往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋の彼是

往時宇宙飛翔物体 システム機械設計屋はのたもうた

人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

宇宙機器設計やコンポーネント製品における制振・減衰・共振応答の技術ガイド

1:共振応答とQ値の基礎理解

1.1 Q値とは何か?

Q値(Quality Factor)は、共振系の鋭さや選択性を示す無次元量であり、以下の式で定義されます:

Q=ω0ΔωQ = \frac{\omega_0}{\Delta \omega}

また、減衰比 ζ\zetaとの関係は:

Q=12ζQ = \frac{1}{2\zeta}

Q値が高いほど、共振ピークが鋭く、振動が長く続きます。

1.2 応答増幅率との関係

共振周波数付近では、入力振動に対する出力応答(Transmissibility)は Q値に一致します:

T(ω)=1(1r2)2+(2ζr)2(r = ω / ω₀)T(\omega) = \frac{1}{\sqrt{(1 - r^2)^2 + (2\zeta r)^2}} \quad \text{(r = ω / ω₀)}

共振点(r = 1)では、T(ω)QT(\omega) \approx Qとなり、振幅が静的応答の Q倍に達します。

 

2:FEM解析における減衰モデルの比較

減衰モデル名 数式表現 特徴・適用範囲 主な出典
レイリー減衰 C = alphaM + betaK 周波数依存性あり。低・高周波数で制御可能。 ANSYS, NAFEMS
複素剛性モデル K* = K(1 + i*eta) 材料固有の損失係数 eta を直接反映。中周波数帯に有効。 JAXA JERG-2-310A, NASA TM
モード減衰モデル zeta_n を設定 各モード個別に減衰を設定。精度高いが試験データが必要。 NAFEMS, JAXA試験資料
等価粘性減衰 Fd = c*x_dot 単純なモデル。初期設計や教育用途に有効。 Harris' Handbook, 機械力学教科書

ANSYSでは、レイリー減衰と複素剛性の併用が可能。ANSYSMSC Nastranでは、複数の減衰モデルを併用可能です。

 

3:Q値の設計限界と安全率の考え方

用途・構造例 設計Q値の目安 設計限界の理由
宇宙機器構造(CFRP 50〜200 打上げ時の音響加振に対する応答制御。JAXAでは ζ=0.0050.02\zeta = 0.005〜0.02 を推奨。
光学機器(宇宙望遠鏡) 500〜2000 高Qが必要だが、熱変形や微振動に対する制振が課題。SPIE資料では η<0.001\eta < 0.001 を推奨。
MEMS共振器 10⁴〜10⁵ 高Q設計が性能に直結。IEEE MEMS論文群では Q>104Q > 10^4 が一般的。
電子基板(FR-4) 10〜100 過剰な共振による誤動作防止。MIL-HDBKでは ζ>0.01\zeta > 0.01 を推奨。
  • Q値に対する安全率は、最大応答倍率(Q)に対して設計応答倍率を抑える比率として定義される。

  • 宇宙機器では、最大加速度応答 × Q値 × モード重ね合わせ係数を用いて、設計限界応答を算出。

  • JAXAでは、設計応答が最大応答の70%以下となるよう、Q値(応答倍率)の不確実性を考慮し、公称のQ値に対して1.3〜1.5倍の係数を乗じて設計荷重を算出する例がある。

 

4:制振材の温度依存性と真空適合性の評価

4.1 温度依存性

  • 高分子系制振材は、ガラス転移温度(Tg)付近で最大性能を発揮。

  • WLF式(WLF Equation) により、温度と周波数の換算が可能。

  • Master Curveを用いて広範囲の周波数帯で性能予測が可能。

4.2 真空適合性

宇宙空間では以下の特性が求められます:

  • アウトガス特性:TML < 1.0%、CVCM < 0.1%

  • 低温耐性:-100℃以下でも柔軟性を維持

  • 放射線耐性:フッ素系・シリコン系材料が有利

材料例 Tg(目安) 適用温度範囲 宇宙適合性 備考
ビスコエラストマー -10〜+20℃ -40〜+80℃ △(アウトガス対策必要) 高損失係数だが制限あり
シリコンゴ -50〜+150℃ -100〜+200℃ ◎(広く使用) 放射線耐性も高い
フッ素系樹脂(FEP +80〜+120℃ -100〜+250℃ ◎(NASA推奨) 光学機器周辺にも使用可
EPDM -40〜+120℃ -60〜+150℃ ○(用途限定) コストパフォーマンス良好
 

5:宇宙機器に適した制振材の選定フロー

ステップ 内容 ポイント
① 使用環境を確認する 温度範囲、真空状態、放射線の有無など 宇宙空間は -100℃以下になることも
② 材料の候補を調べる シリコンゴム、フッ素樹脂、ビスコエラストマーなど 材料ごとに特性が違う
③ 宇宙適合性をチェック アウトガス、耐熱性、放射線耐性 NASAJAXAの基準を参考に
④ 減衰性能を確認する 損失係数(η)や減衰率(ζ)のデータを調べる 振動をどれだけ吸収できるか
⑤ 試験データで評価する 材料を振動させて、応答を測定する 実験で性能を確かめる
 

6:実験データからQ値・減衰率を算出する方法

制振材の性能を調べるには、実際に材料を振動させて、どれだけ揺れが続くかを測定します。ここでは、共振試験(きょうしんしけん)という方法を使います。

測定の流れ

6.1. 材料を固定して振動させる

  • 材料を台に取り付けて、振動試験機で揺らします。

  • 周波数(振動の速さ)を少しずつ変えて、どの周波数で一番揺れるかを探します。

6.2. 共振周波数を見つける

  • 一番大きく揺れた周波数を「共振周波数(きょうしんしゅうはすう)」と呼びます。

  • そのときの振幅(揺れの大きさ)を記録します。

6.3. 半値幅を測定する

  • 共振周波数のピークから、振幅が約70%になる周波数を両側で探します。

  • その差を「半値幅(はんちはば)」と呼びます。

6.4.  Q値を計算する

以下の式で計算できます:

Q=f0ΔfQ = \frac{f_0}{\Delta f}

または、

ζ=12Q
 
 
 

実験の補足

  • 測定には加速度センサやレーザー変位計を使うことが多いです。

  • 小野測器やIMV社などが、初心者向けの振動試験機を提供しています。

  • JAXANASAの資料では、実験条件(温度、真空、加振方法)を細かく記録することが推奨されています。

7:宇宙機器設計における減衰・増幅率設計の実践

7.1. 設計の基本方針

  • 共振周波数の分散設計:構造モードが打上げ周波数帯に重ならないよう調整。

  • モード減衰比の設定JAXAでは 0.005〜0.02 程度が推奨される。

  • 制振材の選定:温度依存性・真空適合性・重量制約を考慮。

7.2. 解析手法

  • FEM+SEA統合解析:中高周波数帯の応答予測に有効(NAFEMS推奨)。

  • ジョイントアクセプタンス法:局所的な振動伝達の評価。

  • 複素剛性モデルANSYSMSC Nastranでの減衰表現に活用。

参考文献・技術資料一覧

 

 

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Synspectiveの宇宙戦略:SAR衛星で描くスマートインフラの未来

はじめに:都市を見守る目としてのSAR

2018年に創業したSynspectiveは、宇宙から都市の変化を捉えるという明確なビジョンを掲げてスタートした。創業初期から注力していたのは、小型SAR衛星StriXシリーズの開発と、AIによる地上インフラの変化検出という二つの柱だった。

2019年時点では、XバンドSARを搭載したStriX-αの開発が進行中であり、都市インフラの傾きや地盤沈下を衛星から検出する「ODC(On-Demand City)」構想が社内で立ち上がっていた。打上げはRocket Labとの契約により、ニュージーランドから行うことが決定していたが、衛星の量産体制や解析技術の実装はまだ模索段階だった。

それから6年。2025年現在、Synspectiveは複数機のStriX衛星を軌道上に展開し、地上分解能1m未満の高精度SAR画像を取得可能な体制を確立。神奈川県大和市には量産拠点「ヤマトテクノロジーセンター」が稼働し、年4機以上の製造能力を持つまでに成長した。さらに、AI解析技術を組み込んだODCソリューションは、都市モニタリングや災害対応に活用され、国内外の自治体や企業との連携が進んでいる。

 

構想:SAR衛星×データ解析の融合

Synspectiveの宇宙戦略は、単なる衛星開発にとどまらず、「都市の変化を知らせる」ことに主眼を置いている。StriXシリーズは、全天候・昼夜観測が可能なXバンドSARを搭載した小型衛星であり、都市部の構造物や地盤の微細な変化を捉えることができる。

この衛星から得られるデータを、AI解析技術と組み合わせて提供するのが「ODCソリューション」だ。ODCは、On-Demand Cityの略で、都市の変化をリアルタイムに検出し、ユーザーに通知する仕組み。建物の傾き、地盤沈下、船舶の移動などを自動抽出し、インフラ管理や災害対応に活用されている。

2019年時点では、StriX-αの打上げ準備とODCのプロトタイプ開発が進行していたが、量産体制や解析精度の面では課題が多く、事業化には時間がかかると見られていた。

 

技術:高分解能SARとAI解析の進化

Synspectiveの技術的強みは、SAR衛星の高分解能化と、AIによる画像解析の高度化にある。

StriXシリーズは、初号機StriX-αから始まり、StriX-β、StriX-δと進化を重ねてきた。2025年現在では、地上分解能1m未満を達成しており、都市部の構造物の変化を高精度で捉えることが可能となっている。SAR(合成開口レーダー)は光学衛星と異なり、夜間や悪天候でも観測が可能なため、災害時の即応性に優れている。

解析技術の面では、ODCソリューションにAIアルゴリズムを組み込み、画像からの変化検出を自動化。建物の傾きや地盤の沈下を数センチ単位で検出できるほか、船舶や航空機の移動も識別可能。欧州の解析企業SATIM社との協業により、解析精度と国際対応力も強化されている。

また、衛星の姿勢制御や通信系も独自開発されており、衛星運用の自動化と地上局との連携強化が進められている。

 

量産:ヤマトテクノロジーセンターの稼働

Synspectiveは、衛星量産体制の確立に向けて、2023年に神奈川県大和市に「ヤマトテクノロジーセンター」を設立。ここでは、StriXシリーズの組立・試験・出荷までを一貫して行うことが可能となっており、年4機以上の製造能力を持つ。

量産技術の面では、衛星設計のモジュール化が進められており、電源系、通信系、SARアンテナなどを標準化。これにより、設計再利用性が高まり、製造期間の短縮と品質の均一化が実現されている。

また、JAXAの宇宙戦略基金にも採択されており、2030年までに段階的な性能向上と衛星群の拡張が計画されている。官民連携による技術開発と量産支援が進み、国内宇宙産業の中核拠点としての役割も担っている。

 

社会実装:都市・防災・インフラ管理への応用

Synspectiveの衛星データと解析技術は、すでに複数の社会分野で活用されている。

都市モニタリングでは、東京都や福岡市などの自治体と連携し、建物の傾きや地盤変動を定期的に観測。都市インフラの維持管理や再開発計画の支援に活用されている。

災害対応では、地震や豪雨後の地盤変動を迅速に把握し、被害マッピングや復旧計画の策定に貢献。2024年の能登半島地震では、StriX衛星によるSAR画像が被災地の状況把握に活用された。

さらに、海外展開も進んでおり、東南アジアや中東地域でのインフラ監視プロジェクトに参画。国際機関や現地政府との連携により、都市計画や防災支援の一環として衛星データが活用されている。

