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人工衛星の設計・製造・管理をしていた宇宙のシステム・機械設計者が人工衛星の機械システムや宇宙ブログ的なこと、そして、横道に反れたことを覚え書き程度に残していく設計技術者や管理者、営業向けブログ

あっさり解ける!転倒角の計算方法【機械設計者向け】

転倒角を計算しよう

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最初に言います。転倒角には総重量は関係ありません。

 

転倒角は地面や床に置いたときに何度傾ければ倒れるかを計算したものです。

 

床と固定していれば転倒角の計算は必要なく、固定している素材(ネジや接着剤)の強度に依存していきます。

 

ただ、床ではない少し面積の広い物体に対象を固定した場合は転倒角が関係あります。

 

そんな転倒角(転倒角度、傾斜角)についてまとめていきます。

 

[目次]

転倒角の計算式

転倒角に関係ある物理要素は、ただ2つです。

  • 重心
  • (地面や床と接している)端部の距離

 

そして重要なのは端部の距離です。形状の外形ではなく、端部の距離なのです。

 

机や棚の場合はわかりやすいのですが、車輪の付いたものは地面に接している部分となります。

 

タイヤといった時間経過により変化するものは重心が高いものなので、空気圧が高めであったりします。

 

 

さて、計算要素はいくつかありますが、難しい要素を抜きにすると、三角関数のarctanx(アークタンジェント)で計算できます。

 

重心と端部の距離が分かっていることから、次のように定義します。

  • 重心から平行方向端部までの距離をx
  • 重心までの高さをy
  • 転倒角をθ

以上の情報から三角関数により「y/x = tanθ」で考えられます。

これは逆三角関数によりθ = tan^-1 ( y/x )」で転倒角を求められます。

 

簡単に考えると、転倒角は物体を斜めにして重心が吊り合う角度θを求めればよいだけなのです。

角度θを超えると吊り合いが崩れ、一方方向に傾いてしまうことから、θが転倒角となります。

 

この計算式から分かるのは、重心までの高さ(y)の値が高く、重心から平行方向端部までの距離(x)が短ければ、転倒角が小さくなります。

 

転倒角を大きくする(安全にする)には、重心を低く端部までの距離を長くすることというのが分かるのではないでしょうか。

 

エクセルで計算するには次の計算の数式で計算できます。

=ATAN(y/x)*180/PI()」で、yとxを入力すると転倒角を算出できます。

 

重心を求めよう…?

転倒角は重量ではなく重心が必要になります。

結局重量を使用することには変わらないと言うことなかれ、手計算で算出するのは試験勉強ぐらいでしょう。

 

複雑な形状の場合は、手計算で重心を算出することが難しいですが、そんなタイミングがあるでしょうか?

 

そんなことはほとんどありません。

 

もし必要だとしても、最近は、3DCADにより、モデルさえできていれば、材料の設定を行えば算出することが可能です。

 

このことから、転倒角や重心、慣性能率(物体の回転のしやすさ)が必要な製品の3DCADモデルには最初から材料特性を細かく入力していることが多いのです

 

注意としては、3DCADの中間ファイル「IGES(iges、igs)、STEP(step、stp)、Parasolid(x_t、x_b)、SAT(sat)」には材料特性が含まれないことから、メーカのHPにあるモデルの情報に重量情報を取り込んでいく必要はあります。

 

今日明日レベルの直方体の転倒角の目安値簡易計算方法

試験機材やモックアップ、急な構造物、試験治具、これらが突然実験室に運び込まれる場合、地震対策や転倒防止を考えることでしょう

もしかすると企業によっては転倒角の規定があるかもしれません。

 

しかも突然です。今日明日レベルでの話です。

 

ただ、試験機材といった対象は直方体であることが多いので、簡易的な計算方法ができます。

 

直方体といえば、幅(W:Width)と奥行(D:Depth)と高さ(H:Height)情報しかないか、ぎりぎり実測できる範囲なのではないでしょうか。※幅と奥行は、縦・横どちらの表現でもよい。

 

この情報から単純にそれぞれの距離を半分にして計算すれば、簡易的に転倒角が算出できます。

 

θ1 = tan^-1 ( (H/2) / (W/2))、θ2 = tan^-1 ( (H/2) / (D/2))

 

θの低い方が転倒角になります

直方体の内部の機器配置により、重いものが上にあれば、H/2をH/(2/3)などに変更してマージン(設計余裕)を考えるのもありです。

 

その結果、問題なければ、後で詳細に計算を詰めていけばいいのです。

まずは全く問題ないレベルか、調整しないと厳しいレベルか識別をしていきましょう

 

エクセルシートを作成しておくのもありかと思います。

 

先に述べているように、転倒角に重量は関係ありません。

対象を転倒させるためにはどれだけの力が加わるのかを算出する時には重量が必要となります。

 

その場合は、重量以外にも摩擦係数やモーメントも計算する必要が出てきます。

移動する物体が、バランスを崩すなり、別の力が加わったときに転倒する際には重量が必要にはなります。

 

では実際に考えていきます。

一例として、19インチ42Uのラックで考えてみましょう。

サイズはW600 × D1000 × H2088 mm、重量が500kg。転倒角の基準として、サーバーラックであることから電安法の基準に則って10度以上とします。

 

θ1 = tan^-1 ( (2088/2) / (600/2)) = 

θ2 = tan^-1 ( (2088/2) / (600/2)) = 

 

転倒角の規格は?

転倒角は企業内ルールのほかに、規格で決められているものもあります。

自動車の最大安定傾斜角度や電安法の転倒角、この二つが最も使用される転倒角度になります。

自動車はトラックやトラクターを含み、電安法では電気機器、精密機器すべてに適用されます。

トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会での構内ルール

トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会では、構内ルールとして、重量物の転倒防止に関するルールがあります。

  • 転倒角度が18度に満たない場合は、ビラを貼り付け、危険を視覚化する。対象:重量300kg以上で、高さ1m以上のもの
  • 転倒角度が18度に満たない重量を持ち上げ、移動、またはジャッキアップ等するときは、転倒防止を講じる。
  • 制御盤等を台車、フォークリフトで移動する時は、制御盤などの転倒防止を実施する。
  • 制御盤などを台車で移動する時は、台車+制御盤などの転倒防止を実施する。

トヨタ自動車東日本 安全衛生協力会 ルール

http://www.tmej-kyouryokukai.com/index.php/upfiles/view/152/0/1/0

 

道路運送車両法の保安基準第5条安定性:最大安定傾斜角度

最大安定傾斜角度は、空車状態のクルマを右側または左側に傾けていった場合に転覆しない最大の角度で、転覆角度ともいいます。

法的にルールがあるものは、改正が発生しますので随時確認しておきましょう。

  • 車両の重量によって、35度以上あるいは30度以上
  • 側車付二輪自動車の場合は25度以上
  • 最高速度20km/h未満の自動車は30度以上
  • けん引自動車の場合、連結状態で35度以上

道路運送車両法の保安基準

https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr1_000075.html

 

トラックの転倒

トラックの転倒は、自動車に分類されるため、上記保安基準に適用されるため、35度以上必要になります。

 

ラクター・コンバインの転倒

ラクターは、エンジン付きの車両で対象を引っ張ることからけん引車とも呼ばれます。農業機械の場合もあり、トレーラーを引くこともあります。

 

コンバインは、農作物、時に稲などを収穫する農業機械です。

トラックと同様に上記保安基準から、ラクターは35度以上、コンバインは(最高速度20km/h未満の自動車)に適用されるため、30度以上必要になります。

 

これらは静止状態であることから、作業中の場合はどうでしょうか。

農業機械メーカである(ヤンマー/Yanmar)のサイトには次のように書かれています。

  • 登坂角度は15°
  • 転倒角は10°以下

登坂角度は進行方向に対しての角度になります。

性能としてはこれ以上でも作業可能ですが、安全性や運転者の恐怖心を考慮しています。

 

ラクター、田植機、コンバインの登坂角度・転倒角を知りたい

https://faq.yanmar.com/jp/detail?site=FIWWZ5OB&category=1&id=106

農作業事故にご用心!

https://www.ja-machidashi.or.jp/agri/einou/21.php

移動式クレーンによる転倒

移動式クレーン(クローラクレーン、トラッククレーン、ホイールクレーン)の作業中に発生する災害による死傷者は、年間数百人に達します。災害のうち一つに転倒があります。

移動式クレーンに対する転倒角の規定はありません、吊りの重量や形状、地面状況や固定方法により状況が変わるため、常に注意が必要になります。

  • 弱地盤ではないか、補強や養生がされているか
  • 定格総荷重を超えていないか
  • 張出しや旋回方向を考慮したアウトリガの設置になっているか
  • 操作者が集中して作業できる環境にあるか
  • 強風に注意しているか

