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H3ロケットの点火信号が自動停止し打上げが中止 | Lessons Learned

H3ロケットの点火信号が自動停止し打上げが中止

Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。

 

今回はH3ロケットの試験機が、打上げ直前までに打上げシーケンスが進んだにもかかわらず、ロケットに点火せずに打ち上げられなかった件についてまとめました。

 

H3ロケットはその後打ち上げられましたが、搭載していた宇宙機を分離するに至らず原因究明がされています。

本来ならば、今回の処置を実施しロケットが打ち上げられた後に、今回の事象について同じ不具合が発生しないような是正処理(同様の問題の再発防止対策)が行われます。

 

ただし、往々にして今回の問題に対して処理までは公開されるのですが、是正処置まで公開されることはあまりなく、備忘録的な意味も含めてまとめました。

目次

概要

H3ロケットは、2014年から2023年にかけて宇宙航空研究開発機構JAXA)と三菱重工MHI)が開発した液体燃料ロケットです。

 

当初は2020年度に打ち上げを予定していましたが、2022年に変更後、2023年2月17日に打ち上げを予定していたが、打上げシーケンスが停止し、そのまま打上げ中止となりました。

 

原因調査の結果、ロケット本体と地上設備と電源供給ラインを遮断する際に、過渡な電位変動が発生し、ロケット内部に搭載されている制御用部品であるFPGAが誤動作したことにより、停止しました。

 

過渡な電位変動が起きた根本原因は不明ですが、ロケット本体と地上設備の電気的な電源供給ライン(電気・電力の供給)と通信ライン(制御や状態を認識する信号の送受信)を一括遮断していたことで、発生したことを検証で確認しました。

 

電気的な電源供給ライン(電気・電力の供給)と通信ラインを段階的に遮断することで、電位変動の影響が誤作動しないように動作を変更することで解決しました。

発生状況

H3ロケットは、2014年から開発している約57m、約422t(宇宙機の質量は含まず)の液体燃料ロケットです。

 

「我が国(日本)の基幹ロケットの産業基盤を確実に維持する」ことを実現するため、我が国の宇宙輸送システムを自立的かつ持続可能な事業構造へ転換することを目指して開発されたロケットになります。

 

打ち上げ費用が50億円程度で、既存のJAXA開発のロケットは、搭載する宇宙機によってカスタマイズするため定額ということは無いが、H2Aロケットの打ち上げ費用が約85億円~100億円、H2Bは約140億円~150億円程度といわれ、かなりコスト低減された機体です。

 

ちなみにH3ロケットの”開発”には2061億円程度と掛かっています。

H2ロケットの開発・試験・試作費は2700億円程度、H2Aロケットは改良開発で1532億円、H2Bロケットは271億円程度といわれています。

credit:JAXA 新型基幹ロケットに関する検討状況について 平成25(2013)年9月4日

開発の中でメインエンジンの技術課題が判明し、2020年度から2022年度へ変更した経緯があります。今回の打ち上げではメインエンジンの故障はなく、技術課題は無事に解消されています。

 

また、2022年10月12日に発生したイプシロンロケット6号の打ち上げ失敗を受け、原因の可能性を指摘されていた推進薬のバルブの弁(パイロ弁)と製造元・動作原理が同じであるという理由から、製造元・動作原理が異なるH-2Aロケットのパイロ弁に交換するなど、紆余曲折の中で2023年2月17日に打上げを実施しました。

 

打ち上げの際には、以下の制約条件を確認した上で打ち上げが進みました。

credit:JAXA H3ロケット試験機1号機 打上げ準備状況について

ロケットの打ち上げは、カウントダウンシーケンスにより打ち上げが進行していくのですが、このカウントダウンシーケンスは何十分も前から始まる自動カウントダウンシーケンスになっています。自動でシーケンスが進んでいきますが、ロケット発射指揮者(LCDR:Launch Conductor)が手動で緊急停止スイッチを押して停止することもできます。

 

カウントダウンシーケンスによりリフトオフ(打上げ)が開始された後に、ロケットは打ち上げシーケンスに移行しますが、今回はリフトオフ直前で事態が発生しました。

自動カウントダウンシーケンスはメインエンジン(LE-9エンジン)スタートまで進行したが、打上げ直前に地上との接続を遮断する工程で、過渡な電位変動によりロケットに搭載されている制御用電子部品であるFPGAが誤作動を起こし、ロケットブースター(SRB-3)の推進薬に点火する前に停止信号を発信して停止しました。

 

原因の調査委は、ロケットと搭載している先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の電気・回路チームとともに原因を究明していきました。

 

不具合が発生したのは、ロケットエンジン用電源供給ラインの異常であることが確認取れたため、ロケット本体や地上設備の電気的な挙動が影響を与えている可能性を中心に詳細な原因調査を進めました。

credit:JAXA H3ロケット試験機1号機打上げ中止の原因調査について

参考

スペースシャトル カウントダウンシーケンス

https://www.nasa.gov/mission_pages/shuttle/launch/countdown101.html

ファルコン9 カウントダウンシーケンス

https://spaceflight101.com/falcon-9-ft-countdown-timeline/

異常と検知して停止したのではなく、過渡な電位変動により誤ったコマンドが発生して、その誤まったコマンドをロケット内の制御用電子部品のFPGAが検知して、停止したと推定しました。

 

この誤まったコマンドが発生した原因として、電気的な接続ラインが一括遮断したことによる過渡的な電位変動により発生したものとみられています。

 

過渡的な状態は本来異常な状態ではないのですが、今回、異常なコマンドが発生するという事態まで起きてしまったということです。

 

