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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

【機械設計者向け】サーファーの技術がロケットの問題を解決した海外では有名な事例

サーファーの技術が宇宙開発を救った

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1960年、サーファーの技術が宇宙開発での大きな課題を解決しました。

今回はその話を調べましたので紹介します。 

 

[目次]

 

それはロケット開発で起きた問題だった

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活かされたのは液体燃料多段式ロケットであるNASAのサターンV型ロケットの開発でした。

 

ことの始まりは、1960年代初頭の有人宇宙飛行計画のアポロ宇宙船の搭載重量が増えていったことにあります。

 

アポロ宇宙船を目標とする軌道に投入させるため、NASAのエンジニアはアポロ宇宙船の重量を維持しつつ、ロケット側を軽くさせる必要がありました。

 

重量の問題が発覚した時点で、ロケットに搭載されているいくつかの部分の製造がすで終わっており、燃料タンクを搭載するS-IIの開発が残っていました。

 

開発に時間が掛かる対象にしわ寄せが来るのはメーカーではよくあるので、このS-IIでも同じことが起きていました。

 

困ったことにS-IIは、この重量問題以外に、溶接が長い点、S-IIのステージに搭載する燃料タンク自体が大きく薄い厚さで高い精度で溶接しなければならないことなのがあげられました。

 

S-IIはさらに大きな課題、それが燃料タンクの断熱材に使用されたハニカム構造をもつ材料の問題が発生したのです。

 

従来のロケットからの新要素として、酸化剤と燃料タンクの間の隔壁を大きくすることで、タンク構造及び支持するステージの全長を短くして、余分な重量を削減する設計にしました。

 

S-IIの構造はこちらが詳しいです。

S-II Overview

Engineering Course for Saturn S-II Stage Systems

 

そして、従来より大きな隔壁と共に、燃料タンクの低温断熱を行う必要があり、そこにアルミニウムのシートを挟んだフェノール樹脂のハニカム構造が選定されました。

 

ハニカム材料自体は同型のロケットの外装にアルミニウムによるハニカム構造が使用されていましたが、このフェノール樹脂にウレタンを充填する構造の採用は初めてでした。 

 

ハニカム構造の断熱材は燃料タンクに接着するのですが、低温の燃料が入っているタンクにより液体水素が断熱材側に付着し、接着力を低下させ、断熱材の一部がはがれてしまったのです。

 

対策として、断熱材に切り込みを入れ、液体水素を逃がす構造に変更しました。

しかし、、液体水素はタンクに燃料が充てんされ打上げの瞬間まで溝を通って行ったのですが、打上げ後に断熱材の接着が弱くなり、何度も剥がれ落ちる結果になったのです。

 

さらに、いくつかの代替案を試したのですが、どれも失敗しました。

 

アメリカの雑誌Defense Acquisition Research Journal July-August 2019に記載がありました。

 

Insulation on the hydrogen fuel tanks was failing. Engineers applied a vacuum-sealed honeycomb insulation material to the exterior of the hydrogen fuel tanks used to power the five J-2 and single J-2 engines on the second and third stages, respectively. 

This kept the hydrogen from boiling in the Florida heat. Try as they might, the honeycomb insulation kept popping off the tanks. They knew they were doing something wrong, but they were not sure what. With the manufacturing facility located on California’s Seal Beach, the engineering team, capitalizing on their geographic proximity, recruited some improbable experts that just might be able to help:
Surfers! Surfers used honeycomb cores to create and repair their surfboards because of the lower weight and higher strength than traditional foam and fiberglass boards.
They were hired—and they did a great job applying their unique expertise to resolve the problem. The only drawback was high absenteeism when the surf resources and capabilities available to contribute to the overarching objective, and then devised and communicated a plan to execute those resources.


You cannot change reality, but you can change your plan.

 

Defense Acquisition Research Journal July-August 2019

https://www.dau.edu/library/defense-atl/DATLFiles/Jul_Aug2019/DEFACQ_Jul_Aug2019.pdf

 

(意訳)

燃料タンクの断熱材が劣化した。燃料タンクの外壁面に真空にして接着した断熱材を貼り付けた。 

これでフロリダの暑さで(低温)水素が沸騰しないようにできた。しかし、何度やってもハニカム構造の断熱材がタンクから外れてしまう。 

間違ったことをしているのは分かっている。

分かっているけど、何が間違っているのか分からない。

エンジニアリングチームは、製造拠点であるカリフォルニア州のシールビーチに近くて、助けてくれそうな専門家を募集した。

それがサーファーだった。

サーファーたちは、炭素繊維製のボードよりも軽量で強度が高いハニカムコアを使って、サーフボードの製作や修理を行っていた。

彼らにメンバーに入ってもらい、独自の専門知識を駆使して問題を解決してくれた。 

ただ、唯一の難点だったのは、彼らは欠勤が多く加工するためのリソースが不足していたのです。

限られたリソースで実行するため、計画を変更することにはなりました。

 

現実を変えることはできませんが、計画を変えることはできます。

 

(意訳終わり)

 

また、NASAのChief HistorianであるBrian Odomのインタビューからも読み取れます

 

MOON LANDING SPECIAL 1 – THE APOLLO SPACE PROGRAM

https://livinghistorytv.com/moon-landing-special-1-the-apollo-space-program/

 

このサーファーの知恵と技術を用いて考えた方法は非常に簡単で経済的でした。

 