 

ビジネス上の苦労話:衛星も解析も“全部自社で”の難しさ

Synspectiveは、創業当初から「衛星の開発・製造・運用から、データ解析・ソリューション提供までを一貫して自社で行う」という垂直統合型モデルを掲げていました。しかし、これは宇宙業界では極めて珍しく、技術・資金・人材のすべてにおいて高いハードルがありました。

特に初期は、衛星開発と並行してAI解析技術の研究開発も進める必要があり、限られたリソースの中で「宇宙機器開発」と「都市インフラ解析」という異なる専門領域を同時に立ち上げる難しさがあったといいます。

「衛星を作るだけでも大変なのに、解析まで全部やるの?とよく言われました。でも、我々は“変化を知らせる”ところまで責任を持ちたかったんです」 — Synspective関係者インタビューより(RESTECコラム)https://www.restec.or.jp/knowledge/column/20250715.html

また、衛星の量産体制を構築するための拠点整備や人材確保にも時間を要し、2023年のヤマトテクノロジーセンター開設までは、開発と製造の両立に苦労したとされています。

高精細SAR画像の取得:StriXシリーズの進化

SynspectiveのStriXシリーズは、XバンドSARを搭載した100kg級の小型衛星で、2025年時点で地上分解能1m未満を達成しています。これは、従来の大型SAR衛星に匹敵する精度を、より低コスト・短期間で実現したことを意味します。

技術的なポイントは以下の通り:

  • 高出力送信機の小型化:Xバンドの高周波送信機を小型衛星に搭載可能なサイズに最適化。

  • 展開式アンテナの軽量設計:打上げ時はコンパクトに収納し、軌道上で展開する構造。

  • スポットライトモードの実装:観測対象に対して長時間照射することで、1m未満の分解能を実現。

詳細はこちら:RESTECコラム|StriXシリーズの特長 https://www.restec.or.jp/knowledge/column/20250715.html

 
衛星開発の高速化:量産拠点と設計標準化

Synspectiveは、2023年に神奈川県大和市に「ヤマトテクノロジーセンター」を開設し、StriX衛星の量産体制を確立しました。これにより、年4機以上の製造が可能となり、開発期間も大幅に短縮されています。

技術的な工夫は以下の通り:

  • 衛星設計のモジュール化:電源系・通信系・SARアンテナなどを標準化し、再利用性を向上。

  • 製造工程の並列化:複数衛星を同時に組立・試験できる体制を整備。

  • 品質管理のデジタル化:製造履歴や試験結果を一元管理し、信頼性を確保。

詳細はこちら:Synspective公式|ヤマトテクノロジーセンター 

https://synspective.com/jp/news/2023/yamato-tech-center-launch/

 
コンステレーション構築:軌道設計と段階的拡張

Synspectiveは、2020年代後半までに30機規模のStriXコンステレーションを構築する計画を掲げています。これにより、地球全域を高頻度かつ高精度で観測可能な体制を実現し、災害対応やインフラ監視の即応性を高めることが目的です。

技術的な特徴は以下の通り:

  • 傾斜回帰軌道の採用:低〜中緯度の人口密集地域を重点的にカバー。

  • 軌道傾斜角の最適化:観測リソースを需要の高い地域に集中。

  • レイテンシーの短縮:衛星間の観測間隔を短くし、変化検出の即時性を向上。

詳細はこちら:Synspective|SAR衛星コンステレーション構想

https://synspective.com/jp/satellite/strix-constellation/

おわりに:変化を“知らせる”宇宙企業へ

Synspectiveは、SAR衛星とAI解析を融合させることで、都市の変化をリアルタイムに可視化する企業へと進化している。衛星はもはや「見る」だけでなく、「知らせる」時代に入ったのだ。

2019年に掲げたStriXシリーズとODC構想は、2025年現在、技術・量産・社会実装の各フェーズで着実に実現されており、都市と宇宙をつなぐ“情報インフラ企業”としての存在感を高めている。今後は、より高精度なSAR技術と、グローバルな解析ネットワークの構築が期待されている。

 
出典一覧

 

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衛星通信の“見えないリスク”を設計でどう防ぐか:事例と対策

1. 通信系の構成と脆弱性

人工衛星の通信系(Communications Subsystem)は、地上局とのデータ送受信を担う中核的なサブシステムである。観測衛星であれば画像やセンサーデータの送信、通信衛星であれば音声・映像・インターネットの中継、測位衛星であれば時刻情報の配信など、あらゆる宇宙機能は通信系によって地上と接続されている。

通信系は以下の主要構成要素から成り立つ:

  • RF送受信機(Transponder)

  • 高周波アンプ(TWTA、SSPA)

  • アンテナ(指向性・全方向性)

  • 周波数変換器(Up/Down Converter)

  • 通信制御ソフトウェア

これらは、熱・放射線・構造変形・電源不安定・ソフトウェア障害など、複数の要因により影響を受けやすく、故障が発生するとデータの損失、制御不能、干渉リスク、さらには衛星のデブリ化にまで発展する可能性がある。

NASAの技術報告「Reliability of Small Satellites (NTRS 20190002705)」によれば、通信系の不具合は小型衛星のミッション失敗要因の中でも高頻度であり、設計・試験・運用の各段階での対策が不可欠である。

2. 事例分析:通信系の故障とその背景

2.1 AngoSat-1(アンゴラ/ロシア、2017年)

AngoSat-1はアンゴラ初の通信衛星としてロシアと共同開発され、2017年に打ち上げられた。しかし、軌道投入直後に通信信号が途絶し、衛星との接続が失われた。

調査では、通信ペイロードの熱制御不良による過熱が原因とされている。特に、送信機周辺の放熱設計が不十分であり、高周波アンプ(TWTA)が熱飽和状態に陥った可能性が高い。一時的に信号が回復したものの、安定した通信は確保できず、衛星は事実上のミッションロスとなった。

この事例から考えたいこと:

  • 通信系は熱設計と電源設計の連携が不可欠である

  • 高周波アンプは熱飽和に弱く、放熱経路の確保が重要である

  • 通信断絶時の自律復旧機能とフェイルセーフ設計を検討すること

2.2 Telkom-1(インドネシア、2017年)

Telkom-1は、1999年に打ち上げられたインドネシア通信衛星であり、運用20年目に通信信号の断絶とデブリの発生が報告された。衛星は制御不能となり、周囲の通信衛星に干渉するリスクが生じた。

NASAOrbital Debris Quarterlyによれば、原因は、**推進システムの圧力容器または配管の構造的破壊(破裂)**によるものと推定されている。これにより衛星本体が物理的に損傷し、通信信号の途絶と多数のデブリ発生を招いた。設計寿命(15年)を大幅に超える18年目の運用中であり、長期運用における圧力系の経年劣化が指摘されている。

この事例から考えたいこと:

  • 長期運用衛星では構造疲労と材料劣化の予測設計が重要である

  • 通信系の冗長性と電源安定性がミッション寿命を左右する

  • デブリ化リスクを想定した終末運用設計を検討すること

2.3Intelsat 29e(米国、2019年)

Intelsat 29eは、最新のデジタル・ペイロードを搭載した高スループット衛星(HTS)であったが、2019年に推進系の燃料リークが発生し、最終的に通信が完全に途絶、全損(トータルロス)と判断された。

調査の結果、ハーネス(配線)の欠陥、あるいは静電気放電(ESD)が、推進系の火工品やバルブに予期せぬ作動を引き起こした可能性が指摘されている。通信系自体は正常であったが、推進系の異常により衛星の姿勢が喪失し、アンテナが地上を指向できなくなったことで通信断絶に至った。

この事例から考えたいこと:

  • 通信の維持には、アンテナの指向精度(姿勢制御)と推進系の健全性が不可欠である

  • 通信ペイロードの複雑化に伴い、周囲の配線(ハーネス)による電磁干渉や物理的干渉のリスクが増大している

  • 特定の単一障害点(Single Point Failure)が衛星全体の「沈黙」を招くリスクを再認識すべきである

3. 設計・試験・運用へのヒント

通信系の信頼性は、衛星の「声」を守る設計思想にかかっている。故障事例から得られる教訓は、単なる技術的対策にとどまらず、設計者の思考の幅を広げるヒントとなる。

3.1 熱設計のヒント

  • 高周波アンプの熱飽和を防ぐ放熱設計について考えてみること

  • TWTAやSSPAは高出力時に発熱しやすく、熱飽和によって性能が急激に低下する。

  • ヒートパイプや放熱板の配置、熱センサーによるリアルタイム監視、ソフトウェアによる出力制御など、熱設計と運用制御の連携が不可欠である。

3.2 構造設計のヒント

  • 長期運用における材料劣化と圧力容器の健全性評価を検討すること。

  • Telkom-1の事例が示す通り、設計寿命を大幅に超える運用では、熱サイクルや放射線による材料劣化が推進系の圧力境界(タンクや配管)の破壊を招き、結果として衛星全体の喪失(通信断絶)に至るリスクがある。

  • 設計寿命を超えた運用における、圧力系コンポーネント疲労解析と破壊力学に基づいた評価。
  • アンテナ展開機構などの可動部においては、地上試験(1G環境)と宇宙環境(微小重力・熱真空)の差分を考慮したマージン設定。
  • 万が一の構造破壊時に、他の基幹サブシステム(電源、通信、姿勢制御)へ波及させないための物理的アイソレーション(分離設計)。
  • 特にGEO衛星では、20年以上の運用を前提とした設計が求められる。

3.3 電源連携のヒント

  • 通信系への安定供給と過電流保護について考えてみること

  • 通信系は高電力を消費するため、電源系との連携が重要である。過電流保護回路、電源冗長化、電圧変動の吸収設計など、電力供給の安定性が通信品質を左右する。

3.4 ソフトウェア制御のヒント

  • AIモデルの検証と説明可能性を設計段階で確保すること

  • 近年のソフトウェア定義通信衛星(SDS)では、AIによる制御が主流となる。

  • センサー入力のフィルタリング、アルゴリズムの安全限界設定、手動介入機能の設計など、制御系の透明性と介入性が不可欠である。

3.5 終末運用のヒント

  • 通信断絶時のフェイルセーフと干渉回避設計について考えてみること

  • 通信系が故障した場合でも、衛星が他の衛星に干渉しないようにするための終末運用設計が必要である。

  • 姿勢固定、出力停止、軌道離脱など、制御不能時の安全措置を事前に設計しておくことが望ましい。

4. 通信系中核技術の設計課題と対策

通信系の中核技術である高周波アンプ、ビームフォーミング、周波数管理について、それぞれの課題と設計上の注意点を整理する。

4.1 高周波アンプ(TWTA・SSPA)

項目 TWTA (進行波管アンプ) SSPA (固体電力増幅器)
出力 高い (数百W以上可能) 中程度 (近年向上中)
電力効率 高出力帯で非常に高い 出力に比例して低下
放射線耐性 真空管構造のため強い 半導体のため対策が必要
重量・サイズ 重く、大型 軽く、小型
 

主な課題と対策:

故障要因 影響を受ける機能 対策案
高周波アンプの熱飽和 送信出力低下・信号歪み 放熱経路の冗長化、自動利得制御 (ALC)
推進系故障による姿勢喪失 アンテナ指向エラー・通信断絶 ハーネスの電磁シールド強化、フェイルセーフバル
圧力系の経年劣化(破裂) 衛星本体破壊・デブリ 運用限界の見極め、終末運用(墓場軌道への移動)