特に最初に挙げている弱地盤に対する対策が重要で、転倒事故の4割が弱地盤によるアウトリガとともに沈下することで発生しています。

 

作業現場における移動式クレーンの地盤対策について

http://www.cranenet.or.jp/susume/susume00_09.html

 

電気用品安全法及び関連規格の転倒角(傾斜角)

電気用品安全法とは、電気用品による危険及び障害の発生を防止する目的の法律で、数百の品目の電気用品を対象に規制している。

電安法とも略され、定められた技術基準や検査に適合した製品でPSEマークを表示することができます。

電気用品安全法 別表第8 1共通事項(2)構造 ハ」において次のように定められています。

通常の状態において転倒する恐れのあるものであって、転倒した場合に危険が生ずる恐れのあるものにあっては、この表に特別に規定するものを除き、次の表の左欄に掲げる種類ごとに同表の右欄に掲げる角度で傾斜させたときに転倒しないこと。

  • 電熱器具及び電熱装置を有する電動力応用機械器具:15度
  • その他のもの:10度

「転倒するおそれのあるもの」とは、据付工事または配管工事を伴うもの、天井又は壁に取り付けるもの及び高さに対して十分な床面積を有し容易に傾斜しない重量物以外のものをいう。この場合において、容易に傾斜しない重量物とは、器体の質量が40kgを来れるものであって、床面から器体底面までの高さが5cm以下のもの及び器体のあらゆる位置(底面を除く。)から100Nの力を加えたときに転倒しないものをいう。

電気用品安全法令・解釈・規定等

https://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/act.html

電安法をもとに転倒の恐れがないか確認する場合、安定性試験を行うのですが、その際に転倒角ではなく傾斜角と呼ぶことがあります。

 

また、電安法では、別表第12「整合規格」において、各種電気用品を対象に技術基準を定めた規格を示しています。

規格にはJISをはじめIECなどの国際規格が示され、一部の製品では傾斜角(転倒角)5度ですが、多くの場合は10度が適用されます。

その中でも発熱(温度上昇)及び発熱の恐れのある対象の場合、15度が適用されています。

これは製品によって、必要な安全性が変わるため、これ以上に厳しくなる(傾斜角が大きくなる)場合があります。

 

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参考文献

最大安定傾斜角度の計算

http://www.superior-inc.com/%E6%9C%89%E9%99%90%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E5%A4%89%E6%9B%B4%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%A4%A8%E3%81%B8%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%9D%EF%BC%81/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E5%A4%89%E6%9B%B4%E4%B8%80%E8%88%AC/%E8%A8%88%E7%AE%97%E7%94%A8%E5%85%AC%E5%BC%8F%E9%9B%86/%E6%80%A7%E8%83%BD%E8%83%BD%E5%8A%9B%E7%AD%89%E8%A8%88%E7%AE%97%E6%9B%B8%E7%94%A8/%E6%9C%80%E5%A4%A7%E5%AE%89%E5%AE%9A%E5%82%BE%E6%96%9C%E8%A7%92%E5%BA%A6%E3%81%AE%E8%A8%88%E7%AE%97/

傾斜地における四輪トラクタの横転倒角

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsam1937/32/2/32_2_111/_pdf

移動式クレーンを倒さない

http://www.jcatokai.jp/4news/image/leaflet-3.pdf

クレーンを倒すな

https://jsite.mhlw.go.jp/miyagi-roudoukyoku/content/contents/000921621.pdf

ラフテレーンクレーンの転倒事故が発生

https://www.kkr.mlit.go.jp/plan/jigyousya/jikoboushi/newsletter_anzen/qgl8vl0000004smr-att/anzen318.pdf

技術基準の解釈について

https://www.jet.or.jp/common/data/new/semi_20131213.pdf

電気用品安全法技術基準の解釈別表第十二の規格の選び方などについて

https://www.jet.or.jp/common/data/new/semi2018_2.pdf

人工衛星が何の役に立っているのでしょうか?宇宙技術のスピンオフ【基礎から知りたい】

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人工衛星は何に役立てられているのだろうか?

人工衛星って何なのか?

 

今回は初心に立ち返り、改めて人工衛星について解説します。

目次

めっちゃ高いところにある人工物、それが人工衛星

人工衛星は空に浮かぶ雲よりも高く、無重力となる宇宙空間から地球に向かい合っている存在、人工物です。

 

そもそも衛星とは、地球といった惑星などが発生する引力という引っ張る力で運動している物質のことを言います。

 

地球では月、木星ではイオやガニメデ、火星ではフォボスなどが該当します。

 

これらは天体(object)と呼ばれ、衛星の中でも天然(の)衛星などと呼ばれます

 

その衛星の中で、人間が作ったものを人工衛星と呼びます。

衛星という言葉に厳密な区切りがないため、天然衛星も衛星と呼び、人工衛星も衛星と呼びます。

 

人工衛星は惑星の引力を使って運動しています。

惑星の引力が強い地表面では、十分な運動ができないため、数百キロメートル以上も地表から離れた場所にいる必要があります。

 

スカイツリー(634メートル)よりも富士山(3,776メートル)よりも高い位置にいます。

雲の高さ(2000~10,000メートル=2~10キロメートル)よりも高く

飛行機(旅客機)(1万メートル=10キロメートル)よりも高い位置になります。

 

宇宙空間と空の境目として100キロメートルといわれています。

これは大気(空気)がとてつもなく薄くなるのがその高さであるためです。

 

この100キロメートルでもまだ引力が強くて十分に運動できません。

 

さらに上の400キロメートルに国際宇宙ステーションと呼ばれる、アメリカ、ロシア、カナダ、日本、欧州宇宙機関(ESA)が軌道上に存在しています。

 

このあたりの高さで、ある程度の期間、軌道上で運動することができます。

ただ、400キロメートル辺りは、引力や大気の影響から何もしないと何年も軌道を維持できることができないため、地球に落下していきます。

 

2017年より運用されていた180~268キロメートルの超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS/スラッツ)がありますが、同様の超低高度の人工衛星は少ないです。

 

そんな高さに人工衛星はあります。

 

身近な人工衛星

 

気象衛星(ひまわり)、GPS(衛星)といった日常で使われる言葉にあるように、様々なところで衛星が使われています。

 

衛星放送も、人工衛星を使って電波を届けている仕組みを使っていることから、衛星の名前が使われています。

 

人工衛星が止まったらどうなるでしょうか?

 

気象衛星が止まってしまったら、長期的な天気予報の精度が落ちます。

地上にある装置である程度、予報することが可能ですが、地上から離れた大気の状態を知ることができなくなります。

 

日本では台風の観測が遅れますので、農作物や家畜などの農業に大きな被害を及ぼす可能性があります。

 

海外では山火事や火山観測などに使用されているため、より人的被害が大きくなることでしょう。

 

気象衛星以外にも地球を周回している地球観測衛星もあり、これが止まってしまうと自然災害の復興や被害状況の確認など、気象衛星ではできない小回りの利いた局所的な観測の対応が難しくなります。

 

GPS衛星(あるいは地理情報システムに関わる衛星)が止まってしまったら、カーナビゲーションシステムが使えなくなります。

運送、輸送に影響が長時間化してしまい、コストも上がることでしょう。

 

船舶の場合は、GPS衛星(あるいは地理情報システムに関わる衛星)を使用しているため、海外からものを持ってきたり、送り出したりする期間が確実に伸びます。

 

実は、GPS衛星の情報で時間情報が狂わないように直しているのですが、それができなくなります。

 

衛星放送が止まってしまったら、衛星放送といってもテレビのような情報だけではありません。国際電話も止まってしまうのです。

 

これにより、僻地離島からの情報が遅れることになります。

少ない医療設備の場合は、急病患者を助ける手段が少なくなったりします。

 

また海外の情報もすぐに手に入れることが難しくなります。

海外で不足しているものや、日本国内で不足しているものの情報も遅くなっていきます。

 

現在はインターネットサービスにより、日本国内ではそこまで深刻にならないかもしれないですが、テレビの衛星放送は見れなくなります。

 

ただ、インターネットの通信負荷が大きくなるので、世界的な障害が起きる可能性もあります。

 

情報世界の世の中では、様々な計画が大きく遅延になり、かなり大混乱が発生してしまうことでしょうね。

mechanical-systems-sharing-ph.hatenablog.com

mechanical-systems-sharing-ph.hatenablog.com

参考資料

人工衛星で宇宙から地球を守る・利用する

https://www.jaxa.jp/projects/sat/index_j.html

金属3Dプリンタで使える部品とロケット【機械設計者向け】

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今回は金属3Dプリンタにより製造する部品を使用するうえでの考え方をまとめました。

