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ロケット打上げまでの1年以上かけて人工衛星との準備を行ったことで不慮のイベントにも対処できた事例 | Lessons Learned、失敗学、事故事例

 プロジェクトから得たロケット打上げまでの1年以上におよぶ準備計画の重要性

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Credits: NASA

https://images.nasa.gov/details-KSC-2009-4762

 

2020年の3月に制定されたJAXA共通技術文書の存在を知っているでしょうか?

 

JERG-2-701 運用準備標準のことです。

JAXA内ではJERGのことをジェルグと呼んでいるところもあります)

 

JAXA衛星の運用準備の流れが書かれています。

 

一方で、ここまで準備をしている組織がJAXA衛星以外に日本にあるかといえば微妙なところです。

 

というのも、長らく日本では打上げ・運用はJAXAがほとんど実施してきたため、特別に標準を作ることもなく、JAXAあるいはプライムメーカーのノウハウが多かったのではないでしょうか。

 

現在は大学衛星を始め、多くの組織が運用準備を行っています。

 

この標準が作られたきっかけとしては、革新的衛星技術実証1号機をアクセルスペースが担当したことにあるのかもしれませんね。

 

最近の人工衛星は、ロケット側に人工衛星を預けて、打上げを待つということが多く、JAXAの区分で言うと、いわゆる副衛星の方式で打ち上げられていることが多いです。

 

そのため、今回のLessons Learnedのように、ロケット側と情報を密に共有していくというプロジェクトは少なくなっているかもしれませんね。

 

このLessons Learnedと先の運用準備標準を合わせて読んでおけば、ある程度のテーラリングは必要ですが、運用に臨むに至って何か不足がないかを確認するには役に立つのではないでしょうか。

 

概要

広域赤外線探査衛星(Wide-field Infrared Survey Explorer:WISE)は、4か月のミッション運用期間で、ミッション機器の性能を維持するための15K(258℃)という極低温まで冷やすという運用を行うため、複雑なミッションとなりました。

 

WISEの打ち上げ準備は、打ち上げの1年以上前より慎重に計画され、打上げに伴う様々な環境変化に対応することができました。

 

WISEは、不測の事態の発生とロケット打上げに関わる不確実性に対して準備し、打ち上げ直前に予期しない事態に対して、ロジスティクス(=物流、人員計画)な課題に検討しました。

 

打ち上げロケットチームとと人工衛星開発チームの文化や、エンジニアリングの違いを想定し、通信回線を確立し、避けられない打ち上げの課題を管理していきました。

 

事象

NASAのジェット推進研究所(JPL)は、WISEのプロジェクトによって、人工衛星の開発から運用計画、システムレベルでの技術レビューなどで得たLessons Learnedをまとめていく流れを確立しました。

 

2009年12月14日に打ち上げられた広域赤外線探査衛星(WISE)は、高精度の赤外線望遠鏡を搭載し、地球からの全天の画像を取得することで、宇宙全体の何億もの天体を画像に納める・分析することを目的としていました。

 

プロジェクトは、2010年1月26日に、打ち上げ後評価レビュー(Post Launch Assessment Review:PLAR)を実施し、4か月のWISEのミッション期間(2009年8月14日から12月14日)から学んだ教訓を詳細に議論しました。

 

PLARでは、いくつかの大きな課題があったが、WISEのミッションが非常にうまく成功したことが報告されました。

 

この成功は、打ち上げの1年以上前にヴァンデンバーグ空軍基地(VAFB)で打ち上げに関わる詳細な計画を検討し準備を始めるというWISEプロジェクトの決定が、部分的に影響していました。

 

打ち上げの1年以上前から、詳細な打上げ計画を検討し準備を始めることが必要と考えられたのは、理由があります。

 

WISEの打ち上げでは、ミッションに使用される大量の危険な液体/固体水素および気体/液体ヘリウムを含む極低温機器を安全に操作するという非常に困難な課題に直面していたためです。

 

さらに、WISEの顧客に対して、打ち上げ時に、より優先的に観覧場所を与えられることがありました。

 

そのため、WISEプロジェクトで利用可能な打ち上げ施設のリソースが十分ではない可能性があり、多くの調整時間を必要としました。

 

また、WISEには、地上支援装置(GSE)リソースの不足、極低温処理・管理用のスペース、発射台での作業スペース、水素などの供給スペースなど、発射遅延の可能性のある課題をがあり、事前に取り組むために、より早く取り組む必要がありました。

 

長期間に及ぶWISE打ち上げ準備により、人工衛星チームとロケット打上げチームは、計画外の外部イベント(VAFBでの山火事、ペイロード処理施設(PPF)の空調ユニットの誤動作によって引き起こされる温度と相対湿度の変動、発射台の長時間停電)にも計画の致命的な遅延なく対応することができました。

通年のロケット打上げ準備があったとしても、リスク削減を行い、打上げの調整を行いました。

 