4.2 ビームフォーミング技術

種類 制御方式
アナログ 位相シフターによる制御
デジタル DSPによる信号処理
AIベース 環境変化に応じた自律制御
 

主な課題と対策:

  • 指向誤差 → センサー入力のフィルタリングと検証

  • 過補正 → AIモデルの説明可能性と安全限界の設定

  • 遅延 → 高速処理アルゴリズムの導入

  • 干渉 → 干渉回避アルゴリズムと手動介入機能の設計

4.3 周波数干渉

主な原因:

  • 軌道位置の誤差

  • アンテナ指向のズレ

  • 周波数管理の不備

  • 通信出力の過剰

主な課題と対策:

  • 通信断絶 → 周波数帯域の国際調整(ITU登録)

  • データ損失 → アンテナ指向精度の向上とビーム制限設計

  • 他衛星への影響 → 出力制御と帯域フィルタの導入

  • 国際問題化 → 干渉検知システムと自動回避制御

5. 補足技術解説

5.1 高周波アンプ(TWTA・SSPA)

資料名:High-Efficiency K-Band Space Traveling-Wave Tube Amplifier

発行機関NASA Glenn Research Center

URLhttps://ntrs.nasa.gov/api/citations/20100024220/downloads/20100024220.pdf

技術解説: 本報告では、Kバンド用TWTAの熱効率・放射線耐性・軌道上性能が詳細に評価されています。LRO衛星での実績を踏まえ、宇宙通信における高出力アンプの設計指針が示されています。SSPAとの比較は含まれていませんが、TWTAの熱飽和対策に関する実用的知見が得られます。

5.2 ビームフォーミング技術(Software-Defined Satellites)

資料名:European software-defined satellite ready to start service

発行機関ESA欧州宇宙機関

URLhttps://www.esa.int/Applications/Connectivity_and_Secure_Communications/European_software-defined_satellite_ready_to_start_service

技術解説: Eutelsat Quantumの事例を通じて、軌道上で再構成可能なビームフォーミング技術の実装と課題が紹介されています。AIベースの制御による柔軟性と、指向誤差や制御遅延への対策の必要性が強調されています。

5.3 周波数干渉と国際調整

資料名ITU-R Recommendation P.452-18

発行機関ITU(国際電気通信連合)

URLhttps://www.itu.int/dms_pubrec/itu-r/rec/p/R-REC-P.452-18-202310-I!!PDF-E.pdf

技術解説: 本勧告は、地上および衛星通信における100 MHz以上の周波数帯での干渉評価手法を定式化しています。干渉予測モデル、伝搬損失の計算、周波数調整の基準として広く用いられています。

5.4 衛星間干渉管理技術

資料名: Interference Management in Satellite Communications

発行元: ITU (International Telecommunication Union)

URLhttps://www.itu.int/en/ITU-R/space/Pages/default.aspx

技術解説: 非静止衛星(LEO)コンステレーションの急増に伴う、周波数共有と干渉回避のための国際的な規制枠組みと技術的手法が解説されています。

6. 総括:通信系は衛星の「声」である

通信系の故障は、衛星の「声」が届かなくなることを意味する。 それは単なる技術的障害ではなく、宇宙機が地球との関係を失う瞬間である。 AngoSat-1のように熱飽和が声を奪い、Telkom-1のように構造破壊が沈黙を生み、Intelsat 29eのように推進系の異常がアンテナをあらぬ方向へ向けてしまう。

 

通信系の設計とは「宇宙からの声を守る技術」である。その声が正しく届くためには、熱・構造・電源・ソフトウェア・周波数のすべてが連携し、設計者の思考が統合されていなければならない。「この衛星の声は、どこに、どれだけ正確に、どれだけ長く届くべきか。」を考えていく必要がある。

 
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小型衛星の“向き”を支える技術:姿勢制御装置の構造・課題・比較

1 リアクションホイール:姿勢制御のトルク源

リアクションホイールは、人工衛星の姿勢を制御するためのトルク生成装置である。内部に搭載されたフライホイールを高速回転させ、その角運動量を変化させることで、衛星本体に反作用トルクを与える。これはニュートンの第三法則に基づくものであり、ホイールの回転速度を調整することで、衛星の向きを微細に制御できる。

主な構成要素

  • フライホイール(高精度バランス)

  • ブラシレスDCモーター

  • 軸受け(磁気軸受けまたは機械軸受け)

  • 回転センサー(エンコーダ)

技術的課題と設計上のヒント

課題 内容 設計上のヒント
摩耗 長期運用で軸受けが摩耗し、振動や回転不均衡が発生 摩耗試験と寿命予測モデルの活用
飽和 回転速度が限界に達すると姿勢制御が不能になる デサチュレーション(磁気トルカ等を用いたアンローディング)機構の設計
高速回転により発熱し、周辺機器に影響 放熱経路の確保と熱設計との連携
振動 微小な不均衡が画像取得や通信に悪影響 ダンパーやアイソレーターによる振動吸収構造の導入
 

冗長系の導入(3軸+1予備)が一般的であり、姿勢制御の継続性を確保するための基本設計として推奨される。

2 スタートラッカー:姿勢検出の光学基準

スタートラッカーは、宇宙空間で見える恒星の位置を撮影・解析することで、衛星の姿勢(オイラー角)を高精度に算出する光学センサーである。恒星の位置は極めて安定しており、絶対姿勢の基準として利用される。

主な構成要素

技術的課題と設計上のヒント

課題 内容 設計上のヒント
ノイズ 放射線や熱によるセンサーのノイズが星像検出を妨げる 異常検知アルゴリズムの導入とセンサー選定
キャリブレーション レンズの歪みや温度変化による視野誤差 温度依存性の補正と定期キャリブレーション設計
太陽干渉 太陽光が直接入射するとセンサーが飽和 バッフル設計とサンアボイダンス角の設定
処理遅延 星像処理に時間がかかるとリアルタイム制御に支障 高速処理アルゴリズムと処理能力の最適化
 

軌道に応じた星カタログの最適化も、検出精度と処理効率の両立に寄与する。

3 比較表:リアクションホイールとスタートラッカー

項目 リアクションホイール スタートラッカー
役割 姿勢の制御 姿勢の検出
原理 角運動量の反作用 恒星の位置解析
主な課題 摩耗・飽和・熱 ノイズ・キャリブレーション・太陽干渉
対策 冗長化・熱設計・振動吸収 遮光設計・温度補正・星カタログ最適化
 

4 姿勢誤差と地表面のズレの関係

人工衛星が地球を観測する際、光学センサー(カメラ、望遠鏡など)は特定の地表面を正確に指向する必要がある。衛星の姿勢がわずかにズレるだけで、センサーの視野(Field of View, FOV)が地表で大きくずれることがある。

基本関係式(近似)

基本関係式(近似) 地表面でのズレ距離 D は以下で近似されます。

D = h * theta

(※ theta はラジアン単位。微小角では tan(theta) ≒ theta となるため)

D \approx h \cdot \tan(\theta)
  • hh:衛星の高度(例:500 km)

  • θ\theta:姿勢誤差角(ラジアン

5 姿勢誤差と地表ズレの具体例(高度500km)

姿勢誤差角 角度(度数法) 地表面でのズレ距離 (D) 備考
1 arcsec 約 0.00027° 約 2.4 m 最新鋭・高分解能衛星の要求水準
3.6 arcsec 0.001° 約 8.7 m 中解能衛星のポインティング目標
36 arcsec 0.01° 約 87.3 m 一般的な地球観測衛星の基準値
360 arcsec 0.1° 約 872.7 m 低分解能/地磁気センサ級
1,800 arcsec 0.5° 約 4.36 km 粗い姿勢制御ミッション
3,600 arcsec 1.0° 約 8.73 km 小型実験機等の初期段階
7,200 arcsec 2.0° 約 17.45 km 姿勢喪失/セーフモードに近い状態
 

6 光学センサーの分解能との関係

高分解能の地球観測衛星では、1 m以下の地上分解能を持つセンサーも存在する。これらのセンサーでは、0.01°(約36 arcsec)以上の姿勢誤差でも、以下のような影響が発生する:

  • 画像のぼやけ(motion blur

  • ターゲット逸脱(指定地点を外して撮影)

  • ステレオ観測の失敗(視点不一致)

  • 地図作成精度の低下(ジオリファレンス誤差)

7 姿勢制御設計への示唆

要求精度 推奨される技術対応
0.01°以下 高精度スタートラッカー、リアクションホイールの振動抑制、光学系の熱安定化
0.1°程度 センサー融合(ジャイロ+地磁気)、フィルタリング処理、撮影タイミング補正
1.0°以上 太陽センサーや地磁気センサー中心の設計でも許容可能(低分解能ミッション)
 

8 姿勢制御技術の本質:精度を支える設計者の思考

リアクションホイールとスタートラッカーは、宇宙機の姿勢制御を担う「制御」と「検出」の両輪であり、衛星が宇宙空間で正しく向き続けるための根幹を支えている。これらの装置は、単なる部品ではなく、設計思想の集約点である。

リアクションホイールは、摩耗・振動・熱といった物理的課題を抱えながらも、静粛かつ連続的な姿勢制御を可能にする。その信頼性は、軸受けの選定、熱設計との連携、冗長系の構成、そして寿命予測モデルの精度にかかっている。

スタートラッカーは、恒星という宇宙で最も安定した基準を用いて、絶対姿勢を高精度に測定する。しかし、光学系の熱安定性、太陽干渉、ノイズ耐性、処理遅延といった環境要因に敏感であり、設計者には光学・熱・アルゴリズムの統合的な視点が求められる。

さらに、姿勢誤差が地表面で数キロメートルのズレを生むことを考えれば、これらの装置の設計精度がミッション全体の成果を左右することは明らかである。高分解能観測衛星では、0.01°以下の精度が求められることもあり、熱設計、振動対策、センサー融合、ソフトウェア補正など、複数の技術を統合する設計力が問われる。

姿勢制御とは「この衛星は、どこを、どれだけ正確に、どれだけ長く向き続けるべきか。」を考え続けなければならない。

出典情報(技術解説)

 


 

地上の光回線を超える速度へ。宇宙光通信の革命、スターリンク衛星間レーザーリンク

現在、私たちの頭上数千キロメートルの宇宙空間では、人類史上最大規模の光通信ネットワークが構築されています。SpaceX社が展開する「スターリンクStarlink)」は、単なる衛星インターネットの枠を超え、宇宙空間における「通信の標準」を塗り替えようとしています。

本記事では、スターリンク光通信技術の歩みから、その驚異的なスペックを支えるハードウェア、そして次世代の展望までを詳しく解説します。

1. スターリンク通信の歴史:地上局依存から「宇宙メッシュ網」への進化

スターリンクの通信システムは、2019年の運用開始以来、段階的にその姿を変えてきました。この進化は、地上のインフラに縛られない「真のグローバル通信」を実現するための歴史でもあります。

1-1. 初期:レーザー未搭載の「第1世代」

2019年に打ち上げが始まった初期の衛星には、実はレーザー通信機能が備わっていませんでした。

  • 仕組み: ユーザーのアンテナから届いた電波を、衛星が地上にある「ゲートウェイ(地上局)」へ即座に送り返すベントパイプ(Bent-pipe:折り返し)方式を採用していました。

  • 課題: この方式では、衛星の視界内に「ユーザー」と「地上局」の両方が同時に存在しなければなりません。そのため、近くに地上局を建設できない海洋や極地、砂漠地帯ではサービスを提供できないという物理的な制約がありました。