目次

 

金属3Dプリンタで許容できないもの

公差とは許容誤差のことを言います。

もっというと、2つ以上の部品を組み合わせたときに、ちゃんと組み付けることができる形をしているのかの範囲になります。

許容誤差が0のものは、寸分狂わない正確なものになります。

 

物体として、機械加工にしろ、人間の手にしろ、正確なものを作るのはとても難しく、デジタルのような0と1で分けられないアナログな世界です。

 

そんな中で、3Dプリンタをロケットに使用しているのかを考えるときに、2つの大きな問題が思い浮かびます。

 

1つは大きさ、2つは公差です。

 

大きさについては現在の工法では解決する手段があります。

 

ロケットの材料は強度や耐久性の問題で、金属部品であることが多いのです。

3Dプリンタの場合、かつて金属加工では、切削、放電がメインであり、その場合は削る部品より大きい加工機械を用意する必要がありました。

 

しかし現在は、Additive Manufacturing(AM)と呼ばれる材料を積層して組み合わせる方式で解決することができました。

 

かつての切削加工のような大規模な機械に部品を放り込むのではなく、切削加工機に比べて中規模なサイズあるいは同等のサイズの機械で、小さいものから大きいものも積層技術で製造することができます。

 

これが実は切削機械(除去工法)よりも比較的公差の面で優れていることもわかってきています。

 

もちろんメリットデメリットがあり、小さく、微細な加工は、切削工法の方が有利なので、工法や機械での使い分けは必要になります。

 

クリティカルな部品といっても、強度がクリティカルなのか、形状がクリティカルなのかにより3Dプリンタの種類を変えることで対応していきます。

 

それでも金属3Dプリンタ自体の製造公差が発生します。

 

どのような工法を使用しても金属3Dプリンタ自体に製造公差は発生します。

 

そこでどうするのか。

 

簡単です、公差を受け入れる・許容するのです。

 

もちろん研究や機器開発の中で、高い精度が可能となる技術や条件を見つけるのもいいのですが、それよりも発生する製造公差を受け入れたうえで設計することになります。

 

多くの場合、製品として完成させる上で、ちゃんと組み付けることができる部品が必要最低限で、気を付ける必要がある部分です。

 

そのうえで金属3Dプリンタが使える部品は次の通りです。

  • それなりの形状精度
  • それなりの強度
  • 単一の材料
  • 個々に外注に出していたら時間とコストかかかる
  • ほかの組み付ける部品で精度のカバーができる
  • 溶接が多い

それなりと表現しているのは、使用している製品、場所、目的によって変わるためです。

 

以上の条件と、金属3Dプリンタに関する知見、製造時の歪みや外観を含めて使える部品を選定していく必要があります。

 

ロケットと金属3Dプリンタ

ロケットだけを考えるのであれば、エンジンの出力から搭載可能な重量が推定でき、打ち上げる推進剤の重量も合わせたペイロードが決まってくることから、重量が許容できれば、3Dプリンタを使用することが可能となります。

重量は重要な要素で、厳しい設計の場合、エンジンの能力から、手作業にてボディを含めた重量を削り落とす場合があるからです。

 

また、現在、定期的に打ち上っているロケットで3D プリンタが使用されているものは、実証、実験の知見を積んだ形状、材料のものを3Dプリンタにより製造しているだと考えています。そもそも3Dプリンタで製造する前の形状、材料で成功しなければ、3Dプリンタで成功することは条件出しにかなりの時間がかかる可能性が高いからです。

 

そこまでして、それなりに高い設備である3Dプリンタを使用していることで得られる効果の一つは溶接部分を減らすことだと考えています。

 

一品ものあるいは、巨大な建造物の溶接作業およびその検査が難しく時間がかかるからです。

 

溶接の検査には、ある程度の技能を持っていてもボイド(空隙)と呼ばれるが発生する可能性があります。

それが巨大な対象であればあるほど、部品が多くなり、溶接自体とその検査にかかります。

 

実際その溶接場所はどこかというと、推進機器や推進薬タンクおよび菅、エンジン部品といった長かったり、曲線であったりと複雑に組み合わさった場所に使用されます。

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ちなみに、溶接と言われて造船を思い出し外気と接するボディも溶接すると考えているかも入れませんが、そんなことはありません。

打上げの際に発生する荷重から、ボディは溶接だけでは強度が持たないため、ボルト止めが基本となります。もちろん、隙間を塞ぐことに使っているかもしれませんが。

 

なので、ロケットでは荷重が大きく加わる場所に溶接が使用されることはとても少ないです。

荷重が加わらないロケットのボディで囲まれたものが、推進薬タンクをはじめ、推進薬が通る管やエンジン部分に使われているのです。

 

それが、一部ですが3Dプリンタに置き換わっているのが現在のロケットの事情の一つです。

 

3Dプリンタで推進薬タンクを製造する

3Dプリンタの条件には、一度、実物を製造し、それを読み取り造詣ができたところで、製造時の重量(自重)や熱的な歪みを考慮し、補正した条件を検討する必要があります。

 

巨大であればあるほど、重量(自重)や熱の歪みを考慮することが難しくなります。

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といっても、一部のメーカーでは現時点では推進薬タンクの製造まで可能になっています。推進薬タンクは、ロケットのボディで囲まれているため、強度が他の部分よりも低くなり、ロケットの重量を削減する項目となりやすいのですが、なかなか驚きとも言えます。(ロケットの設計思想の違いによるものなのかもしれませんが)

 

3Dプリンタにより溶接部分が減り、部品点数が減っていくことで、故障モードもコストも減っていきます。

 

映像の情報では、タンクから推進薬出る管といった小さいものまでは十分な精度を出すことができていませんが、それでもタンク製造だけでも製造時間もかなり抑えられていることが分かっています。

 

実現可能かわかりませんが、アメリカのベンチャーであるRelativity Spaceがロケット丸ごと3Dプリンタで製造するという実証も行おうとしています。

 

日本国内でも、国産ロケットH3のエンジン部分で3Dプリンタの技術が使われようともしています。

 

推進薬タンクに手を付けていないのは、やはり重量の削減対象になりやすかったり、打ち上げるためのペイロードにより使用される推進薬タンクの形状(搭載容量)も微妙に変わるのかもしれませんね。それよりは共通化されているエンジン部品の方が効果が高いと考えているのかもしれません。

どうなんでしょうかね。

 

また、ロケット以外でも溶接技術が使われる造船技術でも、すでに3Dプリンタが使用されています。

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参考文献

金属 3Dプリンターとは?製造する際のメリットや作れるものを解説!

https://www.jampt.jp/column/1097/

NASA3Dプリンタで作ったロケットエンジン部品の試験に成功

https://japan.cnet.com/article/35069501/

宇宙へ挑戦、溶接の力

https://www.sanpo-pub.co.jp/topnews/2021/0210022173.html

溶接接合教室実践編 航空・宇宙「材料編」 溶接学会誌

http://www-it.jwes.or.jp/lecture_note/pdf/public/jissen/10-2.pdf

H-ⅡB ロケットタンク構造の高信頼性化

https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/425/425234.pdf

たった3日で大型船の3Dプリントに成功!ギネス記録の米国メイン大学

https://makerslove.com/24852.html

Giant Satellite Fuel Tank Sets New Record For 3-D Printed Space Parts

https://news.lockheedmartin.com/2018-07-11-Giant-Satellite-Fuel-Tank-Sets-New-Record-for-3-D-Printed-Space-Parts

LOCKHEED MARTIN PRODUCES ITS LARGEST 3D PRINTED PARTS FOR SPACE

https://3dprintingindustry.com/news/lockheed-martin-produces-its-largest-3d-printed-parts-for-space-136207/

Relativity Space 3D Prints 11-Foot-Tall Fuel Tank with Stargate 3D Printer

https://3dprint.com/231703/relativity-space-3d-prints-fuel-tank/

ロケットエンジンの開発に導入するEOSの3Dプリンター

https://www.nttd-es.co.jp/magazine/backnumber/no97/no97-specialreport.html

3D プリンターでロケットエンジンを作る

https://www.ihi.co.jp/var/ezwebin_site/storage/original/application/1d20a032eefedbc40d3508783ea37775.pdf

