広義的には熱試験と熱真空試験と熱平衡試験と熱サイクル試験はすべて熱試験
人工衛星の計画を確認したり、契約上定められた試験を示すときに、熱試験の定義はしっかりと確認した方がいいでしょう。
なぜならば、各組織において熱試験の定義が違うのです。
日本で人工衛星を開発する多くはJAXA標準をもとに試験項目を決めているわけでは必ずしもないのです。
それは、過去の経験から実試験をするのか、解析にするのか、簡易試験にするのかなどの検討を行われた結果、各々の組織での流れができているのです。
一度、JAXA標準をもとに振り返り、本当に簡易化してよいのか、組織の経験の中で、人工衛星の軌道上の目的に合っているが実施されなくなった試験を本当に実施しなくてもよいのか。
再検討あるいは再認識する内容になればと思います。(と書きつつ、そんな高尚なことは求めていないかな)
その中で熱試験は、試験内容も名前もいくつかあるため混同しやすいので、改めてまとめてみます。一部では、広義の意味の熱試験、狭義の意味の熱試験と呼んでおり、何が広義なのか、何が狭義なのか見ていきましょう。
熱平衡試験こそが解析モデル(熱数学モデル)の精度を上げる試験
熱平衡試験の試験条件は、JAXA-JERG-130AによるとN/Aです。
いやいや、そもそもN/Aってなんだというとnot applicableの略で、適用外というらしいです。略語一覧によると。
適用外、すなわち何でもいいのです。
試験の公差条件にソーラ照射強度条件を上げていますが、簡単にいうと暖房の精度がある程度、一定であることを言っています。
20℃で設定した暖房(ヒータ)が、20℃近傍であることを示しています。
公差としては±5%とあるので、20℃±1℃以内で調整できることを示しています。
ただそれだけなんですね。
この試験の最大の目的は、解析モデルの精度を上げる試験なのです。
周囲の温度や照射するヒータを50℃にしたとき、人工衛星内部の温度は30℃になったので、解析モデルも、試験値に合うようにパラメータを合せに行きますというものです。
この辺は、プログラムによる自動化が可能な分野でもあります。どこかのメーカが売ればいいのにと思う分野です。
ある意味、解析モデルにノウハウが蓄積される瞬間でもあります。
解析モデルは、過去事例や個別の評価から実績のある設計をもとに構築したといえば、実施しなくてもよいのです。
過去事例を流用している場合、下手すると過去と違う結果が出たら、それがもし軌道上に上がっている人工衛星であれば、とても大変でもあります。
コンポーネントでしか定義がない熱サイクル試験
熱サイクル試験は、人工衛星システムとしては定義されておらず、コンポーネントでの定義しかない試験です。
熱サイクル試験は、熱環境に対して、耐性を有し、所定の機能性能を発揮する能力を実証する試験のことです。
熱サイクル試験は一般の試験では温度サイクル試験と考え方は同じです。
宇宙用製品外で温度サイクル試験を実施する理由は、主に熱膨張率の違いによる応力が発生し、部品やはんだのクラックの発生しないか、発生しても製品の機能性能に問題ないレベルかを確認する試験です。
人工衛星のコンポーネントでも同様のことを確認しますが、それ以外の不具合要素を炙り出すことにも使用されます。
部品やはんだのクラックについては設計不良やワークマンシップエラーに分類されることが多いです。
このほかにも、機能性能の未達、取扱不良、材料や部品の初期欠陥、偶発故障を炙り出すのに利用されます。
JAXA-JERG-2-130-HB006によると熱サイクル試験では次のような不具合が発生しています。
- コネクタ導通不良
- MPU動作不良
- プリント配線板不良
もちろん公開されている情報なので、公開できないものとしてさらに多くの不具合が発生していることでしょう。
HB006によると、(熱平衡試験に限らず)熱試験ではだいたい75度の温度範囲で不具合が多く発生しているようです。
温度範囲75度は、75℃のことではなく、例えば、-15℃~+60℃のことですが、この温度範囲で試験していれば、だいたいの不具合発生有無を確認することができでしょう。
ただし、やみくもに温度範囲75度にするのではなく、温度許容範囲を考慮して設定するのが良いです。
でないとオーバースペックになるからです。
どんな環境でも、大抵耐えられますといった目的でコンポーネントを製造するのであればよいのですが、オーバースペックでも需要があるのか見ていかないと、高くて売れないことがありますからね。
出荷前の正常確認試験でもあるAT条件においては、使用する環境条件での最大予測温度範囲の上限以上、下限以下を温度範囲とします。
製品としての健全性を確認あるいは性能確認のために、QT/PFT条件においては許容温度範囲の上限以上、下限以下を温度範囲とします。
前述のAT条件と違いは、温度範囲が広いという点です。
試作・試験品あるいは1品ものとしての意味合いがあるQT/PFT条件では、保証範囲や突発的な不具合への対応も含んで、広めの温度範囲を取ることが多いのです。
もちろん、各温度範囲の設定は任意によります。
どういうことかというと、人工衛星は仕方なく、許容温度範囲を越えた環境になることがあるからです。
コンポーネント製造メーカーのカタログ品を使用している場合は、各組織が独自に最大予測があり、それが許容温度範囲を越えてしまうこともなくはないのです。
一つはシステムの熱試験と同時に実証する。
一つは独自に試験計画を立てて実施する。
このように、標準はある意味指針であるため、各組織が自分用にカスタマイズして、目的に合った試験に適合させる必要があるということは覚えていてほしいです。
さらにサイクル数は8サイクル以上の試験を実施します。サイクル数削減の条件もありますが、長くなるのでいつかまた記載します。
最も時間がかかる熱真空試験
熱真空試験は、熱サイクル試験とほとんど同じです。
違いは真空か否かです。
真空チャンバーに入れる必要があり、真空にするために、空気排出のためのポンプを利用したり、チャンバーを冷やして、真空度を上げつつ、温度も下げる必要があるのです。
人工衛星システム上、かなりの時間がかかる試験といえるでしょう。
チャンバーを冷やすために、液体窒素とかをチャンバーに流すために、液体窒素のボンベが必要になったり、施設の設備費用など、コスト的にも悩む試験でもあります。
また、熱真空試験だからといって、サイクル試験をしないわけではありません。
HB006では、コンポーネントの場合は8サイクル以上、システムの場合は4サイクル以上を条件としています。
条件としては、熱サイクル試験より厳しいため、熱真空試験を実施することで、熱サイクル試験も兼ねる、というのが多いようです。
真空であることから、解析条件にも近くなるため、熱平衡試験を兼ねて実施することもあります。
一挙両得と、一瞬思いますが、設備期間やコストを考えるとやはり悩ましいのです。
多くの人工衛星製造メーカーは、どうにか熱真空試験を避けたいと思うはずです。
他にも、電子部品で実施される熱衝撃試験(ヒートショック試験)も人工衛星のコンポーネントレベルでも流用されることがあります。
熱衝撃試験と熱サイクル試験の違いはほとんどありません。
上げるとすれば、温度上昇あるいは降下時間が短時間であるということです。
軌道上で想像されるのは、人工衛星のロケットからの分離放出後の環境でしたり、姿勢制御の異常による急激な温度変化が挙げられます。
あるいは人工衛星の目的によっては、高速姿勢制御により実施する必要もあるかもしれません。
よくよく言われる人工衛星の熱試験を上げてみました。
会話で出てくる熱試験が何を示すのか、何を示すか分からないときは、全員が各々の熱試験を思い浮かべている可能性があるので、しっかりと試験内容を明確にした会話を進めていくのが、吉です。
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