1-2. 2021年〜:光通信(ISL)の導入と本格化

2021年頃(Version 1.5以降)から、衛星同士を直接結ぶ**衛星間レーザーリンク(ISL: Inter-Satellite Links)**の搭載が始まりました。

  • 技術の進化: 秒速約7.5kmという猛スピードで移動する衛星同士が、数千km離れた場所からレーザーを照射し、ロックオンし続ける精密な制御技術が確立されました。

  • メリット: 衛星間でデータを「バケツリレー」のように転送することで、地上局が周囲にない地域でも通信が可能になりました。また、真空中の光はガラス(光ファイバー)の中よりも約30〜47%速く進むため、理論上、長距離通信において地上回線よりも遅延を抑えられるという利点があります。

1-3. 現在から次世代「Version 3」への展望

現在は、単なる接続手段から、数千の衛星が相互に接続し合う「宇宙メッシュネットワーク」へと移行しています。

  • メッシュネットワークとは: 網の目のように衛星同士がレーザーで繋がり、複数の通信経路を持つ状態を指します。どこか一箇所が途切れても、別の衛星を経由して通信を維持できるため、ネットワーク全体の信頼性が飛躍的に高まります。

  • 通信速度の飛躍: 最新のStarlink Version 2 Miniでは、1リンクあたり最大200Gbpsという驚異的な速度を実現しています。

  • 次世代「Version 3」の予測: 2026年以降、Starshipで打ち上げられる次世代衛星では、AI処理に適した**カスタムTPU(Tensor Processing Unit)などの搭載が予測されています。これは単なる中継器ではなく、衛星側で高度なデータ処理を行う宇宙コンピューティング(Space Computing)**の実現を示唆しています。

2. 宇宙光通信の困難性とそれを克服するハードウェア

宇宙でのレーザー通信には、地上では想像もつかない物理的な壁があります。SpaceXは、自社設計による専用ハードウェアと独自の設計思想でこれらを解決しています。

2-1. 極限の精度を維持するコンポーネント

  • 指向制御(ポインティング)の壁: 「時速数万kmで走る2台の車から、数km先の的にレーザーを当て続ける」精度の維持が必要です。

    • 解決技術: 100万分の1ラジアン単位の制御が可能な**高速ステアリングミラー(FSM: Fast Steering Mirror)**を用います。これは電圧によって微細に変形する圧電素子等で鏡の角度を高速調整し、光軸を固定する技術です。

  • 信号減衰とノイズの壁: 距離による光の拡散と、太陽光などの強力な背景ノイズの分離が必要です。

    • 解決技術: 光のまま信号を増幅する**光増幅器(EDFA: Erbium-Doped Fiber Amplifier)**や、特定の波長のみを透過させる高精細光学フィルタを自社開発し、微弱な信号を確実にキャッチします。

  • 振動と熱環境の壁: 機器の微振動(ジッター)や、宇宙の激しい温度変化による光学系の歪みが課題です。

    • 解決技術: 熱膨張が極めて少ない素材(ゼロデュア / Zerodur)やセラミック等を光学構造体に採用し、極低温から高温まで精度を一定に保ちます。

2-2. 故障を前提とした「レジリエンス」の思想

SpaceXは、1機ずつの衛星に過剰な信頼性を求めるのではなく、システム全体でサービスを維持する思想を採っています。

  • 堅牢性(レジリエンス): 1つのレーザーが故障しても、AIを用いた**ダイナミック・ルーティング(動的経路選択)**が、瞬時に故障箇所を避けて別の衛星を経由するルートを再計算します。

  • 垂直統合(Vertical Integration): 設計・製造から打ち上げまで自前で行う体制により、軌道上のデータから得た課題を数週間で設計に反映し、改良されたハードウェアを即座に次の打ち上げに投入しています。

3. 通信速度:なぜ宇宙に「200Gbps」が必要なのか

技術カンファレンス(2024年のPhotonics West、OFC、SPIE等)において、SpaceXのエンジニアは1リンクあたり最大200Gbpsに達することを公表しています。なぜこれほど巨大な帯域が必要なのでしょうか。

3-1. 「高速道路」と「一般道」の比喩

この帯域の差を理解するには、道路に例えると分かりやすくなります。

  • ユーザーの速度(一般道): 衛星と個人のアンテナ間の通信(電波)です。2025年現在、実測で100〜200Mbps程度です。

  • 衛星間の速度(高速道路): これが200Gbpsの光通信です。1基の衛星は、その下にいる数千人のユーザーの通信を一度にさばきます。そのため、衛星同士を結ぶ「宇宙の幹線道路」は、ユーザーへの配分を考慮して数千倍の太さが必要になるのです。

3-2. スターリンクの立ち位置は「異常」か?

他のプロジェクト(JAXAのLUCAS、欧州のEDRS:約1.8Gbps)と比較すると、スターリンクの「200Gbps × 数千機のメッシュ網」という規模は、宇宙開発史上、突出しています。現在、宇宙空間のレーザー網だけで、1日に42ペタバイト以上の膨大なデータが処理されています。

4. 戦略的互換性:宇宙の標準を狙うSpaceXの戦略

SpaceXは現在、自社の技術を宇宙ビジネス全体のデファクトスタンダード(事実上の標準)にしようとしています。

  • レーザー端末の外販(Starlink Mini Laser): 自社製レーザー端末を他社へ販売し、他社の観測衛星などもスターリンク網を介してデータを地上へ送れる環境を整えています。

  • Direct to Cell: 特別な機材を持たない普通のスマホを衛星と繋ぐ技術です。各国のキャリア(日本のKDDI、米国のT-Mobile、カナダのRogers、オーストラリアのOptus等)の電波を衛星が借用することで、ユーザーはハードを変えずに宇宙ネットワークを利用できます。

今後の展望:標準化を巡る争い

スターリンク規格への過度な依存(ベンダーロックイン)を警戒し、Amazonの「プロジェクト・カイパー」や欧州の「IRIS²」は独自の標準を作ろうとしています。宇宙の通信規格を巡る主導権争いは、今後さらに激化していくでしょう。

用語解説:

  • コンステレーション 多数の衛星を協調させて運用するシステム。

  • ダイナミック・ルーティング: 混雑や故障を避けて最適な通信ルートを自動で選ぶ機能。

  • TPU(Tensor Processing Unit): Googleが開発したAI処理に特化した演算装置。

参考文献・公式リソース

1. SpaceX 公式技術解説

SpaceXが自社サイトで公開している、スターリンクのハードウェアスペックと光通信端末の外販に関する公式ページです。

  • Starlink Technology https://www.starlink.com/technology

    衛星の構造、レーザー端末(200Gbps)、アンテナ、推進システムの公式スペックが記載されています。他社向け端末「Starlink Mini Laser」の情報もここにあります。

2. 技術カンファレンスの発表と統計データ

1日あたりの通信量「42ペタバイト」や「200Gbps」の具体的な根拠となった、エンジニアによる技術発表の報告記事です。

3. ネットワークアップデート(公式ブログ)

速度向上や次世代衛星「V3」のキャパシティに関する最新の公式見解です。

4. 宇宙光通信の学術的背景

スターリンクのような巨大コンステレーションにおける光リンク(LISL)のトポロジーや遅延に関する論文です(技術者向け)。

  • arXiv: Laser Inter-Satellite Links in a Starlink Constellation https://arxiv.org/abs/2103.00056

    衛星間をどのようにつなぐか(軌道面内・面間リンク)のシミュレーションと、その利点について学術的な視点から記述されています。

5. 各国のスマホ直接接続(Direct to Cell)パートナー一覧

世界中のどの通信キャリアがスターリンクと提携しているかの公式リストです。

Polaris Dawn crew, SpaceX discuss upcoming Dragon mission - full news conference

https://www.youtube.com/watch?v=ZnTTcn5q9yU

SpaceX Starlink Rival Russia’s All Laser Internet From Space

https://www.youtube.com/watch?v=W2w0zadjW-4

 


 


 

電源系の設計が衛星ミッションを左右する:故障事例に基づいて

はじめに:電源系の構成と脆弱性

人工衛星の電源系(Power Subsystem)は、宇宙機の全機能を支える基盤である。太陽電池パネル(Solar Array)による発電、バッテリー(Battery)による蓄電、電力制御ユニット(Power Control Unit, PCU)による電圧・電流の調整、そして配電系(Power Distribution Unit, PDU)による各機器への供給。この一連の流れが、軌道上での昼夜サイクルや姿勢変化に応じて、安定した電力供給を実現している。

しかし、宇宙環境は電源系にとって過酷である。放射線、熱サイクル、振動、真空、長期劣化などが複合的に作用し、設計時には想定しきれない故障を引き起こすことがある。特に、電力制御ユニットやバッテリーの故障は、衛星全体の機能停止や制御不能状態に直結する。

NASAの技術報告「NASAの技術報告 『Reliability of Small Satellites (NTRS 20190002705)」によれば、電源系の不具合は小型衛星のミッション失敗要因の中でも上位に位置しており、設計・試験・運用の各段階での対策が不可欠である。本稿では、近年の代表的な故障事例を通じて、電源系の脆弱性と設計者が考えるべき視点を整理する。

 

1.事例分析:電源系の故障とその背景

1.1 Sentinel-1B(欧州、2022年)

Sentinel-1Bは、ESAが運用する地球観測衛星であり、合成開口レーダー(SAR)による高精度な地表観測を担っていた。2022年、電力供給系の異常によりSARペイロードが停止し、ミッションは終了した。

電力制御ユニット(PCU)内の1.2V電圧レギュレータ回路に深刻な短絡(ショート)が発生し、安定した電力供給ができなくなった。ESAの独立調査委員会は、この故障が放射線環境によるものではなく、部品または製造上の固有の脆弱性が特定の運用条件下で顕在化したものであると結論付けている。

冗長系への切り替えも試みられたが、SARペイロードへの電力供給は回復せず、衛星は運用終了となった。

この事例から考えたいこと:

  • 電力制御系には放射線耐性部品の選定が不可欠である

  • 高リスク軌道(SAAなど)ではシールド設計と通過時の負荷制限を検討すること

  • ペイロード系への電力供給は多段冗長化が望ましい

 

1.2 Galaxy 15(米国、2010年)

Galaxy 15は、通信衛星として正常に運用されていたが、2010年にコマンド受信系が応答不能となり、いわゆる「ゾンビ衛星」として制御不能状態に陥った。

原因は、強力な太陽活動に伴う静電気放電(ESD)の影響により、ベースバンド・プロセッサがソフトウェア的なロックアップ(シングルイベント機能停止:SEFI)を起こし、地上からのコマンドを処理不能となった。電源系は生きていたため、衛星は信号を出し続ける『ゾンビ』状態となった。強力な太陽活動に伴う静電気放電(ESD)の影響により、ベースバンド・プロセッサがソフトウェア的なロックアップ(シングルイベント機能停止:SEFI)を起こし、地上からのコマンドを処理不能となった。電源系は生きていたため、衛星は信号を出し続ける『ゾンビ』状態となった。電源系からの電力供給は継続していたが、制御系がフリーズし地上からの指示を一切受け付けなくなった。

衛星は通信信号を発し続けたため、周辺の通信衛星との干渉リスクが生じた。最終的には自然な軌道変化により干渉は回避されたが、制御不能状態が数ヶ月続いた。

この事例から考えたいこと:

  • 電源系の異常は制御系・通信系に波及する可能性がある

  • 過電圧保護回路とソフトウェアによる自律復旧機能の連携を検討すること

  • 通信衛星では干渉リスクを想定したフェイルセーフ設計が必要である

 

1.3 ViaSat-3 Americas(米国、2023年)

ViaSat-3 Americasは、超大容量通信を目的としたViasat社の最新鋭静止衛星である。2023年の打ち上げ後、軌道上での運用初期に、大口径リフレクタアンテナの展開異常が発生した。

調査の結果、アンテナを展開させるための機械的機構、あるいはその駆動部への電力・信号供給を担う大口径リフレクタアンテナの機械的な展開不具合が発生した。
製造元との共同調査の結果、アンテナのリフレクタ自体に予期せぬ挙動があり、意図した形状に展開しきれなかったことが判明。
これにより、アンテナの利得が大幅に低下し、通信能力が設計の10%未満に制限される結果となった。大口径リフレクタアンテナの機械的な展開不具合が発生した。
製造元との共同調査の結果、アンテナのリフレクタ自体に予期せぬ挙動があり、意図した形状に展開しきれなかったことが判明。
これにより、アンテナの利得が大幅に低下し、通信能力が設計の10%未満に制限される結果となった。

この異常により、衛星の通信能力は設計値の10%以下にまで激減する致命的な事態となった。

この事例から考えたいこと:

  • 展開機構のような可動部への電力供給経路(ハーネス)は、機械的ストレスに対して極めて脆弱である

     

  • 地上での展開試験では再現しきれない、微小な重力や熱環境の差が電気的・機械的故障を誘発する

     

  • 電源供給から駆動制御までを統合した「エンド・ツー・エンド」の動作保証が不可欠である

 

2. 設計・試験・運用へのヒント

電源系の故障は、単なる電力喪失にとどまらず、衛星全体の機能停止や制御不能状態を引き起こす。設計者は、電源系を「単なる供給源」ではなく、「宇宙機の中枢」として捉える必要がある。以下に、設計・試験・運用の各段階で検討すべき視点を整理する。

2.1 設計段階でのヒント

  • 放射線耐性部品の選定とシールド設計について考えてみること

  • 過電圧保護回路とソフトウェア復旧機能の連携設計を検討すること

  • 熱疲労を考慮した接合部の柔軟設計と材料選定を見直すこと

  • ペイロード系への独立供給経路を含む多段冗長化の可能性を探ること

2.2 試験段階でのヒント

  • 熱サイクル試験と振動試験を統合し、接合部の長期劣化を評価すること

  • 放射線照射試験を通じて、電力制御ユニットの耐性を定量化すること

  • 電圧・電流・温度のリアルタイム監視と異常検知アルゴリズムの検証を行うこと

2.3 運用段階でのヒント

  • SAA通過時の電力負荷制限やペイロード休止モードの導入を検討すること

  • 通信断絶時の自律復旧機能(タイマーリセット、セーフモード移行)の実装を考えること

  • 電力供給の断続性を早期に検知するためのテレメトリ解析と予兆検知モデルの導入を検討すること

 

3. 故障要因と影響範囲の整理

故障要因 影響を受ける機能 結果
放射線による電圧レギュレータ損傷 電力制御ユニット(PCU) ペイロード電力供給停止・ミッション終了
静電気放電 (ESD) によるフリーズ コマンド・制御プロセッサ コマンド受信不能・ゾンビ衛星化
駆動部・給電系の物理的障害 アンテナ駆動/電源供給系 展開不能・通信能力の大幅喪失
 

4.電源系設計に求められる視点の転換

電源系は、宇宙機の「静かな基盤」であると同時に、最も多くのサブシステムと接点を持つ「設計の交差点」でもある。電力が止まれば、通信も制御も観測も成り立たない。だからこそ、電源系の故障は単なる技術的トラブルではなく、設計思想の限界を映し出す鏡である。

Sentinel-1Bのように、放射線が電力制御ユニットを破壊すれば、ペイロードは沈黙する。Galaxy 15のように、過電圧が制御系をロックアップすれば、衛星は制御不能のまま軌道を漂う。ViaSat-3のように、展開機構の物理的な不具合が起これば、通信能力は激減し、ミッションの完遂は危うくなる。

これらの事例は、電源系が「設計の後回し」にされるべきではないことを示している。むしろ、電源系こそが、宇宙機の信頼性・安全性・持続性を左右する中核であり、設計者の責任が最も問われる領域である。

電源系の設計は「見えないものを守る技術」である。宇宙の過酷な環境の中で、電力という不可視の資源を安定的に供給し続けるためには、設計者は物理だけでなく、時間・環境・運用のすべてを見通す必要がある。

宇宙機設計においては、電源系を「単なる電力供給装置」ではなく、「宇宙機生存戦略」とすることが求められる。そのためには、放射線・熱・振動・劣化・冗長性・自律性といった複数の軸を横断する設計思考が不可欠である。

「電力が止まったとき、衛星は何を失うのか。そして、どうすればそれを守れるのか。」

を常に考える必要がある。

 出典情報

以下は、本稿で取り上げた電源系の故障事例に関する出典情報です。いずれも2025年11月時点でアクセス可能であり、技術的背景や設計上の教訓を裏付ける一次情報または信頼性の高い報道・技術資料に基づいています。

Sentinel-1B(欧州、2022年)

Galaxy 15(米国、2010年)

ViaSat-3 Americas Antenna Anomaly

Reliability of Small Satellites

  • 発行年:2019年

  • 著者:Michael Swartwout

  • 発表主体:NASA Technical Reports Server(NTRS)

  • 内容:小型衛星におけるミッション失敗の要因を統計的に分析。電源系の不具合が高頻度で発生していることを示し、設計・試験・運用の改善余地を指摘。

  • URL:

    https://ntrs.nasa.gov/citations/20190002705

 


 


 

設計は1つのシステムで終わらない—System of SystemsとNASAのSystems Engineeringの違いを読み解く

1. はじめに:あなたの設計は、誰かのシステムとつながっている

ある若手エンジニアが、都市交通のセンサーを設計していた。彼はそのセンサーが、信号機と連携して車の流れを制御するだけだと思っていた。ところが、ある日そのセンサーが、災害時の避難誘導システムと連携していることを知る。

「えっ、そんな連携まで考えなきゃいけないの?」

そう、今の技術者は、単体のシステムだけでなく、他のシステムとの関係性まで設計する時代に生きている。NASAはこの課題に、長年のSystems Engineering(SE)と新たなSystem of Systems(SoS)という視点で向き合ってきた。

 

2. NASAの物語:アポロからISSへ、設計思想の転換点

1960年代、NASAアポロ計画で「1つの完璧なシステム」を目指した。ロケット、宇宙船、地上管制はすべて統合され、中央集権的に設計・運用された。これは従来型のSEの典型であり、要求定義から検証までが一貫して管理されていた。

しかし1990年代以降、NASA国際宇宙ステーションISSという新たな挑戦に直面する。米国、ロシア、日本、欧州などがそれぞれ独立して設計したモジュールを、共通のルールで連携させる必要があった。ここでは、分散型ガバナンス進化的要求が前提となり、従来のSEだけでは対応できなかった。

この転換点こそが、System of Systemsという考え方の実践的な始まりだった。

 

3. System of Systemsとは何か?—定義と特徴

System of Systems(SoS)とは、複数の独立したシステムが連携し、全体として新たな価値を生み出す構造のこと。SoSの特徴は、単なる技術的な複雑さではなく、運用・管理・社会的背景の複雑さにある。

  • 分散管理:構成システムがそれぞれ独立して運用される

  • 創発:連携によって予期せぬ機能や挙動が現れる

  • 非同期ライフサイクル:各システムの更新・廃棄タイミングが異なる

  • 社会技術的統合:技術だけでなく、人・制度・文化も設計対象になる

SoSは、設計者が「つなぐ人」になるための視点でもある。

 

4. NASAのSystems Engineeringとは?—原則と進化

Systems Engineering(SE)は、複雑な技術システムを計画・設計・運用するための体系的な手法。NASAでは、SEは以下のような原則に基づいて運用されてきた:

  • 要求定義:ミッションの目的を明確にし、必要な機能を定義する

  • 統合設計:複数の技術要素を一貫性のある構造にまとめる

  • 検証・妥当性確認:設計が要求を満たしているかを評価する

  • ライフサイクル管理:設計から運用、廃棄までを一貫して管理する

近年では、MBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)や反復型要求定義など、SoS的な課題に対応するための進化も進んでいる。

 

5. SEとSoSの違いを明文化する(拡張版)

Systems Engineering(SE)とSystem of Systems(SoS)は、どちらも複雑な技術設計を扱うが、設計の前提・対象・運用の考え方が根本的に異なるNASAやINCOSEの定義を踏まえながら、実務者の視点でその違いを詳しく見ていこう。

■ 管理構造:統制か協調か

SEは、プロジェクト全体を中央で統括する「トップダウン型」の管理が基本。設計者が要求を定義し、各要素を統合していく。これはアポロ計画のような単一ミッションに適している。

SoSでは、構成システムがそれぞれ独立して運用されるため、「分散型ガバナンス」が求められる。ISSでは、各国が自律的にモジュールを管理しながら、国際的な合意形成によって全体の調和を図っている。ここでは、中央の指令ではなく、調整と信頼が設計の鍵となる。

■ 要求定義:固定か進化か

SEでは、初期段階で要求を明確に定義し、それに基づいて設計・検証を進める。変更は最小限に抑えるのが理想とされる。

SoSでは、要求は時間とともに変化することが前提。火星探査機群のように、運用中に新たな科学的ニーズが生じることも多く、設計は「進化的要求定義」に対応できる柔軟性が必要となる。設計は“完成”ではなく“更新可能な仮説”として扱われる

■ 検証・妥当性確認:静的か動的か

SEでは、設計が要求を満たしているかを静的に評価する。テスト、レビュー、シミュレーションなどが中心だ。

SoSでは、構成システムの連携によって創発的な挙動が生じるため、検証は動的かつ継続的に行われる。ABM(エージェントベースモデリング)やシナリオベース評価など、予測不能な振る舞いに備える検証手法が必要になる。

■ ライフサイクル:同期か非同期か

SEでは、システム全体が同じタイミングで設計・運用・廃棄されることが多い。

SoSでは、構成システムごとにライフサイクルが異なる。地球観測衛星群では、ある衛星が運用終了しても、他の衛星が新たに追加されることで、全体の機能が維持・進化していく。設計は“流動的な生態系”として捉えられる

■ 設計対象:技術か社会技術

SEは主に技術的要素(機能、性能、信頼性など)を対象とする。

SoSでは、技術に加えて人・制度・文化などの社会技術的要素も設計対象となる。NASAでは、STIR(Socio-Technical Integration Research)を活用し、技術開発と社会的価値の統合を図っている。設計者は“技術者”であると同時に“調整者”でもある

 

6. 技術者がSoS的視点を持つためのヒント

SoSは高度な理論に見えるかもしれないが、現場の技術者が実践できる視点や手法も数多く存在する。ここでは、大学生から実務者までが取り組める具体的なアプローチを紹介する。

ステークホルダーマッピング

関係者(顧客、運用者、規制機関など)を整理し、それぞれの関心・影響・関係性を図にすることで、要求の変化や合意形成の難しさを事前に把握できる。SoSでは、構成システムごとに異なるステークホルダーが存在するため、設計の“政治的地図”を描くことが重要