航空宇宙業界における3Dプリンターの活用

https://news.sharelab.jp/practice-space/

ロケットを丸ごと3Dプリントする米ベンチャーイリジウムから打ち上げ受注

https://news.mynavi.jp/techplus/article/20200706-1113379/

たまに出る宇宙業界用語「高精密度測位補正技術(MADOCA-ppp)」について

測位システムの高精密度測位補正技術(MADOCA-ppp)を知ろう

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GPSというと、現在の自分の位置を知る測位システムとして知られています。

 

ただし、地理情報システム(GIS:Geographic Information System)に関わる人や人工衛星に関わる一部の人はGNSS(Global Navigation Satellite System)と呼んでいる人も多い。

 

GPSは測位システムの一つで、アメリカの軍事目的で運用されていた測位衛星のシリーズのことです。

アメリカ以外にもいくつかの国で打ち上げられています。

  • アメリカのGPS(Global Positioning System)-31機-
  • ロシアのGLONASS(グロナス)-27機-
  • ヨーロッパのGalileoガリレオ)-最終24機-
  • 中国の北斗(BeiDou Navigation Satellite System)-最終35機-
  • インドのIRNSS(Indian Regional Navigational Satellite System)-最終11機-
  • 日本のQZSS(Quasi-Zenith Satellite System)-最終7機-

 

その上で、JAXAは精密衛星軌道・クロック推定ソフトウェアMADOCA(Multi-GNSS Advanced Demonstration tool for Orbit and Clock Analysis)を開発してきました。

 

ユーザーは測位衛星より信号を受信して自身の位置情報を確認するのですが、通常の測位(単独測位)の場合、数m程度精度となります。日本の場合道路幅は3.5mなので道路をはみ出る可能性がありえます。

 

そこでいくつかの補正データに精度を上げていくのですが、その補正データをMADOCAとPPP (precise point positioning:単独搬送波位相測位) を利用してリアルタイムで数cmの精度まで引き上げます。

 

MADOCAで時刻情報の精度とpppでユーザー個別の位置情報(測位精度)を向上させていくイメージです。

 

日本のJAXAで開発されているといっても、QZSSだけではなく、GPSGLONASSGalileo、BeiDouのデータを得て、正確な推定をしています。

 

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credit:JAXA

https://ssl.tksc.jaxa.jp/madoca/public/doc/Interface_Specification_B_ja.pdf

 

このサービスはMADOCA用のアンテナを持っていれば、無償でデータを取得でき、インターネット経由でも有償で取得できるGPASと呼ばれるサービスが2020年8月1日より商用展開されています。

※アンテナの場合は、QZSSの受信範囲内(日本、ASEAN地域、オーストラリアなど)

 

サービスは農業機械をはじめ、ドローン、海上船舶、自動車に実証含めて使用されています。事業計画上は2024~2025年程度までに本格事業化していく様子です。

これはQZSSシリーズが2023年度内に7機体制を確立する予定の上での計画でしょう。

 

海外に対しては、複数回行われている日米宇宙包括対話をはじめ、2017年に欧州との日欧協力協定、2018年にインドネシア、2019年にオーストラリアとの衛星測位利用に関する協力覚書を締結しています。

ちなみに、欧州を離れた英国は現時点で独自の衛星測位システムを検討しているとのこと。

 

2010年代後半から始まったプロジェクトが10年弱の時間を得て事業化が展開されて生きています。

 

mechanical-systems-sharing-ph.hatenablog.com

参考文献

GNSS特集「3分でわかるGNSS(全世界測位システム)のお話」GNSS特集「3分でわかるGNSS(全世界測位システム)のお話」

https://www.keisokuten.jp/static/sp_gnss.html

補強システムMADOCA(MSJ対応済)

https://www.magellan.jp/fundamental/117

高精度測位補強サービスへの期待〜MADOCAによる海外展開〜

https://jsapt.net/ja/post/19050003

グローバル測位サービス株式会社

https://www.gpas.co.jp/index.php

MADOCA配信サービス・VRS配信サービス(海上GPS利用推進機構)

http://www.mar-gps.or.jp/madoca/index.html

ASEAN地域における基礎データ収集および補強信号の精度評価」本田技研工業株式会社

https://www.nedo.go.jp/content/100859236.pdf

衛星測位に関する取組方針 令和3年4月 22 日 内閣府宇宙開発戦略推進事務局

https://www8.cao.go.jp/space/qzs/houshin/houshin.pdf

 

準天頂衛星「みちびき」の海洋分野での活用 促進に向けた調査研究」一般財団法人 ニューメディア開発協会 2020年3月 

https://www2.nmda.or.jp/wp-content/uploads/2020/06/2019FY-JKA_Study-group-report-on-utilization-in-the-ocean-for-Michibiki.pdf

第3回:自動運転を支える技術 (2/4) | 連載04 自動運転が拓くモータリゼーション第2幕 | Telescope Magazine

https://www.tel.co.jp/museum/magazine/japanese_spacedev/151030_report04_03/02.html

【NASAの教訓】『アポロ13』のフライトディレクター:ジーン・クランツの残した10か条

アポロ計画ジーン・クランツ

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credit:NASA

OFFICIAL EMBLEM - APOLLO 11 - FIRST (1st) SCHEDULED LUNAR LANDING MISSION

https://images.nasa.gov/details-S69-34875

 

1995年に公開された映画「アポロ13」は、1970年に実際にアポロ13号で起きた実話をもとに制作された映画です。

 

その中で主任フライトディレクター(運用責任者)としてアメリカのヒューストン(ジョンソン宇宙センター)の地上局内にジーン・クランツはいました。

彼は「Failure Is Not An Option(失敗の選択肢はない)」というセリフを残しています。ちなみに、宇宙関連のショップでもこの言葉が使われたTシャツが売られています。

 

彼も実在の人物で、アポロ13号より前の5号、7号、9号、11号でもフライトディレクターで、地上側の現場の責任者でした。

その後、アポロ17号までフライトディレクターを務めあげ、昇進していき、1994年にNASAを退職していきました。

 

彼のリーダーシップは、アメリカの有人探査および月面探査において重要な役割を果たしています。

彼は、アポロ13号以外にも、打上げの落雷に見舞われたアポロ12号。月面着陸直前にアボートスイッチにはんだボールがあったことによる不具合に対する修正が発生したアポロ14号。別のスイッチにはんだボールがあり月に向かう途中にエンジンが点火されかけたアポロ15号。姿勢制御をおこなうジンバルに不具合で月面着陸が危うくなった16号に対して、地上側から危機的な問題に対応していました。

 

本人動画はこちら

www.youtube.com

 

ジーン・クランツの残した10か条の教訓

伝説的なフライトディレクターであるジーン・クランツは次の教訓を残しています。

 

①Be Proactive(先を見越して積極的に動く)
②Take Responsibility(自分の担当は自分で責任を持つ)
③Play Flat-out(やるときは全力で手を抜かない)
④Ask Questions(わからないことはその場で必ず質問し確認する)
⑤Test and Validate All Assumption(考えられることは全て試せ)
⑥Write it Down(重要なことはすべて書き残す)
⑦Don't Hide Mistakes(ミスは隠さない)
⑧Know Your System Thoroughly(システムを全部掌握する)
⑨Think Ahead(次に来るものを常に意識する)
⑩Respect Your Teammates(チームワークを尊重し、信頼感を持つ)

 

これは宇宙開発に関わらず、彼が挑戦することになった危機的な状況にも事前・あるいは最中にどのように対応すればいいのか素晴らしい教訓になります。

 

ジーンクランツの教訓は他の日本語略もあるのですが、この翻訳はとても飲み込みやすいと感じています。


 

フライトディレクターとは

これらの教訓のほかに、ジーン・クランツはフライトディレクターはどんなものかを絶った一文に残しています。

「A flight director may take any action necessary for crew safety and mission success.(フライトディレクターは、宇宙飛行士の安全とミッションの成功に関わるあらゆる行動を取れる。)」

 

シンプルでいてわかりやすい記述ですね。

 

参考文献

 

NASA Johnson Space Center Oral History Project

https://historycollection.jsc.nasa.gov/JSCHistoryPortal/history/oral_histories/KranzEF/kranzef.htm

Kranz, Eugene F.

https://goefoundation.org/eagles/kranz-eugene-f/

https://history.nasa.gov/SP-4223/ch6.htm

宇宙業界用語「JAXA認定品」とは

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JAXA認定品とは、人工衛星、宇宙ステーション、ロケットなどの宇宙機に使用可能な品質レベルを満たしていること部品に対して、製造する設備も含めて認定した対象の電気電子機器及び部品のことをいいます。

また、JAXAでは電気電子機器及び部品のことを認定品に関わらず総じて、EEE(Electrical, Electronic, Electromechanical)部品、あるいはトリプルイー部品と呼ぶことがあります。