ロケット本体と地上設備側は電気的な電源供給ライン(電気・電力の供給)と通信ライン(制御や状態を認識する信号の送受信)で機械的・電気的に接続されています。

ロケット打上げ時は、電気的な接続を遮断して、機械的(物理的)な接続を遮断していきます。

テレビをリモコンから切るのが電気的切断、電源ボタンあるいはコンセント、信号ケーブルを抜くのが機械的(物理的)切断のイメージです。

 

電源供給ラインと通信ラインを同時に切断することで、異常なコマンドが発生してしまうことから、切断のタイミングを段階的にずらす(コマンドシーケンスを変更する)ことで、それぞれのラインに影響が出ないようにして処置したということになります。

credit:JAXA H3ロケット試験機1号機打上げ中止の原因調査について

誤まったコマンドが発生したものの、ロケットの制御用FPGAを含む電子部品に異常はなく、2023年3月7日にロケットは打ち上りました。

推奨事項

地上設備との過渡応答がありうる他の系統を確認し、必要に応じタイミングを段階的にずらす(コマンドシーケンスを変更する)ことを対策とした。

 

文言から、電源供給ラインや信号ラインのコマンドシーケンスに対して、遮断に関わらず、一括で切り替えることはせず、段階的にコマンドや過渡的な電位変動を行うというように読み取りました。

終わりに

宇宙機に限りますが、信号や電圧を同時に変化(OFFを含む)すると、予期しないコマンドが発生したり、予期しない事象が発生することが多かった記憶があります。

 

それも、類似のコマンドシーケンスを実施している過去の宇宙機では発生していなかったことが、試験などで確認されプログラムを変更していた経緯があります。

 

コマンドシーケンスは同じでも、性能・機能向上や廃盤のために電子部品が変更されることは宇宙業界ではよくあります。

変更を嫌い、ある程度の宇宙機の製造を見越して、大量に購入して保管していくような対策も行っていました。

 

それでも意図せず性能・機能が向上しており、電流や信号を検知する分解能が向上してしまい、過去読み取らなかった情報まで読み取ってしまうことも過分にありました。

それが原因とは限りませんが。

 

記者会見で述べていますが、H2Aロケットシーケンスと同様のシーケンスであったが問題は発生していなかったとのこと。

 

宇宙業界は実績を第一に置くこと多く、初期の設計は流用設計としておくことが多いです。

もちろん、いくつかの試験の中で不具合として表面化されますが、最後の最後まで表面化しないこともあります。

 

今回は、ロケット単体では試験に通過していることから、地上設備との何かしら(電磁場、機械振動など)の影響が過渡的な電位変動と合致してしまったために発生したと推定されています。

地上設備とロケット本体/宇宙機本体と一堂に介する機会が少なく、試験の予算やスケジュールが合致しないことも上げられます。

 

今後、どのように他のJAXAのロケットに水平展開されるか分かりませんが、新型のロケットの場合は、今回の事象が再現しないか、ロケットの推進薬を投入する前に、同様のコマンドシーケンスを流して問題ないか確認するという方向もあり得るのかもしれません。(大変そうだけど…)

 

現在、日本ではJAXA以外に新規のロケットが製造されていることから、今回のような事象が発生しないような試験あるいはコマンドシーケンスを採用していくことになるかもしれません。

 

参考サイト

H3ロケット試験機1号機 3月6日打ち上げ! 記者会見アーカイブ視聴

www.youtube.com

H3ロケット試験機1号機による先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の打上げに関する記者説明会

www.youtube.com

説明資料「H3ロケット試験機1号機 打上げ中止の原因調査と対応について」

https://www.jaxa.jp/projects/files/youtube/h3_alos-3/20230303/jaxa_doc-01.pdf

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

H3ロケット試験機1号機/先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)打上げライブ中継

https://www.youtube.com/watch?v=tEEwsYYzyME&t=1212s

H3ロケット試験機1号機に関する記者会見

https://www.youtube.com/watch?v=CZRB4MdJSuw

令和5年2月22日(水曜日) 宇宙開発利用に係る調査・安全有識者会合 会議資料

https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/mext_00531.html

H3ロケット試験機1号機打上げ準備状況について2023年2月13日

https://www.jaxa.jp/projects/files/youtube/h3_alos-3/20230213/jaxa_doc-01.pdf

H3ロケットの開発状況について令和元(2019)年11月5日

https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kiban/kiban-dai50/pdf/siryou1-1.pdf

SpaceX calls rare last-minute abort during California launch countdown

https://spaceflightnow.com/2022/07/21/spacex-calls-rare-last-minute-abort-during-california-launch-countdown/

First launch of Japan’s H3 rocket aborted moments before liftoff

https://spaceflightnow.com/2023/02/17/first-launch-of-japans-h3-rocket-aborted-moments-before-liftoff/

新世代H3ロケットいざ打ち上げ 高性能&低コスト、切り札は新エンジン

https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20230210_e01/

H−IIロケット及びM−Vロケットの開発について 平成11年度決算検査報告

https://report.jbaudit.go.jp/org/h11/1999-h11-0607-0.htm#:~:text=%EF%BC%A8%E2%88%92II%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0,%E3%81%AB%E4%B8%8A%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82&text=(%E6%B3%A8)%20%E5%85%B1%E9%80%9A%E9%96%8B%E7%99%BA%E8%B2%BB%E7%AD%89,%E3%81%AB%E4%BF%82%E3%82%8B%E5%88%86%E3%82%92%E5%90%AB%E3%82%80%E3%80%82

新型基幹ロケットに関する検討状況について 平成25(2013)年9月4日

https://www.jaxa.jp/press/2013/09/20130904_rocket_j.pdf