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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

国際宇宙ステーション日本実験棟"きぼう"開発のすごいところ【基礎から知りたい】

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今回は『「きぼう」のつくりかた』から宇宙ステーション日本実験棟"きぼう"の熱制御についてまとめていきます。


 

 

日本で国際宇宙ステーション(International Space StationISS)のことをいうとき、ISSであったり、日本実験棟「きぼう」であったり、言われます。

 

国際宇宙ステーションは、アメリカ合衆国・ロシア・日本・カナダおよび欧州宇宙機関が協力して運用している地球の低軌道上に浮かんでいます。

 

日本で登場する単語としては、ISS国際宇宙ステーション、日本実験棟、きぼう、補給機、HTV、こうのとり、といった単語をよく聞くのではでしょうか。

 

全体を示している国際宇宙ステーションISS

ISSに4棟ある実験モジュールの一つ、日本実験棟「きぼう」

ISSへ物品を供給する宇宙ステーション補給機こうのとり」(HTV)

 

ISSは、1988年より開発を着手され、1998年に打上げが始まり2011年に完成しました。

 

実は「宇宙」ステーションは、ISS以外にいくつか打ち上っていますが、複数の国や組織が協力する人類史上初の大型宇宙ステーションで、今も運用が続けられています。

最近(2022年2月時点)、2030年で運用終了が予定されていますが。

 

 

宇宙ステーション日本実験棟

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付録1国際宇宙ステーションISS)計画概要 文部科学省資料

 

通常の宇宙開発では、冗長設計とか放射線対策、ロケット振動や人工衛星本体の寿命を引き延ばすための施策が行われているのですが、宇宙ステーションは有人開発であることから、安全対策がさらに行われることになります。

 

しかし、それだけに留まらないのがこの国際宇宙ステーションです。

 

海外の、しかもそれぞれ独自に宇宙開発をしてきた組織が協力して開発することになったのですが、これがなかなか難しい。

 

[1]独自に宇宙開発できるだけの能力をもった組織間の異文化コミュニケーション

 

独自に宇宙開発できるだけの能力があるということは、それぞれの開発方法の考え方があり組織文化があります。

 

依頼していた要求を満たすのはもちろんですが、その下地にある考え方の違いが積み重なることで、思いもよらない結果を引き起こすことになります。

 

製品として思いもよらない結果にならないように通常の宇宙開発では、それぞれの要求に対応しているのか組み合わせ試験であったりシステム試験といった複数のコンポーネントの試験を実施することですり合わせを行っていきます。

ただ、日本の開発していた日本実験棟ではそれが難しい事情がありました。

 

[2]海外の宇宙組織であるNASAと欧州のモジュールの方が先に組み立てる計画であるため、軌道上でしか試験できない

 

組み合わせの試験では、信号を模擬したシミュレーションを用いて試験をすることになるのですが、実機で試験することが望ましいことが多いです。

 

シミュレーションでは比較的きれいな信号を出せるのですが、シミュレーションでは模擬が難しい電磁波環境により信号がぶれたり、立ち上がりや立ち下がりの時、熱試験の時に、何かしらの影響で変化することがあります。

 

もちろん実機で実施しない場合は、搭載用しない地上試験やバックアップ用の機器を利用することもあれば、電磁波環境を測定したり、単体で実施する試験データを詳細に取得して提示する方法が多いです。

 

先に述べたように、開発文化が違うため、おそらくは普通の宇宙機開発よりも多くの対話と調整が必要になったことでしょう。

 

さて、計画の上で打ち上げ時期が遅かった日本実験棟本体も適合性確認試験(Multi-Element Integration Test-III: MEIT-III)と呼ばれる組み合わせ試験をNASAケネディ宇宙センター(KSC)で国際宇宙ステーション本体の結合部(ノード2)実機とアメリカの実験棟模擬装置を利用して試験をしていました。

 

実施された試験も、バルブ動作確認やエアロック動作確認、結合部の動作確認など、運用にクリティカルになる部分にとどまっていました。

 

また日本実験棟は、スペースシャトルで打ち上げることになるのですが、今まで使用したことがないスペースシャトルとのインタフェースの調整も必要でした。

 

[3]スペースシャトル国際宇宙ステーション全体との電力、通信、排熱、結合機構などとの技術調整がより調整を複雑化していた

 

スペースシャトルは、打ち上げ後に、想定の軌道に到達したあと、スペースシャトル自身の熱を放出するために、貨物室の屋根を開くことになります。

 

これによって日本実験棟自体が宇宙空間に放り出されるため、だいたいマイナス20度程度まで温度が下がります。

 

日本実験棟「きぼう」の中には国際宇宙ステーションで使われる冷却水も入っており、保温しなければ凍結してしまいます。

 

ただ凍結するだけならば、後で融かしてしまえばいいのですが、水の通っている配管が体積変化により破裂してしまう可能性もありました。

ゆえに、スペースシャトルから電力をもらい、ヒーターで保温するように調整をすることとなりました。。

 

ちなみに、価格次第ですが、実際の人工衛星でもロケットから電力をもらうことは可能です。

 

いわゆるホット・ローンチなどと言われる打上げ方式の場合は、ロケットから電力をもらい、常に人工衛星内部の装置を起動していたり、電力を充電していることがあります。

 

今回の日本実験棟の場合は、日本の宇宙機関であるJAXA側から最初は1系統分でちょうせいしていたところ、凍結のリスクからバックアップを設けるべきであるという考えになり、NASA側と調整してスペースシャトルから2系統分の電源をもらうことになりました。

 

調整が成功したのは日本実験棟「きぼう」は、多くの開発や調整の中で技術的にも信頼できるパートナーとして認められた結果なのかもしれません。

 

[4]地球外での長期運用を考慮した国際宇宙ステーション

 