 

JAXA認定品は、宇宙機に使用できる部品であるという認識があるのかもしれませんがそれだけではありません。

 

品質を維持するために、製造設備も含めて審査するのですが、JAXA以外にも公的な認定品というものは存在し、設備含めた認定を行うことがあります。

 

JAXAの認定品はそれだけではなく、製造メーカーに対して品質管理体制も求めてきている点が違います。

 

今回はそんなJAXA認定品の話です。

 

JAXA認定品取得のメーカーメリット

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JAXA認定品を取得することは、単純に宇宙機に使用できるだけではありません。

 

宇宙機に使用できる部品を生産

少量生産品の品質管理技術の取得

品質管理体制の確立

各種不具合のフィードバックと恒久処置対策の助力

 

肩苦しいメリットとしてはこのぐらいですかね。

 

メーカーにおいて品質管理は独自に構築する必要があるのですが、認定を取得していれば、対外的にも信用に値するレベルであると示すことができます。

 

ISO9001の品質マネジメント認証取得でも対外的に品質管理体制を確保していることを示しているのですが、より実用に準じた体制を構築することができます。

 

正直、認定を取得できるレベルのメーカーが宇宙機用の部品を製造するべきという話もあるかもしれません。

 

しかし、宇宙航空研究開発機構JAXA)は、独立行政法人あるいは国立研究開発法人という公共性があり、日本の経済の発展を資することを目的とすることから、必要に応じて、どのメーカーであっても、メーカー側が望むのであれば認定を取得することをサポートするという性質があります。

もちろん、中長期的に目的の細部は変わるかもしれませんが。

 

現状、認定を取得できるレベルにないメーカーであっても、その門戸を開くためにJAXAのような機関が存在しています。

 

JAXAの認定取得には、ISO9001取得は必須ではありませんが、近い性質も要求がされます。しかも、ISO9001のような自由度が狭められ、より宇宙機に対して実用的な品質管理が必要になります。

 

宇宙機は他の民間製品よりも歴史が短く、実例が現在広まっているどの製品よりもはるかに少ないといえます。

 

わずか半年前に発売した製品よりも実例が少なく、ノウハウの蓄積があっという間に抜かされてしまいます。

 

そのうえ、故障が許されない上に、新車1台と同等かそれ以上の価格の機器が、人ひとり持ち上げられる10㎏にも満たないことも過分にあります。

 

非常に扱いづらいのですが、徹底した故障リスクや性能の安定性を重視するためのノウハウが必要になります。

 

そんな稀有なノウハウを社内に蓄積することができれば、宇宙機以外のやっかいなお客にも十分対応できる社外にアピールすることができます。

 

社外からすれば、正体不明だが絶対に失敗が許されない宇宙機の認定部品を製造している企業なので、他の製品についても十分な品質管理ができているであろうという印象をつけることができます。

 

いわゆる箔をつけることができるともいえるのです。

 

JAXA認定品取得のメーカーデメリット

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一方で、デメリットもあげておきます。

 

  • 管理体制の維持
  • 不具合対応
  • 廃番の困難さ
  • 認証試験の厳しさ
  • 試験環境の構築

 

認証試験などは、現在、人体含む安全性において宇宙以外でも認証試験があり、試験数としてはあまり変わらないかもしれません。

 

ただ、試験条件が厳しいことが多いです。

軌道上という特殊な環境では、容易に温度が下は氷点下、上は100度を超えてしまいます。

人工衛星内であれば条件も緩和されますが、厳しいことには変わりません。

 

そのほかに、ロケット打ち上げ環境に耐えうる振動条件や性能の安定性が求められてきます

 

一部の条件は自動車の試験の方が厳しい場合もありますが、相対的に宇宙の方が厳しいことが多いです。

さらに、有人宇宙用はもっと厳しくなります。

 

 

認定された宇宙用部品は、単純に高品質の部品を作るだけではなく、継続して、安定した性能が出せるような体制が必要になってきます。

 

しかも少数品に対してです。

 

その分、値段は高く売り出せることはできますが、設備の維持も含まれるためなかなか高い投資になります。

 

ただ、認定品として売り出せないのですが、試験数を限定した高品質版として売り出すことは可能にはなります。

 

 

認定品で品質を求められる理由は

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認定品で特性に対しての品質が求められます。

 

製品としてだけではなく、メーカーの部品の管理体制に対してもそれなりのレベルを求められます。

 

大きな理由はトレーサビリティにあります。

 

人工衛星は何台も打上げられ、運用されます。

 

いわゆるニュースペースと呼ばれる2010年後半より台頭してきた世界中の小型衛星の製造・運用しているメーカーも継続して打上げられています。

 

今まで打上げられた人工衛星でもほんの数例をのぞいて、一度軌道上に放出されれば物理的に手を入れることはできません。

 

人工衛星によっては、内部のコンピュータのプログラムを書き換えることも可能な場合もありますが、プログラムを書き換えるぐらいです。

 

何か故障して、運用できなくなっても、人工衛星を分解して中を見ることはできません。

もしかして、ヒータの故障で必要以上の温度が掛かっている場合もありますし、人工衛星スペースデブリと呼ばれる秒速7.8kmの物体がぶつかっても見れないので分かりません。

打ち上げの衝撃で光学レンズが割れたのか、レンズの接合部が弱くて外れたのかも分かりません。

 

もちろん、電子部品のはんだによる接合が取れても、電子部品自体が異常を起こしても、そもそも部品をつけ忘れていても、打ち上がってしまったら分かりません。

 

そこでトレーサビリティ、物体の経歴を追うことが重要になります。

 

人工衛星は、1台だけではありません。

 

SpaceXが製造し運用するスターリンク衛星は別として、軌道上で同時に運用可能な人工衛星はニュースペースでも100台以下ではありますが、継続して打上げられます。

 

何か故障が発生した場合、次の人工衛星には同じ失敗が発生しない様に処置を行う必要があるのです。

 

その時に、トレーサビリティができなければ、原因を十分に追究できません。

対策処置を実施したとしても、見当違いの可能性もあります。

 

人工衛星の製造には多くの時間が掛かることから、リソースを集中しなければなりません。

不具合の総当たり対策を行っていては、時間とコストが不足してしまいます。

トレーサビリティの情報により、原因を狭める必要があります。

 

そのため、管理体制も含めて、認定品は要求するのです。

 

かつての人工衛星の製造には、1台で数十億、数百億円以上かかっていました。

時間とコストを考慮して、原因対策を絞り込むことは管理の節約になりました。

 

ただ、現在、ニュースペースによる人工衛星の製造価格は、小型であり、価格も何十分の一以下まで下がってきています。

 

あらゆる部品に対してトレーサビリティを行うよりも、製造して試験をして、実験・実証を通して、不具合の処置を行って、製造するというサイクルを繰り返した方が時間的にも短くなります。

 

コストも下がるかどうかはミッションによりけりですが、物を作った方が早い場合があります。

軌道上に突入させなくても、地上で何台も製造して試験して比較して改善点を洗い出した方が、時間的にも、コスト的にも安く済ませることも可能になります。

 

このようなニュースペースの宇宙機の製造手法により、考え方を変えられているのが現在の宇宙業界です。

 

もちろん、不慮の事故で部品が故障した場合であっても、原因追及のすることがあります。

部品自体が高価であるため予備以上の部品を購入することが困難である場合は、トレーサビリティなどを利用しているということはあります。

 

製造し運用する組織のリスク許容範囲を共有した上で、トレーサビリティの情報が必要か否か決めて進めることをお勧めします。

 

認定品を使用するか否か、試験を実施するか否かは、結局どこまでリスクを許容できるのか

チャンスが少なく、製造期間が短い場合は、性能に対して担保している認定品を選択することが多いです。

 

結局は、打上げられたら物理的に手を出せないため、基本は壊れにくい部品を使用し、壊れたとしても、なぜ壊れたか分析することがある程度可能なように、高い品質を要求がされるのです。

 

 

 

SpaceX社の通信衛星コンステレーション(スターリンク)の混信回避方法

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衛星コンステレーションが話題になって幾日、電波が混線する可能性に気づいた方がいるのではないでしょうか。

 

今回はSpaceX社の打上げている通信衛星であるスターリンクの混線回避方法について調べてみました。

 

スターリンク衛星の通信が混線する可能性

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電波は使用できる波長(周波数)が有限です。

 

スマホなどの携帯電話も周波数を変えて通信しています。

日本ではドコモやKDDIソフトバンクといった通信会社がありますが、これらの通信会社同士の通信が混線しないように使用する周波数が割り当てられます。

 