これらの結果、ミッションの成果として、ロボットや有人の宇宙船ミッションの打ち上げミッションが、一般的にも使用可能な多くの観測結果を得ることができました。

  

事象の対応・処置

宇宙船が打ち上げ施設に到着すると、プロジェクトマネージャーは主に次のことに関心を持つ可能性があります。

 

  • 全体的なスケジュールと不測の事態
  • 主要な決定とミッションリスク評価
  • 施設の状況


WISEの場合は、打ち上げの準備において、プロジェクトマネージャーでは制御不可能な様々な環境に変化に、すぐに対応する必要がありました。

 

にもかかわらず、次の管理項目に注視したことで、WISEが高いパフォーマンスを保ったままミッションを成功するに至りました。

 

  • 操作管理期間の延長に関わるリスクを軽減

WISEの打上げは、延長され、24時間年中無休で危険な極低温操作を管理するために、通常より厄介なことになりました。

 

そのため、さらに長期間、不測の事態に対応するために訓練を受けた適切なスタッフが必要となりました。


人工衛星チームと打上げロケットチームは、打ち上げ施設が必要に応じて柔軟に機能することを期待していませんでした。


そのため彼らは、緊急時対応計画を作成し、計画に沿って対応を実践しました。その計画の中で打ち上げ時のリスクは、ミッションリスクとは別に管理されていました。


WISEプロジェクトは、ロケット打上げのカウントダウン手順を繰り返し、いつでも実施できるようにトレーニングを開催しました。

 

  • 不確実性を積極的に管理

ロケットの打ち上げ期間の不確実性には、打ち上げロケットの状態維持と準備、作業ルール、および人員の確保が含まれていました。

 

人員の確保の中には、第三者的な視点で確認するため、JPLスペシャリストも含まれていました。

 

スペシャリストの確保は、打上げの飛行プロジェクトとVAFB、NASAケネディ宇宙センター、および人工衛星の安全性に影響を与える可能性のある発射施設の問題を含む請負業者の発射支援要員との間の衝突を解決する上で非常に重要であることが分かりました。

 

それでも、緊急時対応計画のの中で最も重要な不確実性は、打ち上げの天候であることが多いです。


  • ロジスティック(=物流)な課題を管理

スタッフの確保は、ロケット打上げ直前に発生する予期しないロジスティックの課題に対応するために、WISEプロジェクトによって事前に割り当てられました。

 

たとえば、メディアやJPLプロジェクトの管理には、打上げコントロールルームの座席やその他の施設の確保が必要でした。

 

さらに、他のプロジェクトスタッフとその家族や友人も、立ち上げ前日にVAFBでの活動に参加しました。

 

その他の打ち上げ直前には、後方支援として、レンジセキュリティ(=警備)、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス社関係者、KSC、およびJPLとの調整が含まれます。

 

  • 組織の文化とエンジニアリングの違いを想定

ロケット打上げ対応担当者と、人工衛星がロケットから放出された直後を対応する担当者の両方が、打上げ後の段階である人工衛星喪失の可能性が高いクリティカルフェーズを無事に成功させるために、チームを構成していました。

 

ロケット打上げ対応担当者と人工衛星の担当者は、共にリスクを評価し、問題を解決するための異なるアプローチ、異なる視点で検討し対策を行いました。

 

たとえば、打ち上げ操作の時間間隔によって、打上げ担当者はシミュレーションや試験よりも、リアルタイムの分析に大きく依存しています。

 

オンサイトのWISE(=人工衛星)の担当者は、打ち上げ期間までの間に新たな技術問題の可能性と、性能維持に関する情報を収集し、非常に敏感に管理していました。

 

JPLの技術部門は、プロジェクトの要求に応じて分析支援を提供しました。

 

人工衛星に搭載している液体/固体水素および気体/液体ヘリウムが入ったタンクの環境を維持するために、人工衛星よりも高い大きなシュラウド(保温用タンク)を配置するなどしました。

 

  • 組織的および人から人へのコミュニケーションの確立

WISEの立ち上げ打ち上げ期間には、複数の請負業者とNASA組織、および米空軍が関与していたため、組織全体のすべての担当者との毎日のコミュニケーションを維持することが重要でした。

 

具体的には、各重要な決定は、噂を払拭することに注意を払いながら、フロアの全員に伝えられ、ミッション全体をサポートしました。

 

  • 打ち上げの不安を管理

WISEの打上げが近づくにつれ、人員のエッジネスが著しく増加しました。

 

この環境では、人事のやりとりが常に専門的であり続けることを保証することが不可欠になりました。

 

不安を軽減する手段の1つは、重要な位置にいる各チームメンバーにバックアップチームメンバーが割り当てられるようにすることでした。

 

チームメンバーは、必要に応じてお互いに連携が取れるようにクロストレーニングが実施されました。

 

 

 

WISEは、予想どおり、ギリギリの問題に遭遇しました。

 