国際宇宙ステーションは、その運用期間を考慮して、機器寿命と故障時に交換可能なインターフェイスにする要求がありました。

 

今まで日本で開発してきた人工衛星などは、宇宙空間に放出されるため、多くの場合は交換できない使い切りの製品です。

 

交換不要の使い切りであるため、かなり絞った設計をして成立した部分もあるのですが、交換可能となるとより構造的に余裕を持たせる必要が出てきます。

 

インターフェースは機構部分となるため摩耗や衝撃を受けやすいという欠点がありますが、この仕組みにより寿命を長くするのはもちろん、インターフェイスが同じであれば、新しい技術による改良品を交換することができるという点です。

 

このように各機器の共通の要求もあれば、国際宇宙ステーションの熱制御機器のように、すべて船内実験室の床下に配置するラックに装着されなければならず、位置が制限された中で機能を失わずに、本体のシステムとも連携が取れるようにインターフェースをとる要求もありました。

 

有人であることから、通常の宇宙機よりも十分な安全解析を行い、リスクを最小限にとどめるような対応が求められ、安全解析も考えることがあり、多くの未経験の課題をつぶしていかなくればならなかったのです。

 

当時は世界的にも、有人宇宙開発は事例が少なく、歴史も浅く、未知の領域も多く、時代的にも機密の情報が大半を占めておりで、かなり手探りで進めるしかありませんでした。

 

 

[5]日本実験棟「きぼう」の設計の源流

 

日本では開発当初、手探りで設計を進めていました。

 

それこそ、実物大の模型を使い、日本人の宇宙飛行士や設計者が集まって、問題点を洗い出し、NASAのメンバーと協力しながら設計を固めていきました。

 

何か一つ故障して、システムが落ちたとしても人命が失われる事態を避けなければなりません。

 

機械に不具合が起きたときに、その機能を人間が肩代わりする必要があるため、手動でも操作可能にするなどであることも考慮しなければいけません。

 

宇宙機の歴史は50年です。

 

一方、ロケットや人工衛星に近いシステムをとる航空機は100年以上あります。

 

日本の航空機の歴史は明治時代まで遡り、大正時代で航空機産業が黎明期を迎え、第一次世界大戦により航空機の有用性が示されると、世界的に注目が集まり日本も航空機産業が発展していくことになります。

 

歴史もさることながら、製造数も宇宙機の打ち上げ数が限られることから何十、何百分の一程度になります。

 

膨大な製造データの蓄積は、膨大な故障データにもつながり、これらのデータは分析され安全要求の製錬につながります。

 

手探りの中で、初めての有人宇宙機であることと、NASAメンバーとの協力から、設計漏れの少ない安全設計要求のノウハウは、現在の日本実験棟内での実験機器の設計や以降の有人宇宙開発に繋がるものになったといえます。

 

[6]有人宇宙機の設計から得たもの

 

多目的船外実験システムを持つ日本実験棟「きぼう」は、船外の駆動システムであるロボットアームなどを操作することができます。

 

駆動システムには、国際宇宙ステーションのほかのシステムと比べて大電力を必要としており、排熱する必要がありました。

 

積極的な熱制御(受動型熱制御)に加えて、熱の循環を良くするための機構を必要としない熱のバランスをとる制御(能動型熱制御)も合わせる必要がありました。

 

日本実験棟の能動型熱制御の開発では、宇宙空間という真空に暴露している環境から、機構部の潤滑技術などが必要となり、従来の人工衛星の推進系設計技術と原子力開発で培った熱管理設計技術を組み合わせて設計しました。

 

設計された結果は、日本実験棟打上げ前の1995年3月に、船外プラットフォームの部分モデルを日本版フリーフライヤー衛星である次世代型無人宇宙実験システム(SFU(Dpace Flyer Unit))に搭載し長期間の宇宙実証試験を行っています。

 

翌年1月、シャトルにはじめて登場した若田宇宙飛行士により、ロボットアームを操作して無事回収された。

 

日本実験棟で培った能動熱制御技術は、石油・化学プラントの熱設計に応用され、機構技術は、航空機エンジンのような回転体の開発や車両用サーボモーターなどの使用環境が厳しいシステムに応用されています。

 

国際宇宙ステーション

最近、国際宇宙ステーションが2030年まで運用を延長するという話が上がっています。

 

国際宇宙ステーションは当初2016年の運用でしたが、2015年に2024年まで運用が延長することに合意されています。

ニュース記事の多くは2030年に終了という話が出ていますが、実際のところは延期/延長です。

 

政府予算を考えると、延期より終了という表現の方が、「まだ使うのか」という感情よりも「そこで完了ですね」という感情の方が落ち着きが良いように感じるのは気のせいかもしれません。

 

老朽化が進んでいる国際宇宙ステーションですが、今後は民間で製造した宇宙ステーションが打ち上げるという話もあります。

 

問題なのは、日本や欧州、カナダといった自前で宇宙ステーションを製造していなかった組織が今後の有人宇宙開発に出遅れてしまう可能性ですかね。

 

もしかすると、権利関係がかなり難しいですが、どこかの大企業がほとんどまるごと購入して、インターフェース部分を次々と新しい装置に交換して継続運用するという可能性もある気はしています。

 

さて、今後どうなることやら。

 

今回は熱構造部分やインターフェースに注目したのですが、他の面で知りたい方は読んでみてください。

 

参考文献

 

付録1 国際宇宙ステーションISS)計画概要

https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2014/09/29/1352168_2.pdf

国際宇宙ステーション日本実験モジュール「きぼう」で獲得した有人宇宙技術

https://jaxa.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=4175

「きぼう」日本実験棟開発の歴史

https://iss.jaxa.jp/iss/kibo/develop_status.html