しかし電波の周波数は有限であるため、地球各地から様々な電波を使用していると、どこかで重なる可能性があります。

 

そこで、各国単位で電波が混線しないように電波を各事業者に付与して、管理します。日本では総務省がその役割を担っています。

 

しかし人工衛星は日本以外に各国の境界を越えていきます。

そこで国際電気通信連合(ITU)が各国含めた電波を管理しています。

 

それでも同じ周波数を使用することは避けられないので、ITUを窓口として各事業者が調整を行います。(周波数の国際調整)

 

例えば、スターリンク衛星の周波数Aは、アメリカでは使用する許可を得たとしても、日本ではすでに事業者Bによって使用されていることがあります。

 

そこでITUを窓口として、各国の電波を管理している官庁を通して調整を行います。

 

調整内容は様々ですが、日本の北海道の地上基地局Cで周波数Aを使用しているので、北海道の地上基地局Cが電波を受信できる仰角5度以上である北緯東経Dで電波を出さないように、と調整していきます。

 

もちろん、使用するタイミングによっては、昼は使用するので、夜は問題ない。といった場合もあります。

この場合は、事業者が同じ国内であったり利害関係になかったり、といった場合であることが多々あります。

 

とここまで書いて、KDDIau回線を通じて通信可能であるという事業化レベルまでスターリンク衛星が来ていることから、日本国内で混信対策済みということが想像できます。

 

ということで、日本国内でこのような議論をしている資料から読み取っていきましょう。

 

今後の日本での衛星コンステレーションを構築する際の、電波干渉の回避方法の参考になればと思います。

 

 

周波数帯の混信回避のため国際調整

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SpaceX社によるStarlink衛星は他の衛星への干渉を回避する能力を持っているようです。

 

日本国内に対しての電波干渉を回避するという前提で考えると、日本国内の地域をカバーしている静止衛星(観測衛星、通信衛星など)や電波天文が干渉する対象になります。

 

地上では、それ以外にも多くの帯域が使われていますが、Starlink衛星の帯域では静止衛星や電波天文となります。

 

特に静止衛星の電波に対しては、ITUの22.2条によると、非静止衛星システム(今回はStarlink衛星)は静止衛星網(固定衛星、放送衛星)へ許容し得ない混信(電波干渉)を生じてはならないとしています。混信させないように発生する電波に対して等価電力束密度(EPFD)を規定して、静止衛星側を保護しています。

 

これは既設の静止衛星に対して、Starlink衛星のような周回衛星は、同じ帯域を使用する場合、周回衛星の方が電波の制限をしなければならないというもので、これは日本に限らず世界的に決められたルールです。

 

使用する周波数も、既設の設備と同じ周波数帯を使用しても実際のところ問題はありません。

 

その理由には、電波の共用という考え方が前提にあるからです。

 

 

電波の共用とは、同じ周波数帯でも利用のタイミングや地域を制限することで干渉しない範囲で使用することができるという考え方です。

 

電波取得の際に実施する国際調整を行うのですが、既設の設備の所有事業者と調整することで電波の干渉や混信を避け、互いに利用できるように調整を進めます。

 

最近は分かりませんが、かつては周波数帯が干渉していないが、隣接している周波数帯ということで、調整の必要があるのではないか?という書簡(メール)が届いたりしたそうです。

 

電波の強さが弱い部分に対して、技術上問題はないが、こちらのチェックミスで対応しなければならないように思わせたりという攻防が行われていたとかいないとか。

 

従来人工衛星に使用されていた周波数帯は、周回衛星同士や周回衛星用地上局に干渉していたのですが、スターリンク衛星のように静止衛星などで使用される周波数帯域を周回衛星でも使用されており、かつ世界中という広範囲であるから調整もかなりの数となったことでしょう。

 

とてもタフなネゴシエータを雇ったんですかね。

 

ちなみに、周回衛星より静止衛星の方が調整に関しては少ないことが多いです。

静止衛星は地上の特定の地点に向けて通信を行うため、他の国で同じ周波数帯を使用しても、使用する地域を限定していることから干渉しないことが言えるからです。

 

日本でのスペースリンク衛星のサービス

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スペースリンク衛星は、人工衛星のネットワークを利用したインターネット通信を行うことができ、受信機さえあれば世界各地で使用することができます。

 

技術的には、各ユーザー個人で受信アンテナを空に向けて通信を行う方法と、既存の回線を利用してある特定の基地局と通信を行い基地局経由(バックホール回線)で既存の回線による通信を行う方法があります。

 

前者の場合は、次のような流れで進みます。

  1. スターリンク衛星
  2. 受信アンテナ(個人)
  3. 受信機(個人)
  4. 個人所有のパソコン/スマホ

後者(バックホール回線)の場合は、

  1. スターリンク衛星
  2. 受信アンテナ(通信会社所有)
  3. 基地局
  4. 交換局
  5. 個人所有のパソコン/スマホ

 

バックホール回線は、おそらく通信会社の提供サービス名が変わりますが、今まで使用していた使用方法に近い形で、へき地であっても、比較的安定的な通信ができるというものです。

 

サービスとして現状の4G回線や5G回線が弱い地域に対して自動的に通信衛星回線に切り替わり、多少通信速度が変わるかもしれませんが、比較的通常通りに使用できるサービスとなります。

 

 

混信の可能性のあるStarlink衛星の利用周波数

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@情報通信審議会 情報技術分科会 衛星通信システム委員会作業班(第23回)

資料23-2 小型衛星コンステレーションによる衛星通信システム(Ku帯非静止衛星通信システム)の検討状況について(更新版)

 

スターリンク衛星は、日本国内では次の周波数帯を使用します。

 

サービスリンク(Ku):

 10.7-12.7 GHz(宇宙から地球)

 14/0-14.5 GHz(地球から宇宙)

フィーダーリンク(Ka):

 17.8-18.6 / 18.8-19.3 GHz(宇宙から地球)

 27/5-29.1 / 29.5-30.0 GHz (地球から宇宙)

 

被る周波数帯は、宇宙(人工衛星)から地球へ発信する方向では、電波天文と地球探査衛星(受動)となります。

 

地球(地上局)から宇宙へ発信する方向では、周回衛星通信システムやデジタルテレビ用の通信となります。

 

これは先に記載した通り、事業者ごとに調整となっていきます。

 

何も対策しなければ、同じ周波数域の電波を受けることになります。

同じ周波数を受けるときは、相手側の電波を受けてもデータの中身までは読み取れませんが、本来受けたい電波に被さることで電波障害になります。

 

スターリンク衛星のシステムでは、電波干渉を防ぐために次の機能があります。

  1. 電波干渉を回避するために複数の場所に対してのビーム照射が可能で、かつ選択することができる機能を持っています。(Steerable beams
  2. 同じアンテナから複数のビーム照射を可能としています。(Shapeable beams
  3. 複数のビームで同じ周波数を利用可能な機能を持っています。(Frequency reuse)

 

複数の場所にビーム照射が可能ということは、技術的にはアンテナが二つ以上付いており、同じ周波数であることから同じ周波数の受信フィルタを持つ通信機を持っていることになります。

通信機の大きさにもよりますが、それなりに大きい電波増幅装置(アンプ)が付いていることになるでしょう。

 

この構造であれば、高い指向性を有した姿勢制御をする必要が無くなります。

高い指向性を持たせる場合には、姿勢制御機器を多く搭載したり、強力なホイールを持っている必要があります。

 

周回衛星であるため、通信できる時間に制限があるのですが、複数の場所にビーム照射可能であれば、単純にパス時間が延びます。

これは複数のビームで同じ周波数を利用可能という機能と合わせることで対応可能となります、

 

地上局Aと通信可能な位置から、人工衛星は移動しているため、途中で地上局Bに通信可能となり、単純に通信可能時間(パス時間)が延びるという仕組みです。

今回の混信を考えるのであれば、他の電波と干渉する角度で侵入する場合は、別の地上局に切り替えることで、通信を確保したまま混信を防ぐことができます。

 

人工衛星は、内部に搭載したGPS機器や地上局との通信で位置を3次元で確認しているのですが、混信が発生する可能性がある地上局のある地域に対してある角度で侵入する場合は、電波を発信しないなどをプログラムで防ぐことができます。

 

 

同じアンテナから複数のビーム照射を可能ということは、複数のビーム照射=複数の周波数のビーム照射が可能で、技術的には発振器の根元、あるいは増幅器の手前で切り替えスイッチがあるということなのでしょう。

通信機から両方の周波数帯を発信して、電波のフィルターで切り替えるか、二つの通信機を搭載して、スイッチによ切り替えを行うかどちらかでしょう。

仕組みとして後者の方が楽ですが、スターリンク衛星のシステムではどうなのでしょうね。

 

複数のビーム照射が可能であれば、電波干渉が起こりうる電波を使用しているアンテナを設置している地上局の地域において、別の周波数帯に切り変えることで電波障害を防ぐことができます。

 

スターリンク衛星のシステムは、3つのビーム(うち2つは同じ周波数帯)をほぼ同時に照射することで、長いパス時間と、電波干渉を防ぐ機能をもつということになります。

 

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@情報通信審議会 情報技術分科会 衛星通信システム委員会作業班(第23回)

資料23-2 小型衛星コンステレーションによる衛星通信システム(Ku帯非静止衛星通信システム)の検討状況について(更新版)

 

 

結局、スターリンク衛星の混信回避方法は?