■ 依存関係の整理

各機能や構成要素がどこに依存しているかをマトリクスや構成図で整理することで、変更の影響範囲を明確にできる。SoSでは、構成システム間の依存関係が複雑化しやすいため、設計の“連鎖反応”を予測する力が求められる。

■ MBSEツールの活用

SysMLなどのMBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)ツールを使えば、要求・機能・構造の関係を視覚的に管理できる。NASAでもMBSEはSoS対応の基盤技術として導入されており、設計の“見える化”と“変更追跡”を可能にする

■ リッチピクチャー

技術だけでなく、制度・文化・感情などを含めた全体像を絵で表現することで、複雑な問題の構造を直感的に理解できる。SoSでは、技術者が社会とつながる視点を持つことが重要であり、設計の“物語”を描く力が育まれる。

■ 小さな実践から始める

SoS的視点は、いきなり大規模な設計に導入する必要はない。まずは、チーム内の役割整理、関係者との対話、設計変更の影響分析など、日常の業務の中で「つながり」を意識することから始めてみよう。SoSは“複雑さを受け入れる設計哲学”であり、“協調を設計する力”でもある

 

7. なぜ今、SoSが注目されているのか?(2023〜2025年の動向)

ここ3年で、SoSは技術・政策・社会の交差点で急速に注目を集める分野となっている。以下に、主な背景と動向を整理する。

■ 技術の多様化と連携の必然性

AI、IoT、宇宙通信、再生可能エネルギーなど、技術の進化が加速する中で、単体のシステムでは対応しきれない課題が増えている。McKinseyやGartnerの報告では、2024年以降、企業の70%以上が複数の技術プラットフォームを統合運用しているとされ、SoS的な設計が不可欠になっている。

■ 社会課題の複雑化と国際協調

気候変動、災害対応、医療連携など、複数の組織・制度が関与する課題が増加。NATOOECDの報告では、2023〜2025年にかけて、国際的なシステム連携の必要性が高まり、SoS的な政策設計が進んでいる

■ 宇宙探査と地球観測の進化

NASAESAは、火星探査機群や地球観測衛星群をSoS的に設計・運用しており、構成機器の追加・更新が常態化している。2025年には、複数の探査機が自律的に連携しながら科学的成果を最大化する設計が標準化されつつある。

■ 標準化と教育の進展

INCOSEの「Systems Engineering Vision 2035」では、SoSを次世代の設計標準として位置づけ、教育・ツール・プロセスの整備が進行中。

INCOSE(国際システムズエンジニアリング協会)は、2023年以降、SoSに関する国際標準(ISO/IEC/IEEE 21839, 21840, 21841)を整備し、ライフサイクル、設計原則、分類体系を明文化した。これにより、SoSは「理論」から「実務の枠組み」へと進化しつつある。

また、NASAや米国防総省では、SoS設計を扱う技術者向け教育プログラムが拡充されており、大学・研究機関でもMBSE+SoS設計演習が導入され始めている。SoSは、もはや一部の専門家だけの領域ではなく、広範な技術者が関わる設計基盤となりつつある。

 

8. まとめ

SoSという言葉に、最初は「遠い未来の話」「大規模システムだけの話」と感じるかもしれない。でも、実務の現場ではすでに、複数のシステムが連携し、互いに影響を与え合う構造が日常化している。

たとえば、都市の交通システムは、気象データ、災害情報、エネルギー供給と連携して動いている。医療機器は、病院の情報システム、保険制度、遠隔診療プラットフォームと接続されている。これらはすべて、System of Systems的な構造だ。

実務者にとって重要なのは、「自分の設計が、どこまで他のシステムと関係しているか」を意識すること。そして、その関係性を設計に組み込む力を持つこと。

SoS的な視点は、以下のような力を育ててくれる:

  • 変化に強い設計:要求が変わっても対応できる柔軟性

  • 協調を促す設計:他者と連携しやすいインターフェースと運用

  • 社会とつながる設計:制度・文化・人の動きまで考慮した構造

設計は、もはや「閉じた技術」ではない。開かれた関係性の中で、持続可能な価値を生み出す行為になっている。

System of Systemsは、その設計思想のひとつの答えだ。 そしてその実践は、あなたの現場から始められる。

 

出典一覧(参考資料・再確認済み)

NASA関連資料

INCOSE・国際標準関連

国際動向・政策関連

 


 


 

ボーイング、製造期間を50%短縮!宇宙の過酷な環境に耐える『3Dプリントの翼』とは?

現在、宇宙ビジネスは「いかに高性能な衛星を作るか」という競争から、「いかに速く、低コストで衛星を打ち上げるか」というスピード競争のフェーズに突入しています。その最前線で、航空宇宙大手のボーイング(Boeing)が驚くべき技術革新を発表しました。

それは、「人工衛星太陽電池パドル基板(サブストレート)を3Dプリントで丸ごと製造する」というものです。

これまで数ヶ月を要していた製造期間をわずか半分に短縮し、複雑な構造を一体成形するこの技術。今回の記事では、このニュースの裏側にある技術的背景、宇宙専用の特殊材料「PEKK」の秘密、そしてこの技術が宇宙ビジネスのコスト構造をどう変えるのか、深掘りして解説します。

1. そもそも「太陽電池パドル基板」とは何か?

人工衛星が宇宙空間で活動するためのエネルギー源は、その多くを太陽光発電に頼っています。衛星の両脇に広がる大きな「翼」、それが太陽電池パドルです。

このパドルは、大きく分けて2つの要素で構成されています。

  1. 太陽電池セル: 光を電気に変える半導体部分。

  2. 基板(サブストレート): セルを貼り付け、構造を支える「板」の部分。

今回、ボーイングが革命を起こしたのは後者の「基板」です。一見ただの板に見えますが、宇宙の過酷な環境に耐えつつ、展開機構(ヒンジ)や膨大な配線を支える、極めて高い精度が求められる重要なパーツです。

2. 3Dプリントが壊す「製造の壁」

これまで、衛星の基板製造は「職人の世界」でした。

従来の製造工程(コンポジット成形)

従来は、炭素繊維(カーボン)のシートを何層も重ね、接着剤を塗り、大型の圧力釜(オートクレーブ)で長時間焼き固める「コンポジット成形」が主流でした。しかし、この方法には大きな課題がありました。

  • 部品点数の膨大さ: 基板はただの板ではありません。太陽電池から電気を送るための配線を通す管(ハーネスパス)や、パドルを固定するための金具など、数十個から数百個の別部品を、後から手作業で一つひとつ接着・固定する必要がありました。

  • 専用治具のリードタイム: 衛星のモデルごとに異なる「型」を作る必要があり、その準備だけで数ヶ月を要することが珍しくありませんでした。

3Dプリントによる「一体成形」の衝撃

ボーイングの新技術は、これらの課題を「印刷」というプロセスで一気に解決しました。

最大のポイントは、配線経路や取付ポイントを、基板そのものと同時にプリントしてしまう点にあります。

これにより、後付けの接着工程が不要になり、製造期間を最大6ヶ月(従来比で約50%)も短縮することに成功したのです。

3. 宇宙の過酷な環境に耐える魔法の材料「PEKK」

「プラスチックを宇宙に持って行って大丈夫なのか?」という疑問を持つ方もいるでしょう。

ここで登場するのが、超高性能樹脂PEKK(ポリエーテルケトンケトン)です。

宇宙空間での驚異的な耐性

PEKKは、いわゆる「スーパーエンプラ」の頂点に立つ材料の一つです。

  • 温度耐性: 宇宙は太陽が当たれば100℃を超え、日陰に入ればマイナス100℃を下回る極限の世界です。PEKKは250℃以上の連続使用に耐え、低温でも強度が落ちにくい特性を持っています。

  • アウトガス対策: 真空中では、普通の樹脂は内部の成分がガスとして抜けてしまいます。これが太陽電池やカメラのレンズに付着すると故障の原因になりますが、PEKKはこの「ガス放出(アウトガス)」が極めて少ないため、宇宙用として理想的です。

  • 軽量化: アルミニウムと同等の強度を維持しながら、重量は圧倒的に軽くできます。

3Dプリントの使い勝手

一方で、PEKKは非常に扱いが難しい材料でもあります。

プリントには300〜400℃以上の超高温を維持できる特殊な産業用プリンターが必要です。

ボーイングはこの難加工材料を自在に操る技術を確立したことで、他社に対する大きなアドバンテージを得ました。

4. コストとビジネスへのインパク

「製造時間が半分になった」事実は、宇宙ビジネスの収支を劇的に改善します。

衛星製造費用の内訳(推定)

一般的に、人工衛星のプロジェクト費用のうち、衛星バス(構造・電力系など)の製造コストは約40%を占めると言われています。

太陽電池パドルはこのバス部の中でも特に高価で複雑な部位です。

製造期間が6ヶ月短縮されるということは、その期間の高度な専門技術者の人件費やクリーンルームの維持費がそのまま削減されることを意味します。

打ち上げコストへの波及

3Dプリントによる軽量化は、打ち上げコストにも直結します。

  • 1kgあたりの輸送単価: 現在の打ち上げコストは1kgあたり数百万円から数千万円。基板が軽量化されれば、その分、より多くの燃料や観測機器を積むか、あるいは打ち上げ費用そのものを抑えることが可能です。

  • ライドシェア(相乗り): 衛星が小型・軽量化されれば、1基のロケットに何十機もの衛星を載せる「ライドシェア」が容易になり、1機あたりのビジネス展開スピードが加速します。

5. この技術はどこへ向かうのか?

この3Dプリント基板は、まずボーイングの子会社であるミレニアム・スペース・システムズ(Millennium Space Systems)の小型衛星に搭載され、飛行実績(フライトヘリテージ)を積む予定です。

 

そして2026年までには、ボーイングの主力である大型衛星プラットフォーム「702シリーズ」への導入が計画されています。

これが実現すれば、通信衛星や軍事衛星といった大型ミッションの納期も劇的に短縮されることになるでしょう。

 

参考になりそうな記事

1. ボーイング公式・最新プレスリリース

2. 衛星開発の実績と背景(ミレニアム・スペース・システムズ)

3. 宇宙用材料「PEKK」と3Dプリントの技術解説

4. 業界ニュースと専門家の分析

 


 


 

推進系の失敗はなぜ起きるのか:事例に学ぶ設計と運用の盲点

1. はじめに:推進系の役割と設計上の課題

人工衛星の推進系(Propulsion System)は、衛星の軌道投入、姿勢制御、軌道維持、そして最終的な離脱操作(deorbit)までを担う、いわば「宇宙機の生命線」である。推進系が正常に作動しなければ、衛星は所定の軌道に到達できず、通信・観測・測位などのミッションは成立しない。さらに、軌道修正が不可能となれば、衛星は制御不能デブリとなり、他の宇宙機への衝突リスクを高める。

推進系には大きく分けて、化学推進(バイプロペラント、モノプロペラント)と電気推進(ホールスラスタ、イオンスラスタなど)があり、それぞれに特有の利点とリスクが存在する。化学推進は高推力・短時間の軌道遷移に適している一方、電気推進は燃料効率に優れ、長期的な軌道維持に向いている。

しかし、推進系の故障は他のサブシステムと異なり、即時かつ不可逆的な影響を及ぼすことが多い。特に軌道投入や軌道遷移中の異常は、衛星の回収不能な損失につながる。NASAの技術報告「Reliability of Small SatellitesReliability of Small Satellites」によれば、推進系の不具合は小型衛星のミッション失敗要因の中でも高い割合を占めており、設計・試験・運用の各段階での対策が急務である。