ロケット(Delta-II)の第2ステージのタンク「ディンプル」、慣性測定装置(IMU)とリアクションホイールの速度の急上昇を示す宇宙船のテレメトリー、ロケットのバーニアエンジンのスルーレートの異常です。

 

ただし、これらの異常は処理でき、長期間の打ち上げの準備は、打ち上げを成功させるのに十分であることが証明されました。

 

Lessons Learned

JPLおよびNASAペイロードの打ち上げウィンドウの期間は、通常、多くの軍事および商業ミッションよりも狭くなっています。

 

安全で成功した打ち上げキャンペーンを確実にするために、名目上および偶発的な操作の注意深い計画が必要です。


Lessons Learnedを受けての推奨事項としては次の通りです。

 

打上げ時の計画をなるべく早く計画することです。

 

打ち上げの1年以上前に詳細な打ち上げキャンペーンの運用計画を開始するというWISEプロジェクトの決定は、とても効果的であることが証明されました。

 

オンサイトチームの適切な人員配置とトレーニング、カウントダウン手順の実践、異常なイベントへの対応の計画と実行の対応が充分にでき、打ち上げ時のリスクを軽減します。

 

不測の事態に対応するためのバックアップ計画とリソースを使用して、スケジュールされた運用上のニーズよりもはるかに早くリソースを準備することにより、不確実性を管理します。

 

土壇場でのロジスティックの課題に対応する準備ができている専任のスタッフを提供します。

 

常駐の打ち上げ支援担当者が提唱する、ペイロード(=人工衛星)の安全性に関連する技術的決定を検証するために必要な情報を持っている主要なスペシャリストを特定します。

 

打ち上げ現場の担当者に、さまざまなエンジニアリング文化と慣行を認識させることができ、打ち上げリスクの評価を検証します。

 

貢献している組織全体のすべての打ち上げ担当者との日々のコミュニケーションを維持し、重要な決定を伝え、不安を払拭します。

 

プロ意識を確保し、重要なポジションのバックアップを提供することにより、カウントダウンの減少に伴う不安のレベルの上昇を緩和します。

 

 


最後に

人工衛星の総合システムにおける運用前の準備は、いつでも大変です。

 

決められた期間で、パソコンや複写機、ネット回線の準備を始め、すべてを構築する必要があります。

 

プラントや工場建築現場であれば、作業員のプレハブ小屋を作り、必要な作業部屋を確保し、必要な物品を入れ込むなど多少慣れているかもしれません。

 

その中で、場合によってはセキュリティを確保する必要があり、複雑になっていきます。

 

ある程度、型が決まれば、今回のLessons Learnedのように運用直前の準備を始めたら、そろそろ人工衛星打上げの準備だと感じる組織もあるかもしれませんね。

 

このLessons Learnedでは、人工衛星の打上げに関わる事象は、完全にはシステマチックにも自動にもならず、かなり生ものであることを意識させられます。

 

1年近く前から、違う組織文化であることを認識しつつ、対立が起きないように、コミュニケーションを深めていく。

 

この仕事は、空港の運営にも同じことがいえるかもしれませんが、人員は縮小されても、人の手によって回すしかないのだなと感じます。

 

Lessons Learned 

Lessons Learnedとは、組織(に関わらないですが)において業務を遂行した上で得られた教訓(学んだ教訓)のことを指しています。

 

得られた教訓というと、失敗や不具合だけを想像しがちではありますが、成功したことについても教訓としてあげられます。

Lessons Learnedは同じ失敗を繰り返さないようにすることと、計画が順調に進んだ成功要因を共有することの2つがあります。

 

案外成功体験というものは、組織の中でノウハウとして蓄積されず、個人の中でされることが多いです。

 

本人は今までのノウハウから自然と身についていることだとしても、他の人が同じノウハウを共有しているとは限らないため、言語化して残しておくことは重要です。

 

NASAで公開されているNASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)から、宇宙業界に限らず、工業製品でも適用できそうなLessons Learnedを集めてみました。

参考サイト

JAXA共通技術文書

https://sma.jaxa.jp/TechDoc/

JAXA-JERG-2-701 運用準備標準

https://sma.jaxa.jp/TechDoc/Docs/JAXA-JERG-2-701.pdf

NASA Lessons Learned

https://www.nasa.gov/offices/oce/functions/lessons/index.html

NASA Lessons Learned Steering Committee(LLSC)

https://llis.nasa.gov/

Lessons Learned on the WISE Launch Campaign from the Post Launch Assessment Review (PLAR)

https://llis.nasa.gov/lesson/3496

WISE / NEOWISE

https://solarsystem.nasa.gov/missions/wise-neowise/in-depth/

広域赤外線探査衛星 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%9F%9F%E8%B5%A4%E5%A4%96%E7%B7%9A%E6%8E%A2%E6%9F%BB%E8%A1%9B%E6%98%9F

運用の準備

https://www.satnavi.jaxa.jp/basic/satlife/preparation.html