スターリンク衛星は、念のため、小型衛星といえる大きさではありません。

通信に特化した中型衛星か、大型衛星の部類に入ります。

 

小型衛星で同様のことをするには、通信機やアンテナの搭載スペースを工夫する必要があるでしょう。

 

通信機、結構電力掛かります。

スマホでも、電波が繋がらなかったりすると無理に通信仕様として、通信強度が勝手に上がって、電力消費が大きくなるわけです。

それと同じで衛星も電力消費が大きくなり、発熱します。

 

小型衛星の場合に問題となるのは、発生電力不足、周回衛星なので夜間でも動けるための電力を保持する電池、そして発熱が問題となります。

 

故に、衛星のサイズも大きくなったのだといえます。

 

しかしこれらの問題はスターリンク衛星レベルの次の機能を持つ場合になります。

  1. 電波干渉を回避するために複数の場所に対してのビーム照射が可能で、かつ選択することができる機能
  2. 同じアンテナから複数のビーム照射を可能とする機能
  3. 複数のビームで同じ周波数を利用可能な機能

 

これらの機能を部分的に使用することで、小型衛星でも十分に対応可能なコンステレーションを構成することができることでしょう。

 

ちなみに、これらの機能はすでにSpaceX社とは別の組織で実証済みの機能です。

 

同じ機器・製造メーカーを使用しているか不明ですが、個々の技術的には実証済みの機能を組み合わせているもので、正直目新しさはありません。

 

参考文献

情報通信審議会 情報技術分科会 衛星通信システム委員会作業班(第23回)

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/digitalcontent/02kiban15_04000400.html

 

 

衛星通信システム委員会

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/idou_eisei/idou_eisei.html

中世に生まれた機械工学アストロラーベ、時計、マスドライバー【基礎から知りたい】

中世の機械工学と宇宙につながるもの

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中世の機械工学で生まれた技術という記事を見つけたので、宇宙に絡めて紹介しようと思います。

www.engineersjournal.ie

 

記事によると、中世は機械工学において、大きな技術革命が発生した時期ではないと多くの人にとって考えられているようで

中世は、ローマ帝国崩壊(西暦476年)からルネッサンス前の時期(西暦1300年代)といわれており、多くの戦争を挟んでいたことから発明の記録も少なくなっているそうです。

 

その中で記事の中では19つの機械工学を上げています。

 

続きを読む

衛星データで鉱物資源を調査する方法【2021年での事業レベルと研究事例】【宇宙の技術は役に立つ】

鉱物資源のリモートセンシングとは

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農業に人工衛星の観測データが使用されてきています。

農業で使用される観測データは、赤外データを使用しているのですが、同様に金属を検出することができます。

 

赤外観測装置は、物体が反射や放出された光を観測しています。

レンズに赤外領域の波長のみ受光できるフィルターでデータを取得します。

 

また、赤外データだけではなく、合成開口レーダーデータや標高データによる地形解析などの複合的な解析手段で鉱物資源の探査を行っています。

 

地表面での調査だけではなく、各地質の特徴・現象を人工衛星のある軌道上から観測できる現象を抽出するような手段で研究・開発が続けられています。

 

広義的に物理探査あるいは空中物理探査と呼ばれる手法で、航空写真や航空の電磁場、重力波を観測します。

 

人工衛星によるリモートセンシングの利点としては、次の通りです。

  1. 航空機以上に広範囲を調査することができる
  2. 繰り返しデータを取得できる
  3. 地表面の光学センサ(赤外センサ含む)のスペクトルデータを取得できる
  4. 合成開口レーダにより地形の凹凸データが取得できる

 

鉱物探査から事業化まで

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鉱物探査、いわゆる探鉱は、次のような流れで事業化まで進みます。

  1. 予備調査
  2. 概査
  3. 精査
  4. 埋蔵量評価
  5. 事業化

日本では南米大陸やアフリカ大陸で研究あるいは開発が行われているようです。

 

解析手法に関しては、他の赤外データとほぼ同じ流れを取ります。

 

鉱物探査で難しい所は、対象が酸化して物性が変わったり、混合物が混ざり込んだ形で鉱物・岩石となる可能性があります。

 

解析フローとしては、大きな流れとしては次の通りです。

  1. 大気補正
  2. 混合物や植生との評価分離
  3. スペクトルによる構成鉱物比の推定
  4. 鉱物含有量のマッピング

 

現行の小型衛星と鉱物探査について

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現在の小型衛星のコンステレーションで使用される光学観測装置は、可視光の観測装置がメインであるため、鉱物を探査するに最適化されていないことが分かっています。

 

地球上では4000を越える天然鉱物があり、それぞれ独自の化学組成となるため、抽出が可能となります。

 

赤外などのスペクトルデータから対象の物質を特定することを同定というのですが、理論式があるわけではないので、データベース化する必要があります。

 

必要な帯域である短波赤外線の周波数帯の観測装置を搭載することで、効率よく鉱物探査が可能となります。

 

短波赤外線の観測装置に関して言えば、大型衛星での知見があるためゼロではないのですが、今後加速させるには小型衛星が必要にはなるでしょう。

 

 

現在、見える形での研究レベルでは、金や銅、亜鉛や鉛、インジウムがあげられています。

 

いくつかの理由で、研究が止まっているということもあるでしょうが、最近の衛星コンスレテーションの構築と赤外センサを搭載した小型衛星での組みわせにより、より多くのデータが広く得られれば、解析も進むことでしょう。

 

近年の衛星データを使用した解析と同様に加速する可能性があります。

 

赤外領域は農業の植生の健康管理にも使用されています。

帯域の問題があり、農業と鉱物資源両方に使用することは簡単ではありません。

 

通常の光学カメラを搭載した人工衛星よりは、解像度や取得するフィルタを工夫などの技術な難易度がありますが、おそらく小型衛星の中では光学衛星、レーダー衛星の次に、通信衛星か赤外センサ搭載衛星が増えていくことでしょう。

 

現在の小型衛星にも赤外センサを搭載していますが、高い解像度を搭載して小型衛星は少ないので、狙いどころかもしれません。

 

ただ、この鉱物探査で希少金属を狙えるかどうかは、、、大事業にもなりそうなので、事業化に至るまで秘密にされそうですけどね。

 

参考文献

チリ共和国 鉱物資源リモートセンシングプロジェクト
事前調査団報告書

https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/11641487_01.pdf

Hyperspectral remote sensing in lithological mapping, mineral exploration, and environmental geology: an updated review

https://www.spiedigitallibrary.org/journals/journal-of-applied-remote-sensing/volume-15/issue-03/031501/Hyperspectral-remote-sensing-in-lithological-mapping-mineral-exploration-and-environmental/10.1117/1.JRS.15.031501.full?SSO=1

チリ・アルゼンチンにおける銅・金の探鉱権益を譲渡~JOGMECの調査成果を民間企業へ~

http://www.jogmec.go.jp/news/release/release0426.html

金属資源探査

https://www.geotechnos.co.jp/service/geology-metal.html

ナミビア共和国亜鉛・鉛・インジウムの共同探鉱契約を締結

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000059.000012624.html

資源開発における衛星地球観測の役割 資源開発における衛星地球観測の役割
とこれからの方向性 とこれからの方向性

https://www8.cao.go.jp/cstp/project/bunyabetu2006/frontier/6kai/siryo1-1-1.pdf

アフリカ金属鉱床探査に関する解析技術開発

http://www.jogmec.go.jp/metal/technology_004.html

資源探査における衛星リモートセンシング技術の進歩

https://spc.jst.go.jp/hottopics/0911inquiry/r0911_sanga.html

 

衛星画像からの地熱変質帯の抽出と熱水パス推定への応用

http://www.jsgi-map.org/geoinforum2016/22.pdf

 Mineral Exploration from Space

https://www.esri.com/about/newsroom/arcwatch/mineral-exploration-in-the-hyperspectral-zone/