本稿では、代表的な推進系の故障事例を取り上げ、設計・運用・インターフェースの観点からその技術的背景と設計への示唆を深掘りする。

 

2. 事例分析:推進系の故障とその背景

2.1 Intelsat 33e(米国、2016年)

Intelsat 33eは、Ariane 5ロケットによりGTO静止トランスファ軌道)へ投入された後、電気推進によってGEO(静止軌道)へ遷移する計画であった。しかし、キセノン供給系の異常により、ホールスラスタが設計通りに作動せず、軌道遷移に大幅な遅延が発生した。

原因は、初期の軌道上昇に使用されるメインの化学推進エンジン(Leros-1b)の故障であった。このため、バックアップの低推力スラスタを使用して軌道投入を行うことを余儀なくされ、予定より数ヶ月の遅延が生じた。その後、運用開始後にも別のスラスターの問題が発生し、最終的に設計寿命が約1.5年短縮される見込みとなった。

この事例から考えられること:

  • メインエンジンの単一故障(Single Point Failure)がミッション全体に及ぼす影響を最小化する設計が必要である。

     

  • 推進系の冗長性とクロスサポート設計(バックアップスラスタによる軌道投入能力)がミッション継続の鍵となる

     

  • 地上試験では、メインエンジンだけでなく、バックアップ系の長時間運用シナリオも評価する必要がある

2.2 Ekspress-AM4(ロシア、2011年)

Ekspress-AM4は、ロシアの通信衛星としてProton-Mロケットで打ち上げられたが、上段ロケット(Briz-M)の姿勢制御異常により、衛星は意図しない軌道に投入された。

Briz-Mの最終燃焼段階で、ジャイロスコープのプラットフォームが燃焼中に誤った方向を向いたこと(プログラミングエラー)による軌道逸脱が発生した。衛星自体は健全であったが、軌道が大きく逸脱しており、推進剤の残量では軌道修正が不可能であった。

この事例から考えられること:

  • 衛星とロケットのインターフェース設計と検証が極めて重要である

  • 上段ロケットの姿勢センサと誘導制御系の冗長性を確保する必要がある

  • 衛星側にも軌道回復能力(orbit recovery capability)を持たせる設計が望ましい

 

2.3 GSAT-6A(インド、2018年)

2回目の軌道修正後のエンジン燃焼終了直後、突如として通信が途絶した。ISROは故障原因を特定する公式声明を出していないが、推進系作動に伴う電源回路のショートや、熱ストレスによる電力系の致命的故障が有力な説として専門家の間で議論されている。

この事例から考えられること:

  • 推進系作動時の電力・熱負荷を全体システムで評価する必要がある

  • 推進系と電源系の熱的・電気的絶縁設計を検討すること

  • 通信断絶時の自律復旧機能(fail-safe mode)の実装を考えてみること

 

3. 故障メカニズムと影響範囲の整理

故障要因 影響を受ける機能 結果
流路内異物混入 化学/電気推進系のバルブ閉塞・流量異常 推力不足、軌道遷移の遅延・寿命短縮
姿勢情報の誤入力 上段ロケットの燃焼方向誤差 軌道逸脱、最悪の場合は衛星喪失
熱ストレスによる電源異常 電源系ショート・通信系への電磁干渉 テレメトリ断絶、ミッションロス
 

4. 設計・試験・運用へのヒント

推進系は、宇宙機の運動を担う中枢であると同時に、設計思想・試験手法・運用戦略の交差点でもある。故障事例から得られる教訓は、単なる技術的対策にとどまらず、設計者の思考の幅を広げるヒントとなる。ここでは、設計・試験・運用の各フェーズにおいて検討すべき視点を整理する。

4.1 設計段階でのヒント

  • 流体系の清浄性管理について考えてみること 電気推進系は微粒子汚染に極めて敏感である。Intelsat 33eの事例は、地上試験段階での微小異物混入が軌道上で顕在化した典型例であり、クリーンルーム管理の徹底、流路洗浄の標準化、微粒子検出センサーの導入など、設計と製造の境界での品質管理が重要となる。

  • 推進系の冗長性設計を検討すること 推進系の冗長性は、単なるバックアップではなく、ミッション継続の鍵となる。化学推進と電気推進のクロスサポート設計、バルブや流量制御機構の二重化など、異常時の対応力を高める構成について再評価する余地がある。

  • ロケットとのインターフェース設計の再検討を行うこと Ekspress-AM4のように、上段ロケットの姿勢制御異常が衛星の軌道投入に致命的な影響を与えるケースでは、衛星とロケット間の誘導・姿勢情報の整合性、インターフェース試験の徹底が不可欠である。衛星側にも軌道回復能力(orbit recovery capability)を持たせる設計思想の導入を検討したい。

  • 熱・電力負荷のピーク設計について考えてみること GSAT-6Aの事例では、推進系作動時の電力・熱負荷が通信系や電源系に影響を与えた可能性が指摘されている。推進系作動時のピーク負荷を全体システムで評価し、熱的・電気的絶縁設計を含めた統合設計が求められる。

4.2 試験段階でのヒント

  • 推進系作動時の統合環境試験を導入すること 推進系単体の性能試験だけでなく、作動時の熱・電力・振動・電磁干渉などが他のサブシステムに与える影響を評価する統合試験が必要である。特に軌道遷移中の連続作動を模擬した長時間試験は、設計の妥当性を検証する上で有効である。

  • 姿勢制御系との連携試験を強化すること ロケットと衛星の誘導・姿勢情報の整合性を確認するため、地上試験段階でのインターフェース検証を強化することが望ましい。Briz-Mのような上段ロケットとの連携では、冗長センサ系やクロスチェック機構の導入も検討に値する。

  • 推進系の流量制御とセンサ応答性の評価方法を見直すこと 微粒子混入による流量異常は、地上では検出困難な場合がある。流量センサの応答性、異常検知アルゴリズム、流路設計の冗長性など、試験手法の再構築が必要である。

4.3 運用段階でのヒント

  • 通信断絶時の自律復旧機能について考えてみること GSAT-6Aのように、推進系作動中に通信が途絶した場合、衛星は地上からの指令を受けられず、軌道修正や姿勢制御が不可能になる。こうした事態に備え、タイマーによるリセット、セーフモードへの自動移行、冗長通信経路の確保など、自律的な復旧機能の設計が求められる。

  • 推進系作動時のシステム全体への影響を運用設計に反映すること 推進系は高電力・高熱負荷を伴うため、電源系や通信系との干渉が起こりやすい。運用スケジュールにおいては、推進作動時の他系統の負荷を軽減するようなタイミング調整や、事前の電力・熱分配シミュレーションが有効である。

  • 異常検知と対応手順の標準化について検討すること 推進系の異常は即時対応が求められるため、地上局との連携体制、異常時の判断基準、対応手順の標準化が不可欠である。特に電気推進では、推力低下や流量異常が徐々に進行するケースもあるため、テレメトリの傾向分析と予兆検知の仕組みが有効となる。

5. 総括:推進系は設計思想の集約点

推進系は、宇宙機の運動を司るだけでなく、設計思想の集約点でもある。流体制御、電気・熱設計、誘導・姿勢制御、通信・電源とのインターフェースなど、複数の技術領域が交差するため、設計者には統合的な視点が求められる。

本章で取り上げた事例は、いずれも推進系単体の不具合ではなく、周辺系との相互作用や設計・試験・運用の連携不足が背景にある。「推進系の故障は、設計者の思考の断絶を映す鏡」である。だからこそ、設計者は推進系を単なる推力源としてではなく、「宇宙機の振る舞いを決定づける中枢」として捉え直す必要がある。

 
出典情報

 


 

モーダルサーベイと呼ばれる共振周波数/共振点探査/振動応答検査のための試験と分析の基礎

モーダルサーベイ試験

モーダルサーベイ試験は、試験する物体に対して低レベルでの加速度を振動試験機で負荷させ、得られ加速度応答データから物体の固有値周波数(振動数)や物体の振動による変形(振動モード)を得る試験のことをいいます。全機振動試験/共振点探査/振動応答検査ともいわれます。

試験自体はランダム振動試験や正弦波振動試験の低加速度レベルで試験されます。

 

モーダルサーベイ試験と宇宙機開発の関係

モーダルサーベイ試験は、宇宙機の機械環境試験でもよく使用されています。

 

一つは、ロケットの打上げ振動、あるいはモーターを含む駆動部品、製品内部の部品同士が共振する周波数(共振周波数)にないことを確認するために試験を実施します。

 

さらには、ロケットの打上げ環境を模擬した高負荷を掛けるランダム振動試験や正弦波振動試験などの振動試験前後で行われ、高負荷を掛けた振動試験中に、構造的な破損が発生していないかを確認する際に使用されます。

 

物体の固有値周波数や振動モードのデータを得ることにより、物体を分解せずとも物体内部(電子部品や基板、ネジなど)の破損の有無を推定することを可能としています。

 

また、目視では確認できない構造的な異常の有無をデータにより確認する方法としても利用されます。

 

ただしこの使われ方は一般的ではなく、通常の製品でモーダルサーベイ試験を実施する場合は、試験体の共振周波数を取得することをメインとしており、物体の破損の確認のために主要な負荷をかける振動試験前後の2回で実施されることはとても少なく、試験前の一回で終わることが多いようです。

 

一般的には、内部部品同士や搭載先の部品との共振が発生していないかを確認しつつ、構造シミュレーション結果とモーダルサーベイ試験の結果を合わせることにより、構造シミュレーションで構築する数学モデルの精度を向上させることにも使用されます。

モーダルサーベイ試験の取得周波数範囲

人工衛星の場合、モーダルサーベイ試験の取得周波数帯は20-2000Hzと広域で取得されることが多いです。

一方、通常の製品の場合はそこまでの広域を取得することは少なく、200Hzまでであったり、500Hzまでであることが多いです。

 

これは、どの加振機であっても、高周波数帯でノイズを受けてしまい、精度が低くなってしまうことが理由となります。

精度が低いのであれば、取得する必要性も低下します。

 

特に正弦波振動でのモーダルサーベイ試験は、取得周波数帯がそのまま試験時間に直結してしまうため、短い範囲で取得した方が費用的にも安くなります。

 

人工衛星を含めた宇宙機の場合は、前述のように振動試験による故障を分解せずに推定する、さらにいうと試験対象の組み立ての確からしさ(ワークマンシップ)を確認することも目的の一つにしています。

そのため、(高周波数帯を含めた)広域の周波数帯のデータを取得した方が得られるデータが多く、実際に不具合が発生したときに有利に働くことが往々にしてあります。

 

宇宙機では、試験回数も多量に生産しないため試験用の製品でも高価で、複数台作られることが少なく、また、披露蓄積の観点から複数回試験することも少なく、試験そのものが貴重な機会になります。

 

このように広域で取得された周波数帯のうち、低周波数帯は外部(ロケットなど)の固有値振動数と共振しないかを確認するためであり、高周波数帯は前述のとおり物体の構造的な異常を確認しています。

 

一方で高周波数帯のデータは、高速フーリエ変換FFT)を使用してもノイズが大きく、宇宙機を試験したことのない振動試験作業者からは意味のないように思われることも多くみられるのは事実です。

しかし高周波数帯のブロードな形状は、構造物全体の傾向や試験前後の異常を検知するための判断要素になりえます。

宇宙機でのモーダルサーベイ試験のデータ取得の目的

宇宙機でのモーダルサーベイ試験のデータ取得は、共振周波数を確認することを目的の一つにしているのですが、宇宙機の場合は優先度としては低めに設定されます。

 

