ESA ECSS-E-ST-32-10C – Mechanical Load Analysis
https://ecss.nl/standard/ecss-e-st-32-10c-mechanical-load-analysis/
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DIN EN 13445 – Unfired Pressure Vessels – Part 3: Design
◉ 工学的背景・規格
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ASTM E399 – Standard Test Method for Linear-Elastic Plane-Strain Fracture Toughness https://www.astm.org/e0399-20.html
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ISO 12135 – Determination of Fracture Toughness
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JIS Z 2290 – 金属材料の破壊靭性試験方法(または ISO 12135 準拠)
https://www.jisc.go.jp/app/jis/general/GnrJISSearch.html?jisno=Z2290
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