従来、ハニカムコアを図面通り燃料タンクに合うように成形し、スキンと呼ばれる板材で挟んで接着・硬化させた後に貼り付けていました。

 

サーファーの知恵と技術により、ハニカムコア部分をすでに製造しているタンクの壁面に直接貼り付けて成形し(また液体水素を逃がす溝もなくし)、スキンで挟んで接着・硬化させてから、適切な輪郭に加工するプロセスに変えました。

 

製造誤差により密着した貼り付けが難しい部分を、いわゆる「現合合せ」で製造したのです。

 

なぜこんなことが起きるのか

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宇宙開発に限らず、製品は図面をもとに製造され組み上げられます。

タンクや隔壁など各地の工場や別会社で製造されているので、各製造精度を管理していく必要があります。

 

タンクはロケットに限らず宇宙機にも使用されるのですが、重量の問題からタンクの厚みを薄くし、強度も必要なため厚みに対して高い精度が必要になります。

 

タンクの精度は加工や研磨により出すことができるのですが、断熱のために貼り付けるハニカムに対しては、同じ精度を出すことがとても難しいのです。

 

ハニカムパネル構造は炭素繊維の板やアルミニウムシートといったスキン材をハニカム構造のコア材に挟んで成形します。

その後、スキン材を接着し、加熱して掛けて、形状を固めます。

加熱した際に、圧力を加えたり、真空下にすることもあります。

 

精度としては接着剤による厚みや、スキン材そのものの加工精度、コア材の歪みが合わさり、どうしても別々に製造しているタンクとの間にすき間が発生し、真空で接着してもうまくいかなかったのでしょう。

 

どこにも記載はないですが、おそらくはこのすき間を埋めるために、断熱材側やタンク側の両方を加工や研磨で調整していたのかもしれません。

 

 

現代にあるような高精度のレーザー検査機もないため、手作業での調整をしていたのかもしれません。

 

また、フェノール樹脂材によるハニカム構造のコア材というのも、調べた限りではNASAで採用されたことが初めてであったため、あまりノウハウが蓄積されていなかった可能性もあります。

 

これが理由で失敗していたのだろうと想像できますね。

 

 

宇宙は複合技術です。何が役に立つのか分からない、そんな事例ですね。

 

映像で見る

このハニカム構造体ですが、その後、アポロ宇宙船でも使用されています。

同じハニカムコアであるかは不明ですが、成形方法から、おそらく今回で得たノウハウが活かされているようです。

 

固まった状態のハニカム材を貼り付けるのではなく、アポロ宇宙船に合わせてハニカムのコア部分を成形し、加熱・加圧して、製造する様子が映されています。

 

アポロ宇宙船のハニカム成形(サターンVとほぼ同時期の製造)

www.youtube.com

ドキュメンタリーからサターンVの熱問題

youtu.be

ドキュメンタリーからサターンVの熱問題

youtu.be

アポロ宇宙船の熱シールド対策について、ハニカム材料を採用した内容

www.youtube.com

 

参考資料

SP-4206 Stages to Saturn

https://history.nasa.gov/SP-4206/ch7.htm

S-II OVERVIEW

http://heroicrelics.org/info/s-ii/s-ii-overview.html

ENGINEERING COURSE FOR SATURN S-II STAGE SYSTEMS

http://heroicrelics.org/info/s-ii/s-ii-stage-systems.html

S-II INSULATION

http://heroicrelics.org/info/s-ii/s-ii-insulation.html

Saturn V

https://web.archive.org/web/20150326211327/http://history.msfc.nasa.gov/saturn_apollo/documents/Second_Stage.pdf

アポロ計画 - Wikipedia

Saturn V - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/S-II 

Design - Decision - Contract October/November 1961

https://www.hq.nasa.gov/office/pao/History/SP-4009/v1p2e.htm

Lunar Orbit Rendezvous: Mode and Module April 1962 through June 1962

https://www.hq.nasa.gov/office/pao/History/SP-4009/v1p3c.htm

SP-4206 Stages to Saturn  IV. Building the Saturn V

https://history.nasa.gov/SP-4206/ch6.htm

Roger Hanson: How Surfers Saved the Moon Mission

https://www.stuff.co.nz/taranaki-daily-news/news/108263730/roger-hanson-how-surfers-saved-the-moon-mission

木製サーフボードの軽量化技術

ウッドサーフボードの作り方 – protoplastico surfboards and designs

quarter_isogrid

https://sheldrake.net/quarter_isogrid/

 

MOON LANDING SPECIAL 1 – THE APOLLO SPACE PROGRAM

https://livinghistorytv.com/moon-landing-special-1-the-apollo-space-program/

The Amazing Handmade Tech That Powered Apollo 11’s Moon Voyage

https://www.history.com/news/moon-landing-technology-inventions-computers-heat-shield-rovers

The Space Age in Construction

https://www.ncptt.nps.gov/blog/the-space-age-in-construction/

50th Anniversary of Apollo 11 – Mission to the Moon Made Possible with Aluminum

https://www.lightmetalage.com/news/industry-news/aerospace/50th-anniversary-of-apollo-11-mission-to-the-moon-made-possible-with-aluminum/

Space Launch Report . . . Saturn Vehicle History

https://www.spacelaunchreport.com/satstg5.html

The Apollo Flight Journal S-II Insulation

https://history.nasa.gov/afj/s-ii/s-ii-insulation.html