Application of hyperspectral remote sensing for supplementary investigation of polymetallic deposits in Huaniushan ore region, northwestern China

https://www.nature.com/articles/s41598-020-79864-0

Mineral Exploration

https://www.isro.gov.in/Mineral_Exploration

The use of Remote Sensing Technology in geological Investigation and mineral Detection in El Azraq-Jordan

https://journals.openedition.org/cybergeo/2856

 

SpaceXのStarlink衛星でGPSのように自分の位置の特定をする新しい技術研究【応用を知りたい】

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SpaceXの外部研究者(アメリカのオハイオ州大学)によって、Starlinkによるインターネットサービス衛星によるブロードキャストされた信号を使用してGPSにように地球上の自分の位置を特定する方法を開発しました。

 

Starlink衛星は、SpaceX社によって軌道に投入され、世界中のあらゆる地域でのブロードキャストによるインターネット接続のサービスを提供しています。

 

目次

 

GPS衛星との位置の精度

Starlink衛星を6つ利用することで8メートル以下の精度で、場所を特定することを可能としました。

 

GPS衛星を利用した場合の精度は10~20メートル程度の精度ですが、現在地球の軌道上では、全地球航法衛星システムと呼ばれる衛星の種類があります。

この全地球航法衛星システムを利用することで5cm~5m程度の精度まで収束することができます。

日本では準天頂衛星みちびきが有名です。

 

この衛星システムは、搭載されている非常に正確な時間を刻む原子時計を踏査ししており、衛星の軌道上の位置と正確な時刻を地上に向けて無線信号を送信します。

この信号を複数の衛星から受信し、受信するまでに経過した時間を比較することで3次元の位置情報を計算しています。

 

GPSを利用したシステムの弱点の一つとして、地球から2万km以上離れた軌道にあります。

かなりの距離を離れているため、信号そのものが非常に弱く、偶発的な干渉や建物の影響などを影響を受けてしまします。

 

Starlink衛星は、SpaceXからのサポートを受けることなく、さらには衛星を介して送信される内部データを必要としません。

 

Starlink衛星の位置と動きに関係する情報のみで位置を特定する方法でした。

 

オハイオ州立大学の研究者によると、Starlink衛星による信号を取得した後、位置を特定するための高度なアルゴリズムを設計し、正確に機能することを示しました。

 

実証では約7.7メートルの受信アンテナの位置を特定することができました。

 

Starlink衛星以外の低軌道衛星によるコンステレーションにも同様のアルゴリズムを使用したのですが、約23メートル程度でした。

 

推定法の考え方

Starlink衛星は、チャンネル周波数と帯域幅を除いてほとんど知られていません。

そのため、Starlink衛星の信号を追跡する受信機は容易に設計することはできません。

 

そこで、無線機の電子回路を変更せずに制御ソフトウェアにより無線方式を変更することができるソフトウェア無線(SDR:Software Defined Radio)による無線周波数スペクトルの帯域をサンプリングすることで対応しました。

 

Starlink衛星のサンプリングの課題として二つあります。

(1)Starlink衛星の信号は、Ku/Kaバンドで送信されており、商用のSDRの帯域を越えている点。

(2)ダウンリンクの帯域幅が240MHzと大きくなり、これも商用のSDRの帯域を越えている点。

最初の課題は、アンテナとSDRの間にミキサー/ダウンコンバーターを使用することで解決できます。これによりSDRで取得できるサンプリング帯域幅を広げることができる。

2つ目の課題に対しては、ナビゲーションシステムには多くの情報を必要としないため、ダウンリンク信号の受信しつつ、ドップラーや位相の観測量を生成することで可能になります。

 

この手法を用いて、サンプリング帯域幅を2.5MHzに設定し、キャリア周波数をダウンリンク周波数の1つの11.325GHzに設定しました。

 

これにより、約13.3分間で位置情報を推定することができました。

 

GPS衛星の弱点

Starlink衛星は、地球の低軌道に約1,700程度の衛星を保持しており、最終的に40,000以上の衛星を軌道上に投入することを計画しています。

 

オハイオ州立大学のカサス准教授によるとStarlink衛星が増えるにつれて、この技術による位置の精度も向上する可能性があります。

この開発により、世界中のナビゲーションシステムの要となっているGPSの代替システムとして利用できる可能性があると述べています。

 

GPS衛星はすでに30年以上にわたり使用されており、多くの人に知られている既知の信号です。

 

既知の信号であるため、攻撃的なアクションに対しては脆弱性を示します。

 

また、GPS衛星そのものも、Starlink衛星の低軌道より高い高度にあるため信号が弱くなり、上手く受信することができなくなる可能性があります。

 

GPS信号に対してのジャミングは、信号を完全に停止させる可能性もあります。

特にGPSの妨害を受けた時に危険な産業は、航空や船舶、自動車といったシステムへの干渉するため、飛行機や船舶の位置をずらすことでの衝突や、自動車の進路を意図的に変えたり、ミサイルなどの攻撃対象を意図的にズラすことも技術的には、色々障害はありますが技術的には可能で、最終的に重大な事故に繋がります。

 

実際に、中国では奇妙なGPS信号の攻撃により、船舶の場所を誤認識させることに成功していたり、一部の地中海でも定期的にGPS信号に対して妨害を受けています。

 

特にアメリカ軍はGPS信号に大きく依存しています。

そのため、代替えとなるGPS技術を持ったコヒーレント・ナビゲーションシステム社について興味を示していました。

ちなみに、このコヒーレント・ナビゲーションシステム社は2015年に買収されています。

 

位置情報やナビゲーションシステムに低軌道衛星を使用するということは、1960年代に打上げられたアメリカの人工衛星のいくつかは、高度1,100kmに投入された軍の船舶や潜水艦の位置情報を提供するトランジット衛星でした。

 

ただ、強い電波により、妨害や干渉の影響を減らすことは可能ですが、約1,700個も飛び交っていても、GPSより広い地域に対して電波を送信できない(減衰する)ことがあげられます。

さらにStarlink衛星の基数を増やすことで、どこまで対応できるかにあります。

 

位置を推定する時間

6つのStarlink衛星を追跡するのに13分ほどかかったといいます。

 

現在のGPS衛星は、地上に向けて12分30秒ごとに位置データを送信しており、ほぼほぼ同等のレベルに達しています。

 

航法メッセージは、全体で25フレームの構成により作られています。一つのフレームは、5個のサブフレームから構成されています。サブフレームは300ビットで構成されており、1ビットのデータ長は20msです。1サブフレームの周期は6秒で、フレーム全体(5 サブフレーム)で1500ビットになります。したがって、1個のフレームの周期は30秒になります。全体のデータ数は25フレームですので、周期は30秒×25=12.5分になります。GPS受信機は電源投入後の初期時に、これらの必要なすべてのデータを収集するのに12.5分を要します。GPS受信機は内部のバックアップ電池により過去に収集したデータを保持しており、電源起動後にそのデータを読み出すことで、すばやく測位モードに移行します。

GPSとは | 技術 | GPS/GNSSチップ&モジュール | フルノ製品情報

 

今後の展望

ちなみに開発者の1人であるカサス氏によると、最も重要なことは、Starlink衛星の電波はプライベートなもので、内部の情報が共有されていない状態にもかかわらず、この技術が使えるということだといいます。

 

今後は4つのStarlink衛星を観測することでリアルタイムでの位置の推定の実験に進むようです。

 

この実証実験がどこまで確立されるのか、ちょっと面白いかもしれません。

 

参考資料

衛星測位システム - Wikipedia

測位技術の基礎知識 さまざまな測位方式とその精度

https://www.magellan.jp/fundamental/104

SpaceX satellite signals used like GPS to pinpoint location on Earth

https://news.osu.edu/spacex-satellite-signals-used-like-gps-to-pinpoint-location-on-earth/

アップル、GPS企業Coherent Navigationを買収

https://japan.cnet.com/article/35064669/

SpaceX’s Starlink satellites could make US Army navigation hard to jam

https://www.technologyreview.com/2020/09/28/1008972/us-army-spacex-musk-starlink-satellites-gps-unjammable-navigation/

GPSとは

https://www.furuno.com/jp/gnss/technical/tec_what_gps

Researchers use Starlink satellites to pinpoint location, similar to GPS

https://arstechnica.com/information-technology/2021/09/researchers-use-starlink-satellites-to-pinpoint-location-similar-to-gps/

NORAD Two-Line Element Sets Current Data

https://celestrak.com/NORAD/elements/