というのも、宇宙機の場合は打ち上げない試験用で打ち上げる機体とほぼ同一の構造を持つEM(エンジニアリングモデル)、あるいはSM(ストラクチャーモデル)を利用して、事前に確認していることが多いのが理由です。

 

ちなみに一部の宇宙機の開発プロジェクトでは、EMあるいはSMを製造しない選択肢を取っていることもあります。これはリスクを検討した上での選択しています。

 

この辺りは特に、特定の開発手法というものはなく、各開発プロジェクトの様々な事情から選択されます。

開発上の確実性を狙うのであれば、いくつかのモデルを製作するべきですが、資金やスケジュールの問題からしばしばすべてのモデルを製造することが難しくなっています。

 

頭ごなしに開発手法を否定せず、リスクや制限条件を明確にしたうえで、実施の有無の判断をしていきましょう。

例えば、やり直しをリカバーできるだけのスケジュール感、過去と類似設計であるために、構造的には問題ないという判断、精度の高い構造シミュレーションモデルの製作ノウハウなどがその一端にはなりえます。

 

省略する場合は、何を犠牲にしてプロジェクトを進めているのか認識し、話し合った上で進めることをお勧めします。

 

プロジェクトは後になればなるほど、被害やストレスが過大になっていくものです。

 

モーダルサーベイ試験は正弦波振動試験かランダム振動試験か

モーダルサーベイ試験としては正弦波振動試験とランダム振動試験を使用します。

 

正弦波振動試験は、周波数をスイープして加振させていくために、特定の周波数帯で大きく振幅すれば、固有値振動数や共振が起きていると感覚的にも理解できるのではないでしょうか。

 

ではランダム振動試験が利用されているのはなぜでしょうか。

 

ランダム振動にはその名の通りランダムな振動要素が含まれており、その中に正弦波振動の成分もあります。

そのため、ランダム振動試験の条件でのモーダルサーベイ試験を実施しても共振点を探ることができます。

ランダム振動は正弦波振動以外にも複数の振動が組み合わされており、比較的実際の環境に近い振動環境を負荷させることができます。

 

モーダルサーベイ試験における正弦波振動試験やランダム振動試験は、製品の機能性能を確認する試験ではありません。

加速度も1Gにする必要もなく、掃引速度もあまりにゆっくりである必要もありません。

 

宇宙機では正弦波振動試験で実施する場合、掃引速度が4oct/min程度でも取得することが多いです。

 

一般製品の場合は、JIS規格(JIS C 60068-2-64:2011 (IEC 60068-2-64:2008) 、振動応答検査の欄)で1oct/min以下とされていることから、1oct/minを設定するプロジェクトが多い気がします。

共振点探査の共振とモード解析

共振は物体の固有値振動数(周波数)と外部の振動数(周波数)が一致した状態をいいます。

 

共振になると、減衰(ζ)がなければ周波数の振幅が無限大に増大していきます。

実際の構造は減衰が存在するために、振幅が無限大になることはありません。

 

この振幅の倍率は共振倍率Q=1/(2ζ)で計算され、どれだけ振幅が増幅するかを示しています。この計算式でわかる通り、振幅の増幅は物体の減衰によって計算されます。

 

振幅が大きくなると、物体が大きく震える(揺れる)ため、変形を引き起こし、物体の強度を越えると破壊されてしまいます。

 

振幅の大きさ(単位:m)と、振幅が1秒間に何回振動するか(振幅の波が何回発生するか)は振動数(単位:Hz)によって表されます。

 

複数の物体の振動数が、同じあるいは近いと振動が合成され、振幅が大きくなっていき、いわるゆる共振を発生させます。

 

構造設計では、固有振動数(物体が持つ固有の共振周波数】を構造シミュレーションや実試験により算出します。

物体の固有値振動数(周波数)と内外部からの振動による振動数(周波数)を離すために、部分的な物体の剛性を高くするなどの設計することが重要な課題となります。

 

文頭にざっくり述べましたがモーダルサーベイは、物体の構造を理解するための手法です。共振点探査や振動応答検査とも称されます。振動応答検査はJIS内で記述があるのですが、業界や組織によって呼称はまちまちであることも注意が必要です。

 

物体は、ある周波数で励起される(外部から特定の周波数を受ける)と、モードと呼ばれる特定の形状で振動あるいは変形します。この振動や変形も、複雑な組み合わせにより様々なモード形状が発生します。

試験や解析により、構造の固有値振動、モード減衰、およびモード形状を特定することをモード解析と呼ばれることもあります。

 

試験以外でもモード形状と固有振動数は、有限要素解析モデルといわれる数学的モデルを使用して予測することができます。構造シミュレーションや構造解析といわれます。

 

固有値振動数を確認し、共振周波数の情報を入手することで、物体がどの周波数帯域で振動するかを知ることができ、モード解析により、どのような変形をするのか知ることができます。

 

さらに変形量や物体への負荷を知るには、物体に対して外部からどのような負荷が掛かるのか、振動試験条件による負荷から算出することができます。

この負荷はマイルズの式により算出することができます。

mechanical-systems-sharing-ph.hatenablog.com

設計初期段階での構造シミュレーションの大切さ

構造シミュレーションはエンジニアが構造物を設計した時に、実物を製造する前に構造特性を理解するのに役立ちます。近年ではバーチャルエンジニアリングとも呼ばれる手法の一端を成しています。

 

この数学モデルも、設計の初期段階や初めて解析をする場合などは、実際に製造した構造物と差異があるため、ある程度の精度を得るまでは、試験機などを利用して実際もモーダルサーベイ試験結果と照合していくことで、物体の構造特性を理解する助けになります。

 

構造シミュレーションの経験者は、設計段階の不確かな部分を考慮しつつ、実際に製造した構造物と数学モデルで再現できない部分を考えながら、製品の評価をしていくことがとても大事です。

 

例えば、全ても固有値振動数を数%単位で合わせこむことは初期段階やある程度の製品の振動特性情報の蓄積がないと厳しい。

 

設計者が欲している都合の良い結果が出ることは少ないため、多面的な視点が必要になります。

 

特に初期から構造シミュレーションを取り入れずに、問題が発生してから取り入れる場合は、時間的制約や製造的な制約も発生するため、解析した結果を精査することが難しくなってしまうこともあります。

 

その場合は実際の製造物の固有値振動数などの振動特性をの合わせこみは止めて、振動特性の傾向に絞り込むのも一つの手段です。

どのモードが低周波数帯で発生するのか、最も揺れるモードがどこにあるのかなどを探っていくというのも分析手法としてはありです。

 

これらの確認は、設計の早いフェーズで実施していた方が、設計・製造の出戻りが少ないです。

宇宙機コンポーネントでいうと、電子部品がたくさん載っている基板の揺れを抑え込むために、支柱を増やしたり、座金の径を大きくしたり、ねじのサイズを上げたり、ねじの本数を上げたり、いくつかの材料を変更したり、振動を低減させるダンパーのようなものを追加するなどの具体的な案を取りやすくなります。

 

これらは設計後半になるほど、基盤の部品密度が高くなりすぎて、重量部品の移動ができなかったり、放熱のためのヒートシンクの場所や大きさが限定されてしまうことにより、設計・開発者を非常に悩ませます。

 

宇宙機コンポーネントの場合は削り出しであることが多く、再製作や再加工に時間がかかってしまうことが予想されます。

ハンマリング法

モーダルサーベイ試験には、ハンマリングと呼ばれるインパクトハンマーによる方法とモーダルシェイカーという方法が一般的です。

 

宇宙機ではモーダルシェイカーを利用することが多いです。

モーダルシェイカーとは、簡単に言い過ぎると振動加振機上で実際に筐体を振動させることです。小型もあります。

 

モーダルシェルカーが使われる理由の一つは、ハンマリングの方が筐体に対して何度も不均一な衝撃を加えるため、ダメージが予想できにくいことと、数メートルクラスの宇宙機に対して適度な威力で振動させることが難しいためです。

もしかすると、衝撃試験機により均一な衝撃を与えることが可能になっているかもしれませんが。

 

さて、数メートルクラスの宇宙機に対して衝撃を与えるほどのハンマリングの装置を準備するよりも、振動試験機(加振機)を使用した方が安定しており、すぐに振動試験に移行できるために時間的にも有利で、比較的再現性が高いということも理由の一つです。

モーダルサーベイ試験は正弦波振動とランダム振動のどっちでやるの?

モーダルサーベイ試験は前述のとおり、正弦波振動とランダム振動の両方で目的の振動特性を取得することができます。

そして、比較的ランダム振動で取得することが経験的には多いです。

 

というのも、正弦波振動試験の方がランダム応答試験よりも試験対象に付加される構造的なストレスが大きいためです。

 

感覚的には逆に思われる人が多くいそうですが、共振探査ではない正弦波振動試験も、ランダム振動試験よりも強い負荷を掛けられることが多いです。

 

実際にランダム振動試験より正弦波振動試験の方が、物理的な損傷による不具合が多くはないでしょうか? (これは経験則に寄るかもしれませんが)

 

このような理由から、宇宙機への負荷を減らしたいためにランダム振動試験を選択するプロジェクトが多くなっているのではないでかね。

 

もちろんランダム振動試験にもデメリットがあり、ランダム振動を負荷されていることから、想定とは違う回数のストレスを宇宙機に負荷されてしまいます。

 

おそらくは負荷の回数よりも宇宙機自体の負荷(ダメージ)を選択した結果でランダム振動を負荷させているのではないかと思います。

 

ただ、固有値振動数、共振周波数の正確性の確認を主としつつ、ある程度ダメージを得ってもよいモデル(試験用試作品)の場合は、正弦波振動試験の方が比較的正確性が高いです。

この辺りはプロジェクトの考え方次第です。

振動試験で主に得られるデータ

振動試験で主に得られるデータは、周波数応答関数(FRF)、コヒーレンスの信号データを注目します。

これらの信号による線形スペクトルから、パワースペクトルやクロスパワースペクトルを計算します。測定値はノイズも多いため、高速フーリエ変換を用いて平均化していきます。

 

周波数応答関数は、加振させる入力信号と加振により反応した出力信号の2つの信号から計算されます。伝達関数ともいわれます。

 

一般に出されるスペクトルはこの周波数応答関数によるものです。取得データの分解能が低い(取得データの周波数単位が少ない)場合は、高速フーリエ変換をしてもギザギザと荒い形状を成すことが多いです。

 

コヒーレントは周波数応答関数に関係して、加振により反応した部分が励起に起因するかを示し、測定自体の評価に使用されます。

縦軸が0から1で示され、基本は1側に張り付いており、構造的な応答が悪い場合に低くなる傾向があります。

参考文献

JIS C 60068-2-64:2011 (IEC 60068-2-64:2008) 環境試験方法−電気・電子− 第2-64部:広帯域ランダム振動試験方法及び指針

https://kikakurui.com/c60/C60068-2-64-2011-01.html

Basics of Modal Testing and Analysis

https://www.crystalinstruments.com/basics-of-modal-testing-and-analysis

設計において共振周波数を改善する方法とは?

https://d-monoweb.com/blog/improve-resonance-frequency/

周波数応答解析

https://www.fem-vandv.net/c27.html

第 4 章 環境試験・検証試験

https://kitsat.net/documents/Nishimura_part1_4.pdf

大型衛星に対する振動試験

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass1969/31/355/31_355_428/_pdf/-char/ja